第683話 式典前の驚き
皇帝カスパルの国葬当日、式典自体は朝から始まり、シャーロットは前日から式典会場に付きっ切りであり部屋に戻らなかった。まぁ、シャーロットの護衛にはアルファーを始め、万が一を考え、シュリ、カローラ、ポチの三人を付けているので安心できる。
逆に俺の方は手薄になるが、俺に暗殺者を仕向けられる心配よりも、肉メイドのホノカがカローラのいないうちに変な気を起こすのかも知れない方が心配だった。
そして当日の朝、早めに起床し、ミリーズ達と一緒に朝食を摂る。そして、冒険者時代なら喪服の着用など気遣う必要もなかったが、今では俺もイアピースの伯爵様なのでそう言う訳にもいかない。しかし、こんな事もあろうかとティーナが『麗しの衣装』に引き続き、『麗しの喪服』も準備しておいてくれたので、心配する必要はなかった。
…しかし、喪服に『麗し』はいらんだろ…
そして、前回の会食については出席を遠慮していたカズオであるが、今回は葬儀という事で出席させることにする。喪服についてはいつの間にか自前で用意していたようだ… いつどこでそんなものを手に入れたのかを尋ねると、カーバルでカズコの時に求愛してきた学生が色々と貢いでくれた物の中に高級布地や反物もあったそうだ。…確かにあの時のカズコはモテていたからなぁ~
そんな訳で定刻前に会場へと向かうと、すでに多くの参列者が集まっており、上座は国の重鎮が、中は街の富豪や重役、そして会場の外には国民の一般参列席まで準備されており、物凄い人だかりが出来ていた。
しかも、一般国民の方は分からないが、貴族や街の重役あたりは、家の代表者だけではなく、家族全員で出席しているようで、当主以外にその妻や子供たちも出席している。その光景を見ていてなんだか違和感を感じたのでなんでだろうと頭を捻ると、その家族の中に年頃の男は多くいるが、年頃の娘の姿は殆ど見かけなかったのだ。
恐らくは、皆、カスパルに召し上げられていったのであろう… しかし、カイラウルの貴族の年頃の貴族の男女比って結構えげつない事になってるな… これ、国内の貴族同士で賄えんだろ…
そんな事を思いながら眺めていると、係の者からそろそろ所定の場所に移動するように言われる。俺はカイラウルの者では無いので後ろの方に並ばされるのかと考えていたが、カイラウルの貴族たちが並ぶ場所より一段高い来賓者席の方へと案内される。
普段、目立つ目立たないなんて言わない俺だが、こういう時は目立たない席の方が良い。でも、一応はイアピースからの代表という事になるそうだ。
そんな訳で来賓席の方に向かうと既に先客が座っているのが見えた。しかも見覚えのある人物である。
「これはこれは、聖剣の勇者イチロー様、先日は大変ご迷惑をお掛けしました…」
壮年の男性は俺の姿を見るなり、立ち上がって、深々と頭を下げて一礼する。その光景に一瞬、呆気にとられるが、隣にいるミリーズにちょんと肘で付かれて小声で呟かれる。
「イチロー… ホラリスの新教皇のスタインバーガー様よ」
ミリーズに言われて俺はあっ!と思い出す。服装で教会関係者だとは分かっていたが、興味の無いおっさんだったので名前までは思い出せなかったのだ。確か、カローラに修道女資格を与えて、アシュトレトの元上司だったハゲのおっさんを追い詰めた人だったな…
なんでも、俺を異世界に飛ばしたカール枢機卿の件で功績があったから暫定教皇のアイリスから次の教皇になったんだよな…
「いえいえ、こちらこそ、領地に帰るために専用の特別馬車を出して頂き、誠に有難うございます」
俺は一礼を返した後、何気なく握手の手を差し出す。するとスタインバーガー教皇は眉を一瞬ピクリと動かした後、笑顔で握手に応えてきて、その瞬間、会場の方から少しざわめきが起きる。
(イチロー様…聞こえてますか? 今、握手を通して念話で話しております…)
頭の中に声が響く。一瞬驚くが、ミリーズに一度されたことがあるので、すぐに平静を装う。
(聞こえている。大丈夫だ)
俺も頭の中で念じて答える。
(この度、公の場所での握手を差し伸べて頂き、誠に有難うございます)
俺はその言葉に頭の中にはてなが浮かび上がる。
(イチロー… 私も今、念話で貴方に話しかけているわ… スタインバーガー教皇が仰りたいのは、公の場所で、イチローから教会の教皇に手を差し伸べた事で、ホラリスでの転移の事は許したという意味に見えると仰りたいのよ…)
ミリーズの声も頭の中に響く。
(あぁ…なるほど…そう言う事だったのか…)
(そのつもりではなかったのですか!?)
ミリーズに答えたつもりだったがスタインバーガー教皇にも聞こえていたようだ…なんだかややこしい念話だな… チャットの本人限定のウィスパーのように話が出来ないのかよ…
(まぁ、俺は後に引きずるつもりも無いし、前々教皇とも話は付けたつもりだったからな)
(そう言って頂けるとありがたいです)
その言葉と同時に、スタインバーガー教皇の表情が自然に笑顔に崩れる。
(しかし、隣国とは言え、教皇自ら国葬に顔を出すとはな…)
(私は、まだ教皇の座に就いたばかりなので、顔を売らないといけないのですよ、それに、イチロー様、貴方にお渡しする物とお話することがあったのです)
教皇は念話でそう言うと、懐から手紙の束を取り出し、俺に手渡す。
(イチロー様からお預かりした死霊術師から家族へ宛てての手紙です)
(あぁ、セリカの事か、元気でやってるか? 役に立っているか?)
俺は手紙を受け取りながら尋ねる。
(えぇ、大いに役立ってもらってますよ…狂信者どもは最後に自殺して情報を残さないようにするのですが、彼女のお陰で自殺しようが殺そうが、情報を得ることが出来ますからね…)
教皇は少し凄味のある笑みを浮かべる。
(あぁ、そういう敵を相手にしている時は、セリカはかなり有用だろうな、ちゃんと守ってやってくれ… 後、話というのは?)
(…特別勇者のボダ・サンジという人物の事です…)
(!!! ぼっさんの事!?)
俺は教皇から駐屯地で出会った特別勇者のぼっさんこと母田参次の名前が出てきた事に驚く。
(えぇ、私も詳しくは存じませんが、私たち教会の敵の手に落ちておられるようで、貴方に救援を求めておられるようです… 詳細については手紙の中に記してあります…)
(…そうか…ぼっさん、捕まっているのか…)
ぼっさんは俺が駐屯地で大型魔族人との戦いに勝ったものの、その後、意識を失い、意識を取り戻した時には、既に対魔族連合に引き取られた後、特別勇者の組織に戻ったと言われていたのだ。
(ちょっと、詳しい話を聞きたいのだが、後で時間を取れるか!?)
俺が念話で尋ねると、教皇は小さく首を横に振る。
(私も出来れば時間をとりたいのですが、何分忙しいもので、式が終わればすぐにホラリスに戻らないといけないのです…)
残念そうに語るその顔に嘘はなさそうだ。
その時、式の開始を告げる鐘の音が会場に鳴り響く。
「それではまた何かあれば、ご連絡致しますので…」
教皇は握手をしながら口頭で告げてくる。
「あぁ…頼む…」
俺も口頭で返したのであった。
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