第4話 G

「一体何を!」

羽交い絞めにされているショーンは、身を捩って逃れようとしたが、ランドルフの力は信じられないほど強い。

「ショーン、あなたには騙されましたよ」

掠れ声を搾り出すランドルフの声音には、恨みが篭っている。

「ランドルフ、しっかりしなさい!騙されたって、一体何のことよ!」

ヌラヌラとした細長いものは、ショーンのTシャツの胸の下をグルリと一周し、ウエストに巻きついた。

ぐぅっ……。

と息が詰まる。

「ヴィクターに、何もかも聞きましたよ。あのタレコミは、僕を破滅させるために、僕をヴィクターに売るための偽タレコミだったって。あなたは僕たち若手警官をあの暗き空間の淵に送り込んで、奴らの餌にさせる。そういう契約を、ずっと前からヴィクターと交わしていたんだそうですね」

「何をいってるの?」

ショーンは愕然とした。

どんな情報を埋め込まれたのだろう?

ヴィクターの出現場所の情報を入手して、ショーンに同行し欲しいと頼んだのは、ランドルフの方だ。

そもそも彼女は、モルグに赴任して早々のランドルフが、どうして地下都市の情報、取り分けヴィクターの動向を知りえていたのか、疑問に思っていた。

彼女の上司であるコーネルは、

「彼には、彼の情報網があるんだろう」

と嘯(うそぶ)いたのではなかったか?。

(騙された、あたしも、ランドルフも)

そうだ。

ランドルフは誰かに騙されたのだ。

同時に、

(わたしも騙された)

のだ。

(騙され続けていた)

 のかもしれない。

ショーンは、

「ランドルフ、聞いて。あなたは一体誰に、そんな話を吹き込まれたの、どんな話を吹き込まれ……」

と訊ねかけて、

ふんぐっ!

と再び息が止まりかけた。

太さは三センチくらいだろうか。

肋骨の下辺りに巻きついたロープ状の、ヌメヌメとして、しかも弾力のある表面の滑らかな物体が、

きりりり

と、ショーンの呼吸を締め上げたのだ。

とても、引き千切れるようなものではない。

腹横筋が強く圧迫されたせいで、横隔膜が上にせり上がり、ショーンは肺がひしゃげるような感覚を覚えた。

同時に、腹筋に内臓を潰されそうな激しい腹痛を感じた。

腎臓の真裏辺りの下部背筋が、捻じ切れそうな痛みを発し、ショーンは歯を食い縛って息を止めた。

体が、

(真っ二つにされる)

ような恐怖が、ショーンの理性の箍(タガ)をギチギチと外そうとしている。

血の気が退いて、全身に寒気が走ったショーンの耳元で、ランドルフが囁いた。

「ショーン、あなたは、あの深遠の奥底にいる連中の使い魔なんだってねえ。まさか、オータムボーイの娘が、奴らの使用人だったなんてさ。どんな裏切りなんだい、ショーン」

いくばくかの鼓動。

否定したいが声が出ない。

(洗脳、洗脳洗脳洗脳洗脳)

 きっとランドルフは凄まじい苦痛を浴びせられながら洗脳されたのだろう。

 そして、ショーンが悪の根源と吹き込まれた。

 行方不明になったランドルフの前任者は、洗脳される前に死んでしまったのだろう。

 今のランドルフにとって、最大の敵はショーンウエスギ。

「許さないよ、ショーン……」

ギリリリリリリ!

ぐはあっ!

腹を潰される圧迫感に、ショーンの筋力は耐え切れず、肺の中の残った空気を全て搾り出してしまった。

そんなショーンの姿を無表情で、中年の女が見据えている。

母親だと思った女。

うぐっ!

目の前がくすんで、意識を失いかけた。

その一瞬!

(はっ!見たことのある……)

光景がフラッシュバックし、そこに人の顔が見え……。

がつん!

という凄まじい衝撃を受け、ショーンの体はフローリングの床に投げ出された。

同時に意識が戻り、慌てて振り向くと、とんでもない光景が目に飛び込んできた。

ランドルフが棒立ちになっている。

が、恐るべきは、その腹部だ。

巨大生物の口ででもあるかのように、真横にぱっくりと裂け、そこから赤黒いロープ状のものが這い出、中空をウネウネとのた打ち回っているのだ。

それが何なのか分かり、

「きゃーーーーっ!」

さすがに男勝りの彼女も、悲鳴を抑えることができなかった。

それは、ランドルフの内臓、腸だったのだ。

だが、何故彼は、

(私を突き飛ばしたの?)

その疑問が氷解したのは、ランドルフの首を見たからだ。

首が不自然に、真横に折れている。

明らかに、頚椎が折れているのだ。

「ほほお、面白いことをするね、色男。君がショーンのボディガードだとでもいうのか?」

ランドルフを助ける風も気遣う風もなく、腕組みし壁に背をもたれたヴィクターが、楽しそうな声でいった先に、巨躯の男の立つ影があった。

男はヴィクターを無視し、ランドルフを背後から

どすん!

と蹴り飛ばし、

「大丈夫か、ショーン」

と近づいてきた。

ショーンは言葉を失った。

その男は、ミルク売りのGだったのだ。

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