第680話 幸運の女神に愛されし者…

 皇帝カスパルの急な訃報… その訃報は城内のみならず、街中、そして近隣にも広がり、人々は困惑する者や、カスパル時代の治世(ほぼアルフォンソによるものだが)に感謝しその死を悼んで涙を流す者など、国全体が意気消沈していた。


 そんな中、城の中ではプリニオを中心として、カスパルの国葬の準備が急ピッチで執り行われる。公人などの葬儀は、イアピース以北の地域では、気候的に寒いのもあって十分準備をしてから執り行うのが常だが、ここ温かい気候のカイラウルでは、遺体が痛む事を懸念してか早々に葬儀を執り行う風習があるようだ。それは魔法技術が進んで遺体の保存が出来る今でも変わらないようだ。


 シャーロットはカスパルの遺族という事で、国葬の準備に追われており、ネイシュとポチはその護衛について回り、ミリーズは国葬について教会の聖女という立場からの助言を得る為に協力を頼まれて姿が見えない時が多い。カローラとシュリは交代でシャーロットの追加護衛として就く事があり、俺とカズオだけが暇にしている。


 そんな俺とカズオは、大史官長の爺さんにも鯨料理を作ってやったり、交代で非番になるシュリやカローラの相手をしてやったりと、暇を持て余して…いや自由を謳歌していた。



「で、トレノ、爺さんの様子はどうだ?」



 俺はレビンと役割を交代したトレノに尋ねる。



「レビンの報告ではあまり元気ではないようですね…イチロー様が渡した鯨料理はモリモリと食べているそうですけど…」

 

 大史官長の爺さんに、カスパルの訃報と、ガストロノモ王子の遺体と玉璽の発見を伝えると、複雑な反応をしていた。玉璽の発見は朗報であるが、それに伴いガストロノモ王子の遺体の発見で王子の死が確定になった事と、例え自分が嫌っていても王が亡くなった事に、喜ぶようなデリカシーのない人間ではなかったようだ。


「やはりそうか… まぁ、玉璽の事で朗報一つに、王子の事で悲報一つ、カスパルの件は…まぁどちらでもないか… 兎に角、あまり喜べるような状況では無いな」


 すると肩にとまったコウモリのトレノが俺の顔にすり寄ってくる。


「それよりもイチロー様… レビンが言っていた件、考えて下さりました? 何でしてたら私一人だけでも魔力を渡して頂ければ、ご奉仕いたしますよ…」


 甘えた声で囁いてくる。そんな俺は今日は非番のカローラに向き直る。


「おい、カローラ、トレノまで俺を唆してきてるぞ… ホントこいつら双子だけあってよく似てるな…」


「トレノ…貴方まで… どうして二人は私に下剋上しようとするのよっ!」


 カローラはプンスカ怒ってダンダンとテーブルを叩く。


「いや…カローラお姉様の妹として…私たちもイチロー様にご奉仕しないとダメかな~って思って…」


「言い訳まで同じかよ…お前らホント双子だな…」


「そんな事より、イチロー様っ!」


 カローラはトレノに対して怒っていたかと思ったら、俺に怒りを向けてくる。


「何だよ… なんで俺に怒ってくるんだ?」


「確かカードを買いに連れて行ってくれるはずでしたでしょ! それと美味しいものを食べさせてくれるって! 約束したじゃないですか! 街へ連れって行って下さいよっ~!」


「あぁ、確かカード買ってやるって約束だったな… 美味い物の話は覚えてないけど… 街に行けば美味い海産物が何かあるだろ」


 シャーロット達が国葬の準備で忙しい中、俺たちが街で目立つ行動は憚られるが、ずっと部屋の中に籠っているのも不健全なので、カローラを街に連れて行ってやることにする。


「わーい♪ イチロー様! 私、イチロー様、大好き♪」


 俺の言葉にカローラが飛び跳ねて喜ぶ。


「でもな…あまり期待すんなよ? 前にシュリと一緒に街に繰り出した時は、カードショップはしまっていたからな… 料理に関しても海産物は不漁の時があるから美味いものがない時もあるぞ?」


