第8話

 奏と些細な喧嘩が起こって、数日経ったある日のこと。

 梅雨の時期とはいえ、部活動に励むみんなの声を聞きながら俺は一人、教室で残っていた。

 総司は室内練習場、村瀬は女バスの練習、奏はというと料理研究部に所属している為、調理室に居る。


「……何でわざわざ今日なんだろ」


 今日の朝突然残ってと告げられた以上、理由は分からない。


「帰ってゲームしてえけど、受験勉強なぁ……」


 はっきり言って俺は勉強があまり得意じゃない。

 一応平均点ぐらいは取れるが、しっかりと対策してないと普通に赤点は取ってしまう程ギリギリのところにいる。

 暇すぎて雨が降り頻る窓の外をボーッと見て、机の上に腕を置いてその上に頭を乗せた。


「ふはぁ~あ……この雨の音、心地よすぎて寝ちゃいそう」


 自分が残ってる教室は逆に静かすぎて、眠気を誘われ瞼が重たくなった。


「少しぐらい良いよね……授業で疲れたし」


 俺はそのまま眠りに落ちた。




 ☆




「かなちゃん、何してるの?」


「……おりょうり」


「へえ、すっごーい!」


 この記憶は……昔の俺達?


「……たべる?」


「うんっ!いただきまーす!はむっ……これすっごくおいしい!」


 あの時に俺が食べてたのは確か、カップケーキみたいな奴だったっけな……。

 めちゃくちゃ美味しくて、それ以来何度か作ってくれたっけ。


「……ねえてる」


 それから……何か言われたような気もするけど、食べるのに夢中だった俺は何にも憶えてない。


「……きて、てる起きて」


 誰かに体を揺さぶられてる……誰だよ人が気持ちよく寝てるってのに……。

 俺はゆっくりと目を開けると、あの当時と対して身長だけが変わらない奏の姿があった。


「いででっ!耳を引っ張るな!」


 超絶不機嫌な表情をして、俺の耳を強引に引っ張ってた。


「……失礼なこと考えてた、小さくないもんっ」


 俺は慌てて目を逸らす、が。


「むっ……こっち見て、謝って」


「ご、ごめん……」


 胸が締め付けられ、目線を合わせないようにして謝った。

 だいぶ顔が赤いのがバレただろう。


「……顔真っ赤」


「奏だって、顔赤いぞ……?」


「……走ってきたから」


「後ろに隠してるそれ、何?」


 すると奏は急にそわそわし出して、小さな紙袋と俺の顔を何度も往復させ……。


「んっ……あげる」


「ありがと、けどこれ何?」


「開けてみたら……分かる」


 言われたままに紙袋を開けると、夢に出てきたのと全く同じチョコレートカップケーキだった。

 でもどうして突然こんなのを……。


「……いつもお世話になってるお礼」


「奏……これ食べても良い?」


 小さく頷いたのを確認して、チョコレートカップケーキを一口齧る。あの当時よりは美味しく、俺の好きな味だった。

 俺は自然と口が緩む。


「美味しいよ、奏」


「……頑張った」


「そうだね、よしよし」


「むっ……また子供扱い……」


 頬を膨らませて、不満げな表情をする奏。


「あー!東條なんか食べてる!」


「村瀬相変わらずうっせーな……総司なんとかしろよお前の彼女だろ?」


「んな事言われてもなぁ……ってなんで俺が居るって分かるんだよ?!」


「何年お前とバッテリー組んできたと思ってんだバカ野郎」


 村瀬と総司が何故か戻ってきた。

 ふと時計を見ると、丁度活動終了時間で荷物を取りに来たようだった。


「でだ、輝お前いつまでそうやって、奏ちゃんの頭に手を乗せてるんだ?」


「う、うっせーな……!」


「あっ……」


「ねね奏!私も良い?」


 村瀬は元気よく声を張り上げ、後ろから総司に抱き着く。


「……皆の分あるから、どうぞ」


「ラッキー!いつもありがと!」


「……元々そのつもりだったから」


 でも、奏のほんの些細な表情の変化を俺は見逃さなかった。

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