第58話
おもちゃを与えられた子供のようにはしゃぐ奏は、まだ総司達が居るにも関わらず、俺に甘えてくる。
この可愛さを独り占めしたい俺は、総司を見る。
「な、なんだよ……」
「いや別に、ちょっとな」
「ちょっとお前顔赤いぞ?」
「あ、あ赤くねえよ!何変なこと言ってるんだ……」
俺は三人に背を向け、心を落ち着かせようとするが、まあ奏は許すはずもなく、そのまま抱きついてきた。
「えへへ……むぎゅーっ」
「輝、相当愛されてんな」
「……んなこと言ってねえで、自分の彼女の機嫌でも取っとけ!」
「へいへい、相変わらず素直じゃねえな」
怒りたくても怒れない現状が悔しい。
「んじゃ俺ら帰るわー、千花いつまでそうしてんだ?置いてくぞ?」
「はーい……総くんのばーか」
声に覇気がなく、相当嫌だったんだなという気持ちが伝わってくる。
教室に残ったのは俺達二人だけ。
「……ねえ」
「なんだ……?」
「……こっち向いて?」
奏に言われた通りに振り返ると、胸へ飛び込んできた。
「すぅ…はぁ…えへへ、てるだぁ……」
満足したら顔を上げ、見つめ合うと吸い込まれるように顔を近付けて、お互いの唇が触れ合った。
未だに慣れない奏とのキスは、俺をわがままにさせるのに十分な効果があった。
「わっ……甘えん坊さん?」
「……かもな、奏の事が好きだから」
「えへへ」
「もう少しだけこうしてても良いか……?」
「いいよ」
奏の全てが愛おしく、この手を離したくない俺は、教室だというのに硬い床に優しく押し倒した。
机からちょうど隠れて、廊下からは何も見えない。
突然の事で驚きを隠せない奏の顔は真っ赤、でも拒んだりはしなかった。
「て、る……?」
「やっぱ帰ろう、ほら」
奏の体をゆっくりと起こし、立ち上がらせる。
手を離そうとするが、奏が嫌がるように力を込めていた。
「奏……?」
「離しちゃ……やっ」
「で、でも……」
「やっ……!なの……」
涙目になりながら上目遣いをしてくる奏は、また一段と可愛くてノーとは言えなくなった。
お互い無言のまま、鞄を持って教室を出た。
上履きから靴に履き替える時も、学校を出る時も、手を離さずにずっと握ったまま。
「あっ……えへへ」
手を交差させて、恋人繋ぎにすると、奏は照れながら微笑んでぴたりと体寄せた。
俺の前だけ見せてくれる感情豊かな表情は、俺の心を鷲掴みしていて離してくれないようだ。
こんなに幸せで二人で居ることが当たり前の日々がずっと続くと思っていた。
当然奏も同じ気持ちのはずで、ずっと一緒に居るもんだと思ってた。
そうあの時までは。俺が勝手にそう思い込んでいたから。
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