第685話 策略

 プリニオの言葉に割れんばかりの拍手が会場を埋め尽くす中、俺は拳を握り締め歯軋りする。



(やられた!! 完全にプリニオの奴に嵌められたっ!!)



 確かに俺やシャーロットの目的は、シャーロットを帝位に就ける事である。しかし、それは、揺るぎない権力と立場を持って、プリニオと対抗し、そしてカイラウルから魔族の影響を排除するためである。


 それなのに、シャーロットが帝位に就く為の一番の後ろ盾にプリニオが就いてしまえば、その後、プリニオを排除することが難しくなる。仮にプリニオを排除すれば、帝位に就くための一番の立役者を排除したことになり、他の者たちから自分も排除されるのではないかと疑われ、一気に支持を失い魔族の影響を排除するどころの騒ぎではなくなるだろう…



 しかし…プリニオの奴…なんて手段を執りやがるんだ…俺たちが育てたシャーロットを収穫直前で上前をはねられた気分だ…

 かと言って、シャーロットではなく俺たちがプリニオ排除の動きに出れば、イアピースや俺が、やはりカイラウルにシャーロットを立てて傀儡化しようと企てていたと思われてしまう… だから、俺たちもシャーロットもプリニオの支持や後ろ盾を排除することは出来ない… 本当に何てことしやがるんだ…


 しかし、俺たちも迂闊だった… プリニオがカスパルを暗殺して別の操りやすい者を帝位に就けるものと考えていたが…まさかシャーロットの後ろ盾になりにくるとは思いもしなかった… いや、その事について警戒しておかなければならなかった…


 だが、俺たちにどんな対策が出来たのであろうか…シャーロットが喪主を受ける受けないのところが分岐点だったのか? いや、違うな… もしシャーロットが喪主を引き受けなかったら、プリニオは残念そうな顔をしながら自分の息のかかった者を喪主に据え、その後帝位の後押しをしたであろう。その後、シャーロットが帝位について口出ししようとも、喪主を務めぬ者に帝位は任せられぬと、カイラウル内でのシャーロットの発言力を下げていき、帝位が絶望的になる事が火を見るよりも明らかだ。


 つまり孫悟空とお釈迦様の話の様な物で、俺たちはプリニオの掌の上で踊らされていたという訳か?


 俺は今の状況に怒りと焦燥感を感じてこぶしを握り締めていると、一緒にいたミリーズも同じように考えていたのか、眉を顰めて俺を見つめている事に気が付く。


「いや~ シャーロット様が次期皇帝になる事が決まったようですね… ところでイチロー様にミリーズ様、どうされましたか?」


 隣で事情も分からず、シャーロットの次期皇帝が決まった事に拍手を送っていたスタインバーガー教皇が俺たちの顔を伺ってくる。


 事情の分からない教皇が、シャーロットの帝位に祝福の拍手を送るのは当然だ。だが、裏の事情を知ればその感想は正反対になるであろう…


 俺は徐に教皇の肩に手を載せる。


「ん?」


 教皇は俺の行為を怪訝に思い、片眉を上げるがすぐに意図を察する。


(何か、内密の話でもあるのですか? イチロー様)


 教皇がすぐに念話を使って俺に話しかけてくる。



(単刀直入に言う。シャーロットを推している宰相のプリニオは魔族の手先だ!)


(なっ!?)



 教皇は驚きのあまり口を開きかけるが、すぐにぐっと口を噛み締めるように閉じる。


(それは、誠ですか!? イチロー様!)


(あぁ、本当だ…奴の後ろにはヒドラジンとかいう魔族がついている)


(ヒドラジン!? その名は確かに教会でも掴んでいる魔族の幹部の名前… 情報は確かなようですな…)


 教皇は眉間に皺を寄せる。


(教会でもヒドラジンの名を掴んでいるという事か… クソ… スタインバーガー教皇、本当にこの後時間を取れないのか? マジで色々と情報共有する必要がある)


(誠に申し訳ございませんが、ホラリスでも色々ありまして…本当にすぐに戻らねばならないのです… 本来なら、このカイラウルの状態もすぐさま対処できたのですが…)


(ん? カイラウルの状態もすぐに対処できたはずってどういうことだ?)