「ふふふ…私は教会から認められた修道の資格を持ち、幸運の女神を信仰していますから大丈夫ですよっ!」


「それはヴァンパイアとしてどうかとは思うが…まぁ、カードショップが開いていて、海産物も大漁だといいな」


 そんな訳で謎の自信を持つカローラと手持無沙汰のカズオを連れて俺たちは街へと繰り出す。



「おい、マジかよ… カードショップが開いてんじゃん!」


 街に繰り出してみると、閉まっていると思っていたカードショップが開いている事に驚く。


「フフフ…どうです? 私は幸運の女神から愛されているんですよ!」


 カローラがドヤ顔で言ってくる。


「…とりあえず、中に入ってみるか…」


 店の前で驚いていても仕方が無いので、とりあえず店の中へと入る。すると、カウンターで荷ほどきをしていた店長が俺たちに気が付き声を掛けてくる。


「あっいらっしゃいませ! お客様、運がいいですね!」


「なんの事だ?」


 何事か分からず、俺は首を傾げる。


「つい先ほど、ホラリスからの荷物が届いたところなので、久々に店を再開したところなんですよ~ 今なら、カードを選びたい放題ですよ!」


 その店長の言葉にカローラが自身の幸運を自慢するように俺を見てくる。


「そうか…それで前は閉まっていたのに開いているのか… カローラ、好きなカードやボックスを買ってやるぞ」


「わーい!わーい!カード!カード!」


 カローラはまんま子供の仕草で店内を見て回る。


「それでお客さん、どのようなカードをお求めですか?」


「そうだな…ホラリスから荷物が届いたといっても、ホラリスのカードだけではないんだろ? ホラリス経由で他の地域のカードも入っているならそのボックスを見せて欲しい、後、カイラウル限定ボックスもな」


 流石につい最近までいたホラリスの新弾はもう買ってあるので除外する。


「あぁ、それならベルクードの新弾が入ってますよ、カイラウル限定ボックスは最新弾しかないですね」


「ほら! イチロー様! 幸運の女神が私に微笑みかけているんですよ! 買いましょ買いましょ!」


 カローラがぴょんぴょんと跳ねて騒ぎまくる。


「じゃあ、ベルクードの新弾とカイラウルの新弾を頼む」


 店長は金を支払うと二つのボックスを渡してくれる。


「じゃあ、早速開封の儀を始めましょうか…店長さんいいですよね?」


 カローラはボックスを受け取ると店の中で開封しようとする。


「おいおい、店の中で開封するのかよ!? 流石に部屋に戻ってからにしろよ!」


「イチロー様! 次にいつ来れるか分からないじゃないですか! それと次来た時には売り切れているかも知れないんですよっ! 後、開封して出なかったカードは、すぐに単品購入出来ますし… あっ店長さん、ニューカードジュの別巻のカード年鑑ありますか? 何が出て何が出なかったのか調べたいので…」


 店の邪魔になると思っていたが、店長はカローラの開封に協力してカローラは開封を始める。


「出た!! 出ましたよっ!! イチロー様っ!! USSRカード!」


「えっ!? マジで!? USSRを!?」


「えぇ!これも幸運の女神さまの寵愛の賜物ですよ! 私にUSSRを引き当てさせてくれたんですからね!」


 USSRと言ってもソビエト連邦の事ではなく、ウルトラスーパースペシャルレアの意味であり、当然SSRよりも希少でカードゲーマーの中でも見たことが無い者が多いカードである。


「それで何のカードを引いたんだ!?」


 俺もUSSRは初めてなので鼻息を荒くしてカローラのカードを覗き込む。


「なんか金髪イケメンの絵柄ですね…誰なんでしょ?」


 カローラもよくカードを覗き込む。その絵柄はなんだか銀英伝のラインハルトかオーバーロードのジルクニフのようなイケメン男性が描かれている。


「「えっ!?」」


 俺たちはそのカード名を見て驚きの声を上げる。カードの名前には『皇帝カスパル陛下・30周年記念バージョン』と記載されていたのだ。


 俺はその名前を見た瞬間、あの豚がこんな姿な訳ねーだろ!と漏らしかけたが、国民たちには受けがいいので慌てて口を押さえる。


「イチロー様…この絵柄って…」


「カローラ…皆まで言うな… 一般人にはこういう姿だって、広まっているんだろ…」


 俺は小声でカローラに耳打ちをする。


「いや~ お客さん、運がいいですね~ 私もそのこの弾の陛下のカードは初めて見ましたよ~ USSRだとレリーフ処理がされているんですね~」


 そう言って店長が話しかけてくる。


「ん? この弾って事は、他の弾でも皇帝カスパル…陛下のカードがあるのか?」


「えぇ、ございますよ、こちらのカード単体の販売コーナーに今までの弾の物を取り揃えております」


 カード単体の販売コーナーを見てみると、同じ金髪イケメンキャラのカスパルのカードが並べられていた。


「マジかよ… カード販売が始まってからずっと新弾ごとにカードがあるのか…」


 ショーケースの中には何種類かの金髪イケメン姿のカスパルのカードが並べられていた。しかし、こんなカードまでカスパルの存在を工作していたのかよ… 本人はこんなイケメンじゃなくて、マジでオークみたいな豚だったのに…


「イチロー様…イチロー様…」


 すると、カローラが小声で話しかけてくる。


「なんだよ、カローラ」


「このカードも買っておきましょうよ! この先、絶対に値段が上がりますよっ!」


 確かに、カスパルは亡くなったし、シャーロットが帝位につけば、もうカスパルのカードは販売されなくなるだろうから、希少度が上がって値段が高騰する可能性が十分ある。


「結構、値が張るぞ?」


「大丈夫ですよ! 後で売れば元を取り戻せますし…」


 カローラは悪徳商人のような笑みを浮かべる。


 そんな訳で、カローラは本当に幸運の女神に愛されているのか、カードショップでレアカードを引きまくり、高価なカードを買ってホクホク気分になったのであった…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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