第681話 別な物にも当たる

「うぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 城の部屋のトイレの中から、断末魔のようなカローラの叫び声が響いてくる。


「おい…大丈夫か…カローラ… マジで死にそうな声に聞こえるぞ…」


 俺はリビングからトイレの中のカローラに呼びかける。


「もう色々な意味で死にそうですよっ!! 身体的にも! そして女としての尊厳的にも!!」


 カローラが断末魔の叫びの様な声で答える。


 一体なんでこんな事になっているのかと言うと、俺たちはカードショップでカードを買い漁った後、カローラがシュリと同じように美味しい物をお腹いっぱいに食べさせて欲しいと言い出したので、前回と同じレストランにいく事になったのだ。


 そこで前回と同じようにブラックタイガーとシャコエビを勧められたのだが、別な物を食べたくなって他に一杯食えるものは無いかと尋ねた所、牡蠣を勧められたのだ。


 そこで初めて食べる生牡蠣の美味さに感動したカローラは、普段小食なはずなのにたらふくの生牡蠣を食べて、当たった訳である。



「旦那ぁ… ヴァンパイアって生牡蠣で殺す事が出来るんでやすね…」


 カズオがポツリと呟いてくる。


「どうなんだろ? 元々ヴァンパイアはアンデッドと言う事で死んでいるはずなんだけど… 普通に生きている人間のように、飲み食いはするし…でるもんは出るからな…」


 カローラを見ていると、今までの俺のヴァンパイアに対する常識が崩れてくる。


「しかし、ホント…大丈夫なんでやすかね…カローラ嬢… ずっとトイレの中から死にそうな声をあげていやすが…」


 カズオは心配そうな顔でトイレの方角を見る。するとメイドのホノカが話しかけてくる。


「それは大丈夫だと思います」


「そうなのか?」


「はい、カローラ様があれだけ叫んでおられるのは、その…叫ばないと…音が聞こえてしまって…社会的にと申しますか、乙女の尊厳が損なわれてしまいますので…」


 ホノカは戸惑い、当惑した顔で答える。


「あぁ…そう言う事…」


 俺は具体的な事は言わずに察する。


 なるほど、カローラはプライバシーというか、乙女の尊厳を守るために、店に設置されたトイレにある音姫を人力でやっている訳か…しかし歌姫になるのではなく音姫になるというあたりがカローラらしいな…


「カローラ様はあのように…肉体的にも尊厳的にも重篤な症状に陥っておられますが、お二人は大丈夫なのですか?」


 ホノカは心配して俺たちに尋ねてくる。


「あぁ、俺は焼き牡蠣の方が好きで火を通した物を食っていたからな」


「あっしは貝毒がキツイと言う話を聞いていたので、旦那と同じ火を通した物にしてやしたからね、大丈夫でやす」


「そうなのですか…それなら一先ず安心しましたけど…カローラ様のあの容態はいつまで続くのでしょうか…?」


 ホノカは心配そうな顔でトイレの方角を見る。


「ん~ 2、3日ぐらいじゃね?」


「2、3日も続くのですか!? その間、カローラ様はずっと叫ばないといけないのですか!?」


 容態のことよりも叫ばないといけない事を心配するのかよ…


「いや、何も治療をしなければの話だ。治療をすればもっと早くに収まるはずだ」


 この異世界で牡蠣の話は知らないので、現代日本の知識から答える。


「では、何でも癒す事ができる聖女のミリーズ様が帰って来られたら、カローラ様を癒す事が出来ますねっ!」


 ホノカは安堵した笑みを作って答える。


「しかし、カローラは幸運の女神のお陰で、USSRを引き当てたって言っていたけど… まさか生牡蠣まで当たるとはな… これも幸運の女神の思し召しなのか?」


「聞こえてますよっ!! イチロー様っ! そんな訳あるはずないでしょ!! 幸運の女神さまがそんな事をなさるはずは… うぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 カローラの言葉が途中から絶叫へと変わる。


「いや…その幸運を金に換えようと考えたから罰が当たったんじゃないのかよ…」


 そう零した時に、部屋の扉が開かれる。


「イチロー! カローラちゃん、どうしたの!? 部屋の外まで叫び声が聞こえているわよ!」


 国葬の手伝いに行っていたミリーズ達が戻ってくる。


「あぁ、お帰りミリーズ、カローラは外で食事した時に牡蠣に当たって腹を下しているんだよ」


「えっ? イチロー、街の方に出て牡蠣を食べてたの?」


 ミリーズが真顔で俺を見る。…あっ、これ自分だけ食わずに、ちゃんと皆の分も買ってきたのかと思っている顔だ。


「ミリーズ様! カローラ様が大変なんです! ミリーズ様の聖女の力でカローラ様を癒して差し上げて下さいっ!」


 俺がちゃんと皆の分の牡蠣を買って帰ってきている事を答える前に、ホノカが割り込んでミリーズに懇願し始める。


「私が…カローラちゃんを?」


 ホノカの言葉にミリーズが片眉を上げる。


「ダメなんですか!? カローラ様がヴァンパイアだから!?」


 ホノカはミリーズが二つ返事でカローラの治療を即答しない事に詰め寄る。


「いえいえ、別にカローラちゃんがヴァンパイアだから治療したくないって言うのではなく、その…神聖魔法を使うから… 牡蠣の食あたりを治療する前にカローラちゃん自身を浄化してしまうから、私ではカローラちゃんを治療できないのよ… これが牡蠣を食べる前なら、神聖魔法で無毒化できたんだけどね…」


「えっ!? そんな魔法あったの!? 今度俺にも教えてくれよっ!!」


 今度は俺がミリーズとホノカの会話に割って入る。そんな魔法があるなら、俺も生牡蠣を安心して食えるし、今後、この異世界で刺身とかの生魚も気にせず食える。


「そんな…ミリーズ様で治療できないなら…カローラ様は2、3日の間、ずっとトイレから叫び声を上げ続けなくてはならないんですか…」


 ホノカは悲嘆にくれる。…しかし、ホノカも悲嘆にくれるポイントがなんとなくずれているよな…なんでトイレで叫び続ける事に悲しむんだ?


「ん~ 私でも治療…が…出来ない訳じゃないけど…」


「本当ですか!?」


 ミリーズの呟きのような言葉にホノカは希望を感じてパッと顔をあげる。


「えぇ… 牡蠣の毒に当たった腹部だけを浄化すれば、牡蠣の毒の苦しみから解放できるわ…」


「いや…それって例えば指を蚊に刺されて痒いから指を切り落とすような物じゃないか…」


 ミリーズの言葉に突っ込みを入れるように呟く。


「そうよ、人間ならそんな事は出来ないけど、魔素で身体を構成するヴァンパイアなら魔素が減るだけだから…それで一応治療はできるわよ?」


「折角、魔素が戻って来たのに魔素を減らす事なんて出来ないわっ! うぉわわわわぁぁぁぁ!!!」


 ミリーズの話を聞いたカローラがトイレの中から叫んでくる。


「じゃあ、毒や解毒に詳しいネイシュが戻って来るまで待たないと仕方ないわね…」


「あっ」


 ミリーズの言葉に俺は思わず声を漏らす。


「どうしたのよ、イチロー?」


「いや… 確か…ネイシュから腹下した時の薬貰ってたわ…」


 思い出した俺は指先で収納魔法を使って薬を取り出す。


「それを先に思い出してくださいよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 トイレの中からカローラの絶叫が響いた。


 



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