第53話

 体育館裏から恋人繋ぎしながら教室に戻った俺達、扉を開けるともう誰も居なかった。

 俺達二人だけ、それが分かった途端に奏は甘え出した。


「……ぎゅーってして?」


「俺が?」


 小さく頷いた奏の顔は、ちょっとだけ赤い。

 繋いでいた手を離して、真正面から奏を優しく抱き締めると背中に奏の腕が回った。


「……ぎゅーっ」


 可愛い。

 まるで幼い頃の蒼衣みたいに甘えてくる。


「奏、顔あげて?」


 恥ずかしいのか顔を横に振って、少しくすぐったかった。


「んっ……て、てる……っ」


 完全に蕩けきった顔で上目遣いになり、ゆっくりと顔を近付けた。

 誰も見てないことを良いことに二人の唇が触れ合った。


「……えへへ、大好き」


「俺も」


 時計を見ると良い時間で、可愛らしい音が聞こえた。


「お弁当……食べる?」


「えっ、作ってきたのか……?」


「う、うん……嫌だった?」


「いやどっかで食べるのかなって思ってたから……」


 奏の……手作り弁当……。

 先日の様に、よく家ではご飯を作ってくれたけど、弁当となると話は別だ。


「た、食べる……いや、食べたい奏の手作り弁当」


 奏は自分の席から、二つの弁当箱を取り出し、俺の席の机の上に置いた。

 小さいのが奏ので、大きいのが俺用だろう。

 慣れた手付きで弁当箱を開封、中身は唐揚げや卵焼きを始めとする俺の好きなおかずばかりで、思わず頬が緩む。


「じゃあ……戴きます」


「どう……ぞ」


 まずは唐揚げを一口。

 衣が良い具合にサクサクしていて、口の中にいっぱい肉汁が溢れて凄く美味しい。


「いつも食べてるのより凄く美味しいよ」


「そ、そう?……えへへ、良かった」


 俺は箸が止まらず、味わいながら時にはあーん等をして、美味しく食べた。





 ☆






 弁当を食べ切った俺は、奏に凭れて少しの間眠っていたようで、目覚めた頃はもう日が傾き始めていた。

 体をほぐすために立ち上がろうとするが、代わりに奏が凭れ出した。

 俺が眠ってる間に眠ってしまったようだ。


「ふふっ……本当妬けちゃうなぁ」


「……いいんちょ」


 目の前に、何故かいいんちょが居て少し驚いた。


「ねえ東條君……今幸せ?」


「……ああ、凄く幸せ」


「そか……そうだよね。二人ともあんなに幸せそうにしてるんだもんね」


 いいんちょはなにか納得したように、自分に言い聞かせるように言い放つが、声が少しだけ震えていた。

 後ろを向いたいいんちょだったが、目から涙が流れていた。


「今でも好き……なのになぁ……っ」


「いいん―――」


「もっと早く出会ってたら……っ、こんな思いなんてせずに、振り向いて貰えたのに……っ!」


 この時に俺は初めて、振られた側の気持ちというものを理解した。

 幼馴染で相思相愛な俺達とは違う、恋愛観。


「……ごめんね?愚痴みたいなこと言っちゃって、振られるなんて初めから分かってたのに、なんで好きになっちゃったんだろ私」


 でも、これだけははっきりと言える。


「人を好きになるのに理由なんて要らないよ、いいんちょ」


 恋なんて所詮、駆け引きみたいなもの。

 でも、恋は押すか引くかの二択しかない。


「俺なんて、奏の事本気で好きだと思い始めたのは今年入ってからだよ?ずっと一緒に居るのにさ」


 下手に近すぎると恋愛対象として見れなくなるのは、幼馴染だろうが友達同士だろうが一緒。


「……それまで余計に気付けなかったんだ。それ以前に告白されちゃったら、いいんちょとこうなってたかもしれない」


 なんか奏からつねられたような気がした。

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