第5話

 でもいきなりどうしたんだ?普段の奏なら絶対にしないはずだけど、誰かに何か吹き込まれたか?

 奏は透き通った綺麗な目で、抱き着きながら見上げた。


「どうして野球……辞めちゃったの?」


 俺は再び顔を逸らす、今回は恥ずかしいとかじゃなく、申し訳ないという雰囲気で。


「総司にも蒼衣にも、言われたけど奏だけには教えられない事なんだ……」


「……なんで?」


「別に嫌いとかじゃないよ?ただ今は言えない……」


 辞めた理由なんてたった一つ、少しでも奏の隣に居たいから。

 好きだからなんてバカみたいな理由だけで辞めてしまって、それでも総司だけは応援してくれた。


「……そっか」


 奏は再び顔を埋めて、すりすりと頭を揺らす。

 俺はほぼ無意識に頭に手を置いて、優しく撫でる。


「……てるのそれ、すき」


 好き――この言葉の意味の捉えは違えど、今の俺には十分すぎるダメージだった。

 まるで鷲掴みされたような、そんな感覚が胸を締め付け顔がまた熱く手が止まる。


「……てる?」


「……え?あ、ああな、何?」


 笑って誤魔化す俺、もうほぼほぼ限界に近かった。

 このまま奏が甘え続けると、俺はもう……。


「!……てる?やっ!あ……」


 ぱしんと手を叩かれた、俺は激しく落ち込んでしまう。


「ごめん……」


「ち、ちがっ……!て、てる!」


 俺は奏を置いて屋上を後にした。

 去り際のあの顔が焼き付いて、屋上の扉を閉めた後に左手で真横のある壁を殴った。





 ☆





 一旦荷物を取りに教室に戻ろうとしたが、まだ帰る気にはなれなくて辺りを彷徨いていた。

 すると背後から聞き慣れた声が、俺の耳に入ってくる。


「やっぱり東條先輩じゃないですか!ってどうしたんです?そんな暗い顔して……何かありました?」


 声の正体は、二年の髙橋和花たかはしのどか

 二年では唯一の女子マネで、俺とはかなり距離が近かった印象。


「なんだ髙橋か……」


「なんだって何ですか!それに前も言ったじゃないですか!和花で良いって」


 むくれて睨み付ける髙橋だが、正直今出逢いたくなかった。


「何でもねえよ……それともう二度と会わないんじゃなかったっけ?良いのか?」


「……うっ」


 忘れてた訳じゃなさそうだな。


「じゃあそういうことだから」


「ま、待って!下さい……」


 待てと言われて待ってしまうのが、俺のダメなところだ。


「……まだ好きなんですか?幼馴染さんのこと」


「好きだよ」


「そう……ですか」


 後ろから誰かが走ったような気がして、振り返ると背中を向けて廊下を走る奏が居た。

 まさか……聞かれてた?!俺は後を追う形になった。


「クソッ……!どこ行ったんだよ奏!」


 途中で見失ってしまった俺は、其処ら中探し回ったけど何処にも居なかった。


「はぁ……!はぁ……!そうだ、メッセ!」


 慌てて取り出したスマホに奏の連絡先に今何処だとメッセを入れるが、案の定既読は着かない。

 今度は通話を呼び掛けるが、反応無し。


「奏……」


 諦めて教室に戻ろうとその場を後にしようとしたら、座り込んで顔を埋めている奏が居た。

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