第677話 ねんがんの玉璽をてにいれたぞ!
俺とカズオは台所で慌ただしく料理を作っていた。まな板の上に塩茹でしたものを一口大にカットして、器に並べる。
「よし! ヒャクヒロが上がったぞ!」
「あい! これを運んでいけば良いのじゃな」
シュリが上がった料理をトレイに載せてリビングへと運んでいく。
「あぁ、ポン酢か生姜醤油が合うぞ」
リビングにも聞こえるように声を上げると次の料理に取り掛かっていく。
「旦那ぁ、このカブラボネというのはこんな感じでいいでやすかね?」
「あぁ、それに酢味噌を掛けてくれ」
俺が指示するとカズオはカブラボネに酢味噌を掛ける。
「そう言えば、そろそろ竜田揚げも揚がったな」
良い色に揚がった竜田揚げを油からから上げて、皿に並べる。
「次はこの汁物にヒメワタとヒャクジョウと…ついでにコロもいれてウデモノ汁にするか」
俺は食材を食べやすい大きさに切り分けて、汁の中にポイポイと放り込んでいく。
「旦那ぁ、ハリハリ鍋もあがったようでやすので、リビングに運んでおきやすね」
「あぁ、俺も汁物ができたらすぐに行く。シュリ! 皆の分のお椀を運んどいてくれ!」
「忙しいのぅ~ 分かった!」
台所に戻ってきたシュリはお椀をトレイに載せると再びリビングへと戻っていく。
「さて、汁物もこれでいいな」
俺は鍋をミトンを使って掴むとそのままリビングへと向かう。するとリビングではシャーロットが誕生日の時のようにメインの場所にいて、その前に俺たちが作った鯨料理が並べられている。
「あぁ、イチロー様、お疲れ様でございます! でも、よろしいですの… 私や私の国であるカイラウルの事ですのに… なんだか私が振舞われている様な感じで…」
誕生日席のシャーロットが申し訳なさそうな顔をする。
なんで、この様な事になっているのかというと、あの霊が情報を明かす代わりに鯨料理を振舞えと言って来たのだ。しかも、今回はただ供えるだけではなく、ちゃんとその味を味わう為、誰かに憑かせろと言って来たのだ。
「シャーロット、しょうがないじゃない、私はあんなの憑かせたくないし、ミリーズでは浄化されしまうし、ネイシュじゃ小食だから沢山食べられないって駄々こねるし、シュリやアルファーではそもそも種族が違うし、イチロー様やカズオは料理を作らないといけないしで、シャーロットしか憑かせる相手がいなかったのよ」
シャーロットの隣のカローラが説明する。
「クリスさんもいますけど?」
その言葉にカローラはクリスを見る。
「霊が言うには食材それぞれの味を楽しみたいのであって、あんな食べ物の喉越しを味わっている様な奴には憑きたくないって言っているのよ」
「はぁ…そうなのですか…」
「それは俺も同感だ、せっかく料理を作ったのにクリスの食い方は、じっくり味わわず、満腹感を満たすための食い方をしやがって」
俺は皆に汁物をよそいながら愚痴を漏らす。
「え~ イチロー殿、私もちゃんと料理の味を味わってますよっ!」
ホントかよ…俺には喉越しを味わっている様にしか見えない、もしかしてクリスは喉に味覚を感じる器官があるのかよ…
「よし!汁物も全員に行き渡ったな! じゃあ、早速頂くとするか! 頂きます!」
「「頂きます!」」
頂きますの合図で皆が料理に手を伸ばし始める。
「私、このさらしくじらがなんだか病みつきになったのね」
ミリーズがさらしくじらを満足そうに口にする。
「このスープ、美味しいし面白い、色々な味や食感がある…」
「あぁ、そうだろ、ネイシュ、鯨の色々な部位を入れているからな、色んな味が楽しめる」
使った部位はカズオに予め下処理をしてもらっておいたので、すぐに使えて楽に作れた。
「お! この味! この食感! 懐かしぃ~ やっぱ竜田揚げはこうだよな!」
俺は揚げたての竜田揚げの熱さにハフハフとしながら味を楽しむ。
「イチロー殿! ハリハリ鍋ももう食べてもいいんですよね!?」
「あぁ、台所で仕込んで来たからもう食べてもいいぞ」
俺は口の中で竜田揚げをモグモグしながらクリスに答える。
「しかし…良いんですか? 私、ただ料理を頂いているだけですけど…」
そんな中、料理を食べるシャーロットが申し訳なさそうに言葉を漏らす。
「あぁ、霊が取り憑くといっても、完全に身体を乗っ取るだけの力も無いから、ただ味覚を共有しているだけよ、だからシャーロットが美味しく食べれば霊は満足するわ」
隣のカローラがシャーロットに話しかける。
「いちろーちゃま! わたしとオーディンの分のハリハリちょうだい!」
「おぅ、分かった待ってろ!」
俺はポチとオーディンの分のハリハリ鍋をよそってやる。ここしばらくの間でポチとオーディンはすっかり仲良くなった。やはり同じイヌ科だからか?
