第59話 奏視点 些細なきっかけ

 あの日から私は文化祭の準備に追われ、なかなか二人きりになる時間が取れずに居て、少し寂しかった。

 特に私はクラスで唯一の料理研究部員なせいもあって、かなり忙しかった。


「奏ちゃーん、これでどうかな?」


 今やってるのは、クラスメイトの女子が作ったメニューの味見と改善。

 衣装は届き次第で、衣装を着るから接客の練習もしなきゃいけない。


「……ん、完璧」


「はぁー良かったぁ……」


 そのクラスメイトは友達の元へ戻っていき、私は私で別の事で頭が一杯だった。





 ☆





 放課後、私は千花と一緒に服の寸法を測りながら、てる達男子へ視線を向ける。

 千花の表情は少しだけ曇っていて、それが少し気になった。


「千花……?」


「えっ?あ、あぁ……ちょっと、ね……」


 千花の視線の先は、やはり彼氏である加東君で……。


「……寂しい?」


「うん、総くんが好きだからさ……気付いたら、目で追っちゃうんだよね」


 その気持ちは痛いほど分かる。最近てるは私以外の女子とよく一緒に居て、少しだけ妬いてる。

 現に今もその子と仲良くお話しているから。


「おーい奏ー?そろそろ戻ろうよー?」


「……ん」


 返事をして千花の方へ振り向こうとした時だった。


「えっ……」


 その女子が、てるに頬にだけどキスをして、私の中で何かが崩れるような音が聞こえた。

 私は手に持っていた物を落としてしまい、てる達に気付かれて私の心は黒い何かが渦巻いて、千花の言葉も耳に入らずにてるの目の前に近付いて、みんなが見てる中。


 パシンッ―――。


 乾いた音が響き渡り、一気に空気が重くなって涙が止まらなかった。


「てるの……バカッ!!!!」


「奏……っ」


 私はてるの声を無視して、教室を飛び出した。





 ☆






 今何処に居るのか、今何をしてるのか分からなくて、私の心はどこか行ってしまったようで、暗い場所で膝を抱えて顔を埋めていた。

 もう何が何だか分からない。


「はぁ……っ!奏っ!良かった……本当に……」


 私をやさしく抱きしめる、まるで母親のように。


「……千花、わた、し……」


「奏ちゃん!本当にごめん……っ!わた、私のせい……で」


「よしよし……説明、してくれるよね?美来」


 佐倉美来さくらみく。同じクラスでさっきてるに頬にキスをした張本人で、千花と同じ部活の子。

 だけど彼女はてるの事はあまり知らないと言ってたし、この行動自体に特に意味はないはず。


「最近よく一緒に居たのは知ってるよね……?最初はただ良い人だなとは思ったんだけど……日を追うごとに皆の言う通り東條君かっこいいなって、思っちゃって……思わず……ごめん」


「そう……モテるのが仇になっちゃったのね」


 やっぱり、付き合っててもモテるのはモテるんだ……。

 それが悲しくて、悔しくて、嫌だった。

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