第678話 突然の事態

 俺たちが現皇帝カスパルが倒れたとの報せを受け、限られた人物だけが入ることが許されるカスパルの後宮に足を踏み入れ、その寝室に駆けつけた時、巨大な天蓋のあるベッドの周りには、問題の人物である宰相プリニオや宮廷医や後宮の管理長などの人物が、皆、カスパルの容態を非常に憂慮した青い顔をしていた。



「カスパル陛下!」



 そんな中、カスパルの御所に入ったシャーロットがいの一番で駆け出し、カスパルのベッドの側に駆け寄る。



「えっ!? 陛下…!?」



 シャーロットはベッドの側につき、カスパルの姿を見た途端、驚愕と困惑の為、口元を手で覆いながら表情を露わにする。その様子を見る限り、ただ倒れたなんて生易しい状況には思えない。もっと深刻な事態になっているものと思われた。


 しかし、シャーロットはカイラウルの皇女なので、正々堂々とカスパルの御所の中に入っていけるが、俺やミリーズはあくまでシャーロットの付き添いでここまで来ただけで、国の最重要箇所であるカスパルの御所に入る事に気が引けていた。


 ところが、カスパルのベッドの側にいた宮廷医らしき人物がミリーズの姿に気が付き、こちらに声を掛けてくる。



「すみません…そちらにおられるのは聖女であるミリーズ様だと存じ上げますが…間違いございませんか?」


 宮廷医は非常に困窮した顔でミリーズに尋ねる。


「えぇ、そうですが…」


「ならば、カスパル陛下の治療を行って頂けませんかっ! 私では…もうどの様にすればよいのか分からなくて…」


 その言葉に俺もミリーズもピクリと反応する。恐らくこの国で一番の技術を持っているはずの宮廷医が治療できないだと?


「私たちもカスパル陛下の御所に入ってもよろしいのですか?」


 ミリーズは『私たち』という言葉を付けて宮廷医に確認する。すると、尋ねられた宮廷医は宰相プリニオの顔を見ると、プリニオはコクリと頷いて承諾する。


「構いません…中へお進みください…」


 宮廷医がこちらに向き直って答えると、俺たちはゴクリと唾を飲み込んで、カスパルの御所へと足を踏み込んで進んでいく。


「それではカスパル陛下の容態を確認させて頂きますわ」


 ミリーズがそう言ってベッドの側に歩み寄ると、ベッドを取り囲んでいた者たちが、ミリーズの為に場所を空けて、ミリーズはその空いた場所へと進む。


「えっ!?」


「ちょっ!?」


 俺とミリーズはベッドの側に進み、ベッドの上で横たわるカスパルの姿を見た瞬間、思わず驚きの声を漏らしてしまう。


 ベッドの上のカスパルは、シャーロットと同じ金髪碧眼の人間だが、その体つきはエロマンガに出てきそうなオークのようにぶくぶくと太り、そして…全裸でアヘ顔の様に口と目を開き切ったままで涎を垂れ流していた。しかも、下半身のアレは勃起した状態で、赤ちゃんプレイをしていたのか、それともただの騎乗位をしてもらっていたのかわからないが、仰向きでまるで、石化したように固まって寝そべっている。


 これって…まるで…


「では、失礼します…」


 俺がそう思い始めた時、ミリーズが顔を顰めながらベッドに更に進んで、カスパルの腕に手を伸ばし、その手首を握る。


 そして、暫くじっと黙ったまま手首を掴み続けた後、ふっと一度目を閉じた後、オロオロと狼狽する宮廷医に向き直る。


「布かシーツを…」


「はっ…はい…こちらです…」


 ミリーズがシーツを希望すると宮廷医は側に置いてあった真新しいシーツをミリーズに差し出す。そして、シーツを受け取ったミリーズはバサッとシーツを広げて、カスパルの身体に掛けて、その顔まで覆ってしまう。


「あっ! 陛下のお顔までっ!!」


 ミリーズの行為に宮廷医は慌てて声を上げる。


「これでいいのです… カスパル陛下は…既にお亡くなりになっておられます」


 誰もが思っていたが口にできなかった言葉をミリーズが口にする。


 やはり、そうだよな…どう見ても腹上死です、有難う御座いました状態だったからな…


「いや! その…なんとかならないのですか!? ミリーズ様は聖女様なのでしょ!?」


 カスパルの死を認めたくない宮廷医が必死にミリーズに訴えかける。


「カスパル陛下は既に死後硬直が始まっています…まだ、息のある状態であれば、虫の息だろうが、身体が半分無かろうが、癒す事はできますが、聖女の力を持っても死者を蘇らせることは出来ないのです… なのでカスパル陛下がお亡くなりなった事実を受け入れて下さい」 


 ミリーズはキッパリと言ってのける。ミリーズと過去に冒険を共にしてきた中で、同様の死者を蘇らせて欲しいと頼まれる事は何度も有った。その時と同様に、未練を断ち切るためにキッパリと言っているのだ。



「カスパル陛下…」



 その横でシャーロットが小さく声を漏らす。しかし、その顔はカスパルの死を悼むという顔ではなく、何とも言えない顔をしていた。

 それは当然の事であろう。生まれてすぐに育成所に入れられて、皇女と言えど父親のカスパルと顔を合わせる事は殆どなく、家族として接する機会も無かった。

 そんな家族としての繋がりが薄い状態で、最後の遺体の姿が、腹上死のアヘ顔である。普通の人間なら死を悼む気持ちなど露ほどもわかないだろう…



「しかし、死後硬直を起こすまで、どうしてカスパル陛下の死に誰も気が付かなかったのですか?」


 もっと早く教えてもらえれば、息のあるうちに治療できたかも知れないと言わんばかりにミリーズが尋ねる。その言葉に宮廷医は最初はもじもじとして言いずらそうにしていたが、側にいたプリニオに促されてポツリポツリと語り出す。


「それが…カスパル陛下が情婦と…その特殊な行為をなさっておられたようで… 行為の途中でカスパル陛下の身に異変が起きた事に気が付かなかったのです…」


 その言葉に辺りを見ると、縄やら拘束具やら目隠しが置いてある… エロ探偵1級の俺が推察するに、拘束して目隠しをさせた娘に自分の上で果てるまで動くように命じていたのだろう…その途中で別の意味でカスパルが心臓麻痺とか何かで果てて、身体が冷たくなるまで気が付かなかったのかな?


「そして…情婦が陛下に異変が起きた事に気が付いた後も、事態の大きさに慄いて、他の者が来て事態が発覚するまで部屋の隅で脅えていたのであります…」


 宮廷医が自国の恥を言いずらそうに説明する姿に、ミリーズは呆れたように、少し溜息を漏らす。


「…事情は分かりました… お亡くなりになられた人物が人物で、状況が状況ですから… 検死はどうなされますか? 私の仲間の中には毒物に詳しいものもいますが?」


「いや、その…検死というのは、カスパル陛下のご遺体を開いて改めるという事ですか!?」


 宮廷医が目を丸くして驚く。


「えぇ、医師や治療術師など専門家がいる前でお亡くなりになった訳ではなく、二人きりのその…行為中に亡くなったという事ですから変死にあたりますでしょ? 詳しい死因を調べなくてよろしいのですか?」


 宮廷医はすぐに自身では答えられなくて、プリニオを見る。


「なんでしたら、死後、死者の霊と話をする事が出来る死霊術師もおりますが…」


 宮廷医はふたたびプリニオを見る。すると、宮廷医には答えられないと考えたプリニオがこちらに向き直る。


「暫く…暫くお時間を頂けますか…」


 プリニオはそう答えたのであった。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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