そんな感じに霊を願いを叶えるという名目で、俺たちは鯨料理のフルコースを堪能した。
「いや~ 食った食った! やっぱ鯨は美味いよな~」
俺はパンパンになった腹を擦る。
「さらしくじらやハリハリ鍋以外にも、こんなに色々な料理があるなんて驚きだわ! でも、鯨ってカイラウルみたいな沿岸部でしか獲れないのでしょ? アシヤ領に戻ったら食べられないと思うと残念だわ…」
鯨料理を気に入ったミリーズが残念そうに、そう零す。
「あぁ、それなら大丈夫じゃぞ、なんせあるじ様は家の大きさ程のある鯨をまるまる一匹分買い取っておったからな、アシヤ領に戻っても暫く食えるじゃろ」
再び妊婦のような腹になったシュリがミリーズにそう漏らす。
「え!? 家の大きさ!? まるまる一匹分!?」
ミリーズがシュリの言葉に驚き、サッと俺に向き直る。
「あーっ! そう言えば、霊の方はどうなったんだ! 満足して話したくなったか!?」
鯨まるごと一匹分を買った事がバレた俺は、誤魔化す為に大げさに声を上げてシャーロットとカローラを見る。
「美味しすぎたので食べ過ぎてしまいましたわ… ちょっと、お腹が苦しいです…」
「イチロー様、霊も満足したようで、『長年の夢だった鯨料理を心行くまで堪能できました、これでようやく天に召される事が出来ます、向こうに行っても貴方たちへの感謝の気持ちは忘れません…』って言っていますよ」
シャーロットとカローラがそう答える。
「おいおい! ちょっと待て! 勝手に満足して成仏するな! 食い逃げするつもりかよっ! ちゃんと話をしてからにしろ!!」
「『そんなに聞きたいってやつなのか? しょうがないにゃあ…いいよ、話してあげる』っていってますよ…」
「なんだかムカつく答え方だな… まぁいい、話してくれ…」
通訳するカローラも困った顔をしているので、俺は怒りを押さえて促す。
「『では、話そう…それは創造神が天地開闢を始められ、この大地と空が形成され…』」
「話の助走が長過ぎるわっ! 壁の中に埋まっていた理由から始めろよ!」
「『えぇ~ 話を引き延ばせば、私の憑りついている娘のお腹がこなれて、鯨料理をお代わりできると思ったのに…』って、言ってますね…通訳している私も腹が立ってきました…」
通訳しているカローラもムスッと眉を顰める。
「そんなに鯨を食べたいのなら、さっさと話をして、いったん生まれ変わってから思う存分食えばいいだろ…」
「『なるほど…そういう手もあったか…では、またマルガリータと一緒に転生して二人で鯨料理を食べるか』って言ってます」
俺は霊の言葉に反応する。
「マルガリータの名前が出てくるってことは、やはりお前さん、ガストロノモ王子だったのか…」
「『あっバレちゃった…お察しの通り、私がガストロノモ王子です…ちゃんと当時何があったのかを話すよ』って言ってます」
そうして、カローラが通訳しながら、ガストロノモ王子に当時に何があったのかを語り出す。
当時、事件の一年前から体調を崩して、もう先が長くないと察した先代王アパシーブレが王子に仕事の引継ぎを教えていたのだが、先代王が倒れた途端、第二第三王妃などの娘を王に嫁がせた貴族が外戚権力を手に入れる為に、殆ど表立った暗躍をし始めて王子の命を狙い始めた。
そして、事件当日、遂に強硬策をとって王子の部屋に暗殺者たちを送り込んで来た。その時に護衛騎士のマルガリータが王子に必ず後で出すと言い残して、王子を壁の中に隠し、自分は部屋で暗殺者たちと対峙した。
壁の中の王子は暗殺者との戦いでマルガリータの断末魔の悲鳴が聞こえたが、最後の最後まで彼女の言葉を信じて壁の中で待ち続けて今に至ったそうだ。
「…なるほど…彼女の言葉を死ぬ最期の時まで信じていたのか…お前、なかなか見どころのある奴だな…」
俺はそんな感想を漏らす。
「『まぁ、外に出たら殺されるのが分かっていたし、そもそも自力で壁の外に出る事もできなかったけど…』って言ってます…本当に何なんですか!? この人!」
「マジ何なんだよっ! 俺の感動を返せよっ!! それよりも玉璽はどこやったんだよ! お前が先代王から預けられていたんじゃないのかよ!」
俺とカローラはテーブルから離れた場所にあるガストロノモ王子の遺体を見る。
「『うーん…このまま玉璽の場所は伏せておこうかと思っていたけど、そこの娘はこの国の為に頑張っている様だし、教えちゃうかな?』って言いながら、シャーロットを見てますね」
「ガストロノモ叔父様! お願いします! 玉璽の場所を教えて下さい!!」
シャーロットも必死な顔をして懇願する。そして玉璽の場所を聞く為、皆の視線がカローラに集中する。
「…えっ!? それ、本当に言ってるの!?」
すると、カローラが驚いて素っ頓狂な声をあげる。
