花、恋に酔う。

「で、お花さんは春史さんにちゃんと構ってもらえてるのかい?」

「それはもう。ね? 春史さん。」

 わたしの名を呼ぶお前の声が、やけに甘ったるく感じた。

「いやぁ、春史さんにこんなかあいらしい奥がいただなんてなぁ。一本取られちまったなぁ。」

 なんて行きつけの飲み屋の大将が言うのだから猫被りもてきめんと言うものだ。実際順風な夫婦生活なのだから猫かぶりというわけでもないのだけど、なんだか今日の花は本当に猫のようだ。まるでまたたびを嗅がされたような…。

 ん? またたび?

「おい、花。花ったら。」

「なぁに?」

「おまえお酒を飲んだんじゃなかろうね。」

 さてどうでしょうね、と要領の得ない返事。

「……大将、お勘定。」

「あいよ。夜はこれからだからとくと看病してやりな!」


 夜風の涼しさを花は感じているのだろうか。千鳥足とまではいかないがふらつく足元を心配しながら手を引いてやる。

「おまえ、わたしが一緒にいなかったらどうするつもりだったんだい。」

「お手紙を書いてあなたに迎えにきてくれるよう頼んだわ。」

「手紙はすぐには届かないよ。」

「近い未来きっとすぐ届くようになるわ…。」

 ああ、いよいよふにゃふにゃになってきたな。

「全くこんなに酔っちゃあ暴漢に襲われても分からないだろうね。」

「流石に目の前にナイフを突きつけられたらわかると思うの。」

「どうだか……。」


 からんころんと下駄の音。りぃんりんと虫の声。彼女の吐息。わたしの心臓の鼓動。


 思えば花がわたしの前で酒を飲んだことはあっただろうか。晩酌に付き合ってもらって一口二口くらいはあったかもしれないが、ここまで酔うくらいに飲んだのは初めてではなかろうか。飲めるクチなのを知らなかったくらいだから、花が人前で酒を飲んだことはほとんどないと思う。

 それが、どうして今日は。

「うふふ、酔うのって素敵ね。わたくし、何年も前からずっと酔ってるのよ。」

「おまえはずっと素面だと思ってたのはわたしの間違いかい。」

「えぇ。わたくし、ずっとずうっと酔っているの。ふわふわと夢見心地で、体と心があたたかくなって、心臓がドキドキしてこころもち悪心もする。」

「最後のは聞きたくなかったな。」

「それくらい、酔っているのよ。気づいてくれた?」


 はて、なかなか酒の飲まない彼女が何に酔っているのか、明日にでも聞いてみるかな。






「猫かぶり」「ナイフ」「メール」

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