第93話

 いいんちょは話が終わった後、俺から逃げるように帰って、今この場に居るのは三人だけとなる。

 奏は離れたくないのか、腕に抱き着いていた。


「かな姉……本当に心配したんだからね?」


「ごめん……」


「そんなに寂しかったんだ?」


 奏は小さく頷き、頬を赤く染めた。


「……奏は俺らみたいに兄妹きょうだいが居る訳じゃないし、ましてやおじさん達なかなか家に居ないから寂しいんだよ」


「そっか」


「最近俺が忙しくなったのもあって、余計に孤独に感じたのかもな……ごめん」


 俺は奏に謝罪すると、奏は勢いよくぶんぶんと横に振っていた。


「そんなこと、ない……。私の……わが、まま」


「……受験。終わったらデート行こう?蒼衣らと一緒にさ」


 ちょっと顔を逸らして、奏にそう告げると嬉しいのか行きたいのか分かんないけど、腕が更に締め付けられた。


「いき、たい……」


「お、おう……」


 二人でなんとも言えない時間が流れたと思ったら、その時間を壊すかのようにドスの効いた低い声が聞こえる。


「……ちょっと、私の事忘れてない?」


「「?!」」


「むー!最近イチャイチャ出来ないからって……ここで見せつけるかようにイチャイチャするなー!!」


 蒼衣の悲痛な叫び声が辺りに響き渡り、俺達は苦笑いせざるを得なかった。





 ☆






 あの後蒼衣は拗ねたまま独りで帰り、二人きりに。


「くちゅん……!」


「大丈夫か?」


「ちょっと寒い……」


 俺は羽織っていた上着を脱いで、奏に羽織らせる。


「……あったかい」


「……もうすぐ学校始まるけど、受験も近くなってきたな」


「うん……」


 空は茜色から冬の夜空に変わっていて、街灯が俺達のベンチを明るく照らす。

 まるで俺達にスポットライトが当てられてるのかと錯覚する。


「……俺、絶対に一緒の大学行くから。だから……その」


「てる……?」


 奏は上目遣いのように俺を見上げて、胸が締め付けられる。


「……ごめん。何でもない」


 あまりにも恥ずかしくて、自分の気持ちを言えなかった。


「てる?」


「……奏は本当、凄いよな。頭も良くて料理も出来て……可愛いし、綺麗だし」


 口から出た言葉が棘のある言い方に聞こえただろう。

 まるで自分には何もないと言っているかのように。


「そんなこと、ない」


 でも奏は決して怒ったりしない。


「てるが居てくれたら、頑張れた」


 俺はそんな奏が好きで好きで堪らなくて、俺以外に誰も居ないから奏を抱き締めた。

 奏もそっと背中に腕を回した。


「奏……改めて言いたいことがある」


「うん、なあに?」


 本当なら俺からしたかった、伝えたかったその言葉。

落ち着いた今なら言える。


「……俺、奏の事が好きだ。笑ったり、怒ったり、甘えてくる……そういう奏が好きなんだ」


「えへへ……私も、好き」


 付き合ってくださいなんて、今は言う必要はないけど、それでも気持ちだけは伝えたかった。


「……キス、していい?」


「いいよ、んっ……」


 久し振りのキス。

 顔を離すと目がとろんと溶けて、真っ赤に染まった奏は最高に可愛かった。

 もっとしたいと思ったその時、空から白い何かが降ってきた。


「……雪」


「……なんか、幻想的だな」


「うん……」


 俺達は手を繋ぎ、雪が降る夜空を二人で見続けた。

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