第6話 Gの思惑
「どうして……」
と尋ねかけたショーンに、Gは、
「質問の答えはひとつだ。俺は君をずっと見張っていた。君を見守るために、モルグに潜入した。一ヶ月前から」
「一ヶ月前?私がハイプからモルグに派遣されたのは、半年前のことだわ」
ショーンの体を肩に担いだまま、疾走するGは、
「それが、記憶の改竄なんだよ、ショーン。詳しいことを説明するから、付き合ってくれ」
さすがに今回は、ショーンも観念した。
自宅、実家だと思った部屋はそうではなかったし、記憶の中にあったはずの母親は、赤の他人、それどころか、人間だったかどうかも定かではない。
それどこか、憎むべき仇敵ヴィクターの範疇で踊らされていたのだ。
何が何だかさっぱり分からない。
事情を知るためには、Gと行動を共にするしかないようだ。
「またミッドタウンに行くの?」
「いや、モルグだ」
「モルグ?モルグに戻るの?」
「そうだ。しかし、行く場所は少し違うが」
突然、ショーンは父親のことを思った。
オータムボーイと呼ばれていた父は、幼いころに行き方知れずになった。
彼は見えない敵と戦うために、ハイプの警察署に協力したと聞いているが、それも事実か虚偽なのか、わからなくなってしまった。
それにしても、とショーンは嘆息した。
(この男の怪力は並外れている)
「あなたは一体何ものなの、G。わたしは、あなたを以前から知ってるの?わたしたちは知り合いなの?」
しばし返答に窮した様子のGだったが、
「それも含めて、すべて説明するつもりだ」
とのみ答えた。
「高速エレベーターを使うのは危険だが、他に道がない。覚悟してくれ」
「見損なわないで。わたしも警察官の端くれよ」
エレベーターホールはいつものように大変な賑わいで、ハイプの中階層から上層に向かうのは、最上階層付近にある大規模娯楽施設に遊びに行く、観光客が大半だが、ランクアップして、居室を上に移動する者もいる。
格差は常に変動し、ランク付けされて、ハイプの上と下を行き来する。
だが、下階層のモルグに向かう者の列は人影もまばらだ。
そして、下から上に来るものは皆無だ。
モルグからハイプに来るのは、仕事でモルグに派遣されている僅かな者が、時々上に戻るときに利用するに過ぎない。
それほどに、格差は厳しいし、出入りは厳重に監視されていた。
そして、ハイプの中階層でついさっき事件を起こしたばかりのショーンとGが、無事にエレベーターの入り口に到着する可能性は極めて低い。
この町は、十メートル内外の感覚で監視カメラや赤外線動態センサー、三次元ロックオンセンサーなどで監視されており、ハイプの各階層に置かれた警察署は、監視専門の外注を雇い、町中を見張らせている。
その縦横無尽に張り巡らされた、
「目」「目」「目」「目」「目」
それらを掻い潜って逃げ果せるのは無理難題というものだ。
かつてハイプで警察官として採用されたショーンは、そのことをよく知っている。
ふたりは、誰も並ぶものがいない、ハイプの最下層より遥か下に落ちる、モルグ行きのエレベーター前に並んだ。
ほとんど人がいない。
隠れられないということは、丸裸も同然だった。
「目立つわね」
「ここで追い詰められたら、どうにもならない」
『弾丸エレベーター』は、一キロを僅か三十秒で通過する。百メートル三秒程度だ。政府の開発局によると、来年には更に時間を短縮するのだという。
この超高速エレベーターとは別に、観光客専用の遊覧エレベーターがある。この世界で最も高い場所に、外の景色を見ながら上がっていくことができる。
(あっちに今度乗れるのは、一体いつの日のことだろう)
かつて、両親と一緒に遊覧エレベーターに乗った日のことを思い出した。
が、すぐさまハッとした。
(まさか、これも作られた記憶?)
「来たぞ、ショーン」
目の前で巨大な鉄扉が開いた。
「行こう」
乗り込んだのはふたりだけだった。
最奥に進んでドアを振り向いたふたりは、唖然として目を見開いた。
ヴィクターが向こうに立ち、にこやかに手を振って、
「アディオス」
明るく別れを告げたのだ。
ハイプの端の更に奥には、一般人の知らないリフトがある。
強制労働区域が存在するモルグの一部と、物資輸送のために繋がれた、リフトがそこに存在した。
当然人間を乗せることを前提に作られたものではなかったから、振動は激しく事故も多い。
そしてモルグ側のリフト入り口は、厳重な警備が為されている。
だがハイプへの違法侵入者にとっては、大切な移送手段だ。
少女はそれを利用した。
彼女は警備員たちのアイドルでもあった。
あまりにも可憐、恐らく、将来絶世の美女に成長するであろう彼女には、どんな大人たちも腑抜けにされる。
大きな蒼い瞳。
金色の長い髪。
そして無邪気に遊び戯れる少女が、まさか違法侵入者だなどとは、誰も想像だにしなかったのだ。
そう、ショーンを監視していた、いや、ヴィクターも監視していた、不思議な少女である。
彼女の最大の武器。
あどけない美貌。
少女は堂々とリフトで下界に戻った。
彼女に役目を命じている者のいる場所へ。
クリアウォータータウンズメモリー 岡崎昂裕 @keitarobu
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