第32話

 鼻血を出して安静にした後、奏は猫の姿から私服に着替え直していた。

 ちなみに貴之の姿は既に居なかった。


「……てる、大丈夫?」


「もう大丈夫、それにしてもどうして急にあんな衣装を?」


「蒼衣ちゃんのパジャマ?のサイズが合ってたから着てみただけ」


 あー……そういや蒼衣が今みたいな態度取るまでは着てたっけな。

 チラッと奏を見ると、確かに蒼衣とそう変わらない身長だからなぁと思っていたら、奏は不機嫌そうな表情を浮かべた。


「むうっ……ちっちゃくないもんっ」


「ごめんって、でも可愛かったよ」


「か、かわっ……!」


 今度は真っ赤になって顔を俯かせ、顔を埋めてきた。


「どうした?」


「……」


 何も言わない奏、でも俺は優しく奏の頭を撫でると真っ赤な顔のまま奏は上目遣い、そのまま俺達は見つめ合い、ゆっくりとキスを交わす。

 何度も、何度も、ふやけるぐらいまで交わし、ゆっくりと顔を離す。


「好きだよ奏……」


「私も好き……えへへ」


 凄く幸せな時間だった。





 ☆





 そして数日が経ち、いよいよ我が校野球部の初戦の日。

 俺はスコアブックとチケット、財布が入った鞄とスマホを持ち、駅前で村瀬を待つ。


「ねえ、どう……?」


「すっごい可愛いけど、どうしたの?」


「……思い切って買ってみた」


 俺と同じように鞄を持つ奏の服装は、白を基調としたワンピース姿で、今まで見たことがないぐらい可愛かった。

 奏の胸は意外とあって、自然と視線が向いてしまう。


「ごめーん!おまたせー!はぁ……っはぁ……っ」


「村瀬、おはよ」


「おはよ、千花」


「おはよー、じゃあ行こっか!」


 俺達三人は会場となる地方球場の最寄り駅まで電車で移動する。

 四人で向かい合える席で、奏が隣、俺は通路側に、村瀬は奏の対面に座った。


「てる、んっ」


「ありがと」


 車内で奏特製のおにぎりをいただく。


「はい、千花も」


「ありがとね!」


 俺達三人は最寄り駅までおにぎりを食べながら、数十分程、電車に揺られた。





 ☆





 数十分程揺られた後、最寄り駅に着き、球場に向かい、観戦チケットを三人分購入。

 奏と村瀬にチケットを渡し、球場に入る。

 ちょうどグランドで練習中だったようだ。


「間に合ってよかった~」


「だな、どこ座る?」


 俺達の学校は一応三塁側になってるが、バックネット裏なら涼しく観戦が出来る。

 俺としてはどっちでも良いから、二人に決めて貰う。


「じゃあ……こっち!」


 村瀬が示したところは三塁側、理由は言うまでもない。


「奏はどうする?同じところで良いか?」


「てるの傍ならどこでも」


「じゃあ決まりだね!」


 俺達三人は三塁側に移動し、椅子へ座り俺は鞄の中からスコアブックと筆記用具、ポケットからスマホを取り出す。

 俺は試合開始までの間、アプリに乗ってるデータと対戦校の練習風景を見る。


「東條、勝てそう?」


「いつも通りなら勝てるんじゃないかな、ただ……」


 俺は相手投手の投球を見て、こう分析した。


「あのピッチャー、コントロールと変化球のキレが良い」


 あれを打てるのは中軸ぐらいだから、そこが鍵だな……。

 鋭く落ちるフォークと右のインコースに食い込み左には外へ逃げるツーシーム、高校生ながら完成された正確無比なコントロール、予想ではかなりの投手戦になるだろうと読んだ。


「総くん……頑張って!」


 練習も終わり、お互いのオーダーも決まった。

 さて、いよいよ試合開始だ。

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