第70話

 あまりに放置しすぎたせいで、奏が寂しそうな表情を浮かべながら抱き締めていた。

 幼い頃はよくしていたあの表情は、未だに慣れない。


「ごめん、奏……折角甘えてくれたのに」


「……」


 奏は何も言わずに力を更に込めた。


「あ、そろそろ私達も帰るね!東條君!奏ちゃん!また学校で!ほら!二人とも行くよ!」


「ん、そうだな。じゃあまた学校でー」


「なんかわりぃな……また学校で」


 いいんちょ達が帰った後、奏の顔色が変わった。


「ん……っ」


「ちょっ奏……っ、んむっ?!」


 奏自らキスをしてきた。久々だからか頭が奏の熱でやられる。

 数分間ずっとキスをしていたせいで、奏の目は完全に蕩けていた。


「えへへ、好き……っ」


 まるで子供のように、でも彼女として恥ずかしがりながら頬を赤く染めて、顔を俺の胸に埋める奏の表情は明るくて、思わず顔を逸らした。


「……んーっ、えへへ」


 ああもう……っ、本当に可愛すぎんだよお前は。

 こんなに可愛く甘えてきたら、心臓がいくつあっても持たない。


「てる、どうしたの?顔真っ赤」


「奏のせいだよ……バカ野郎」


 俺は奏を抱きしめる。もう二度と離したくない程に強く。


「むふふ……一緒」


 奏もそれに応じるのか、あまり大きくはない手が背中に届く。


「ずっと一緒……」


「あぁ……ずっと一緒だ」


 気を失う前に微かに見えた奏のあの顔を、二度と見たくないから。





 ☆






 あれから三日程経ち、あの日交わした約束を機に謎の頭痛は治まり、俺は日常生活に支障がない事が分かり、そのまま退院。

 家に帰宅した俺は、蒼衣の熱い抱擁で出迎えられ、その日の夜にメッセージでクラスメイトらに退院した事を報告した。


 退院した翌日、俺は久し振りの登校で担任を始めとした教師らはホッとしていた。

 特に俺の担任は泣いて喜んでくれた。


 特にこれといった事件もなく、放課後。

 教室に残ってるのは俺と奏の二人。


「……文化祭、頑張ったんだな」


「でも、取れなかった……」


「……でもしょうがないさ、頑張ってやった結果だ」


 それでも奏はかなり悔しがっていたらしくて、初めて俺以外の前で泣いたとか。


「……俺が最後まで居たら、結果は変わったんだろうな」


「てるは悪くない……!」


「もういいよ、こうして俺も無事なんだから」


 俺は幼い頃からというものを知ってる。でも奏は

 だから、普段は顔に出さないあの奏が感情的になったのだろう。


「なあ奏……俺、奏と一緒の大学、行きたい」


 それは入院中に聞いた奏の志望校、それは俺の偏差値じゃ到底いけない大学。

 でも、今から毎日必死に頑張れば行ける。


「……でも」


「俺頑張るから……」


「……分かった、私も一緒が良い」


 良かった……駄目だと言われたら、俺気がどうにかなりそうだった。


「……んっ、約束」


「約束」


 俺は奏と小学生以来となる指切りで、約束を交わした。

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