 教皇の思わせぶりな言葉に聞き返す。


(はい、本来であれば、そのプリニオに握手する振りをして、この念話魔法より強力な審判魔法を持って、プリニオの悪だくみを洗いざらい聞き出し、弾劾する事も出来たのですが…)


(いや、それって、現状でもできるんじゃないのか?)


 教皇は小さく首を横に振る。


(それはホラリス並びに教会に対する他国の圧倒的な信頼と、他国を圧倒できる軍事力があっての事です。以前のホラリスであれば、教皇が対象者を審判した結果に疑義を呈する者もなく、国を持って抵抗しても軍事力をもって踏み潰してきたのです)


(軍事力を持って踏み潰すとは…随分と乱暴で脳筋なやり方だな…)


(えぇ…クソガキに対処するのと同じで、言葉よりも拳を食らわせる方が早い場合がありますから… しかし、現在のホラリスはカール卿の事件で内外共に信用と信頼を失い、内部分裂によって他国に制裁を行う軍事力もありません… 今回のカイラウルの件はタイミングが悪いとしか言いようがありませんな…)


 俺は教皇の言葉にひとつの憶測が閃く。


(いや…それ、タイミングが悪いのではなく、今回の事を含めて計画されていたんじゃないのか!?)


(まさか!?)


 教皇は少し目を見開く。


(聖剣が言っていたんだが、今期の魔王が女じゃないかって言っているんだけど、その根拠として挙げているのが、魔族のやり方がかなり陰湿でやらしくて小賢しく、ネチネチと絡みつくようだと言っていたんだ… そんなやり方をする相手なら、今回のホラリスの事もカイラウルの事も繋がっていると思うとしっくりこないか?)


(言われてみれば…考えられますな… カール卿のイチロー様を排除する企ても一見すればイチロー様が戻ってきた事で失敗したように思われますが、実際にはホラリスは内外的に信用と信頼を失い、他国に影響する軍事力も失いました… それが本来の目的であれば魔族の企ては達成されたことになりますな…)


 ホラリスが単なる宗教国家ではなく、国レベルでの免疫みたいな機能も持っていたとは思いもしなかった。教皇の言う通りだと、今、この大陸は免疫機能を失った状態だ。となると…今回のカイラウルの様な企てはカイラウルだけでなく、他国でも行われているのではと予測できる… いや、俺が魔族側なら、ここまで準備建てしたんだ絶対にやる!


 となると…他の国でもカイラウルの様な事が進行している事になる!!



 教皇も俺も、事態の深刻さに気が付き、焦りが顔色に滲み始めてくる。



(実は…イチロー様…私が急ぎホラリスに戻らねばならないのは… 他国でもこのカイラウルの様な事が起きており、その対処をする為なのです…)



 教皇が苦虫を噛みつぶしたような顔をする言葉に、俺は冷や水を直接掛けられたように心臓がビクリと跳ねる。



(マジか!?)


(えぇ…誠でございます… その国ではもっと表面的に…もっと深刻な事態になっております…)


 教皇は額に冷や汗を滲ませる。



(なので、私はそちらの対処をする為に、この後、急ぎホラリスに戻らねばなりませぬが、イチロー様とのお話は次の機会になどと悠長な事も言っておられませんな… 早急に情報共有する必要性があります!)


(あぁ、俺も色々と聞きたい話が多すぎるが、この状況じゃシャーロットをほっといて、ホラリスに行くわけもいかん…)


(なので、ホラリスに戻ったら取り急ぎ、遠方でもイチロー様とお話しできる魔道具をお送り致しますので、それまでお待ちください…)


(分かった…頼む…)


 

 式場の参列者がシャーロットの新たな皇帝に就く事を祝う中、俺と教皇は固く握手をし合った。




連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので

作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る