第60話
奏に叩かれた俺の教室の空気は最悪で、居心地が悪くて、今すぐにでも逃げ出したかった。
でもそれは、許されなかった。
噂話が嫌でも耳に入り、俺の周りには総司を除いたら誰も来なかった。
「悪い総司……後は頼んだ」
「は?あ、おい!」
俺は教室を抜け出し、独りで屋上へ向かった。
☆
屋上に着いた俺はフェンスに凭れて座り込み、いわし雲と茜色に染まった秋の空を見ながら、奏の涙と初めて見たあの起こった表情が未だに脳裏に過ぎる。
「クソッ……!何やってんだ俺は……」
誰も居ない屋上で一人叫び、その声が空へと消えていく。
「どういう顔したらいいんだよ……」
泣きたいのに泣けなくて、誰か傍に居てほしいはずなのに、独りで居ることを選んだ俺。
奏に合わせる顔がなく、今会っても怒らせるだけで、すぐに謝らなければいけないのに、それすらせず逃げた。
本当に情けない。
「はぁ……」
深いため息を吐くと、屋上の扉がゆっくりと開いた。
「あっ……先輩」
「……なんだお前か」
「あれ?植村先輩は?」
俺は顔色を変えて、横へ逸らした。
「……何かあったんですか?」
高橋は深刻そうな表情で俺を顔を覗き込むが、久々に俺の顔を間近に見たからか、顔が少し赤く染まっていた。
部活の時では離れたところで見てる印象しかなく、確か俺と話すようになったのは部活を辞めてから。
「だから何にも……」
「何もなかったら今こうして先輩と出会ってませんよ?」
辞めた後もよく突っかかってきて、鬱陶しかった時期もあり俺はこいつが苦手だ。
「……奏に嫌われたかもしれない」
「あんなに仲が良かったのに、一体どうしてですか……?」
「……それが分かってたらそもそもここには居ねえよ」
あんな顔、今まで見たことがなかったから。
「高橋、俺が野球辞めるって言った時誰よりも反対してたな」
「当たり前じゃないですか、先輩は凄く上手かったんですよ?なのに突然辞めるなんて言い出して……止めない訳ないじゃないですか、それに……」
「それに……?」
なにか覚悟を決めた表情で、再び俺と向き合って。
「誰よりも先輩の事が好き、だからです」
「……そう」
それ以上俺は言わない、いや言えなかった。
「でも先輩は植村先輩と付き合って、先輩達が幸せそうな雰囲気なのを見てるとなんか吹っ切れちゃいました」
俺達が幸せだったから吹っ切れた、か。
「なんで俺は他の奴よりモテたんだろうな……俺なんかよりもっと格好いい奴なんてもっと居るのにさ」
「なんでって言われるとちょっと難しいですね……でも、これだけは言えます」
高橋は部活の時のように優しく俺に微笑んだ。
「それは先輩が優しいからです。だから皆が私みたいに先輩に夢中になっちゃうんですよ」
「優しいから、か……」
「はい、だからって誰にでも優しすぎるのは流石に駄目です。あの植村先輩でも怒っちゃいます」
その言葉を聞いて俺は高橋はちゃんと前に進んでるんだなと思い、反対に俺は奏に甘え過ぎていて、自分の事なんか一切考えてなかった。
『お前はすぐ無理をする悪い癖がある』
『自分の気持ちに素直になれ』
あの時の親父の言葉が、今になって本当の意味でようやく理解出来た。
「……色々とありがとな、俺奏に謝って自分の気持ち伝えてくるよ」
「はい、頑張って下さい。ちゃーんと仲直りして下さいね?」
奏に甘え過ぎた俺は、勇気を出して俺に気持ちを伝えた高橋やいいんちょ、奏のように自分の気持ちを伝えることにした。
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