「どうした、カローラ、王子は何ていってるんだ?」
カローラは強張った顔で俺に向き直る。
「『私のケツの穴を調べろ…』と言っているんですよ…」
「は?」
皆の顔も強張る。
「だから、ケツの穴を…」
カローラは顔を真っ赤にして項垂れる。
「それ、マジでいってんのか!?」
「マジで言ってます…ホント…何なんですか…」
カローラの言葉を確認すると、俺は立ち上がって、王子の遺体の所へ向かい、その仰向けになった遺体をころりと転がして俯せにする。そして、あまりやりたくは無いが…遺体の…しかも男のケツを左右に広げて肛門あたりを確認する。
「うわぁ! マジだ! なんか穴から金属らしき一部が飛び出てる!!」
王子のケツの穴から、指輪のリングのような金属が飛び出しており、本体部分は穴の中に納められている。
「…女があそこに物を隠すって話は聞いた事があるけど、男がするのは初めて聞いた…」
珍しくネイシュも驚いた顔をして言葉を漏らす。
「カズオ…」
俺はカズオに向き直って声を掛ける。
「へい…旦那ぁ…何でやす?」
「ちょっと、菜箸もってきてくれるか?」
「は? 菜箸? 菜箸って…もしや!旦那ぁ!!」
「大丈夫だ! 安心しろ! ちゃんと新しいの買ってやるから!」
ケツの中にある玉璽を素手で取りたくない俺は、カズオに菜箸を要求する。
「分かりやした、旦那ぁ… これをお使い下さい」
そう言ってハリハリ鍋で使っていた菜箸を手渡してくる。
「よし! では、カズオは尻を左右に広げておいてくれ! 俺が菜箸を使って玉璽をとるから」
「あ、あっしが!?…分かりやした…旦那ぁ…」
そういう訳で、カズオが遺体の尻を左右に開き、俺が肛門へ向けて菜箸を伸ばす。
「なんだか凄い絵面じゃな… まさか、この様な物を目にするとは…」
「うるせー!! 黙ってろシュリ!! 俺だってこんな事はしたくねえんだ!!」
俺が怒鳴り散らすと、シュリはやれやれと言った感じで肩をすくめて、俺は作業を続ける。
「カズオ! そのまま尻を広げておけよっ!」
「へい! 旦那っ! こうでやすか!! 早く! 早くしてくだせい!!」
「イチローにカズオ…二人とも言葉尻も酷い…」
ネイシュも顔をこわばらせる。
「よしっ! 取れた!! 取れたぞっ!!!」
俺は遺体のケツ穴から取り出した玉璽を菜箸で摘まみながら掲げる。玉璽は三国志に出てくるような四角い金印の形ではなく、指輪状になっており、その装飾部分が紋章になっていて印鑑として使えるものだった。
「それが! それがカイラウルに伝わる玉璽ですのね!!」
シャーロットが顔を綻ばせて駆け寄ってくる。
「そうだ! これが玉璽だ! 受け取れ! シャーロット!」
俺は菜箸でつまんだ玉璽をシャーロットに差し向ける。
「ゔっ…」
ねんがんの玉璽を目の前にしたシャーロットであるが、顔を強張らせる。そして、油の切れた機械のようにぎこちなくカズオに向き直る。
「カズオさん… 後で弁償しますから… ザルをお借りしてもいいかしら?…」
「…えぇ…構いやせん…もう…ご自由にお使いくだせい…」
カズオは苦笑いしながら答えると、シャーロットはたぁーっと台所へ向かい、ザルを抱えて戻ってくる。
「イチロー様! お願いします」
「お…おぅ…」
俺はシャーロットの差し出すザルの中に菜箸からぽたりと玉璽を落す。玉璽をザルに受け取ったシャーロットはすぐさま再び台所へ向かい、水を流して洗い物をする音が響いてくる。
「イチロー様、霊が…『折角、必死になって玉璽を守り切ったのに、そんなえんがちょみたいな扱いするのは酷い…』って言ってますけど…」
「いや…国の最重要品をあんな所に隠す方が悪いだろ…」
そして、三分程、洗い物をする音が響いた後、シャーロットが玉璽を手にして台所から現れる。
「ようやく…ねんがんの玉璽を手に入れましたわ! これでカイラウルを救う事ができるのですね!!」
シャーロットはなんだかやり切った感のある顔をしながら声をあげる。
その時、部屋の外に誰かが急いで掛けてくる足音が響き、すぐにけたたましく扉が叩かれる。
「シャーロット殿下! シャーロット殿下! こちらにおられますか!?」
城のメイドの声のようだ。するとネイシュが私に任せてと言わんばかりに、激しくノックされる扉へと向かう。俺とカズオは、王子の遺体をシーツでくるんで隠す。
「なにか?」
ネイシュは警戒しながら扉を開けて、落ち着いて尋ねる。
「陛下が!! カスパル陛下が!! 倒れられました!!!」
その報告に俺たちは立ち上がって驚いた。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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