第672話 杞憂にあらず

 戦闘の時以外、普段姿を現さない聖剣が自ら姿を現した事に俺は少し驚く。



「これが…聖剣様!? しかも、お言葉を話されるなんて…驚きましたわ!」



 そう言えば、シャーロットにとっては聖剣は初見だったのか… 初めて見る聖剣の姿にシャーロットは驚きそして感動する。…まぁ、見た目とか喋る事に感動するのはいいけど、人格とか趣味がな…


「再び、言うけど、イチロー、あなたの考えは過大評価ではないわよ」


「イチロー、私も聖剣様の仰る通りだと思いますわ」


 ミリーズは収納魔法から聖剣の簡易台座を取り出して、聖剣を納めながら言ってくる。


「いや、俺自身は自分自身の事をちょっとエッチな一般冒険者だと思っているからな、人類にとってそんな重要人物だと思いたくない所もあるんだよ」


「ちょっと?…まぁ、いいわ… 貴方自身の能力や人格うんぬんよりも、私を所有する『聖剣の勇者』という肩書が重要なのよ…何百年もの間、アルド様以外の男に触れさせなかったとはいえ、私は腐っても聖剣なのよ? その価値を忘れないでほしいわ」


 聖剣はミリーズが用意した台座に身体を預けながら言ってきて、その言葉に隣にいたカローラが小声で俺に話しかけてくる。


「ねぇねぇ、イチロー様… 聖剣が腐っても聖剣って自分自身の事を言ってますけど、あれってBLの事なんでしょうかね?」


「いや、ちょっとカローラ、お前は黙っておけ…ややこしくなるから…」


 恐らく聖剣は『腐っても鯛』の事を言いたいのであって、別に自身が『腐女子』であることを言いたいわけではないはずだ…多分だけど…


「イチロー、私は教会にいたから良く分かるのだけれど、本当に聖剣様の仰る通りよ、聖剣様は単なる魔族に対しての特攻武器という意味ではなく、人類の希望でもあるの… その希望の聖剣を持った人物が魔族側に引き込まれたら、それだけで多くの人類が希望を失い、魔族との決戦を行う前に戦う気力を失ってしまうわ」


「それに、本来なら私が魔族側につくなんて、身の毛がよだつぐらい嫌な事だけど… 私と貴方は離れたくても離れられない運命共同体… もしイチローが魔族についても、私の意思だけでは貴方から離れる事は出来ないのよ… 私はある程度自由意志で動く事は出来るけど、イチロー貴方の命令に抗う事が出来ないから、最悪、人類に向けて私を振るう事になるわね… 聖剣が魔族側にあって人類に対して振るわれる…そんな姿を想像してみて… もう戦意どころの話でなくなるわよ」


「いや…仮に人類から追われて魔族についたとしても…人類に対して聖剣を振るったりしないよ… それに人間を切る事は出来ないだろ?」


 俺はミリーズと聖剣の言葉に、ホラリスの大聖堂の一件を思い出しながら告げる。


「あの時は、イチロー自身に盾にされた人間を切る意思はなかったでしょ? だから私も人間を切らなかったの、それに人間を切らなかったとしても、そこらの人間が作った武器や防具は紙より容易く切り裂く事が出来るわ、それだけでも十分脅威のはずよ」


「えっ!? 人間も切る事ができたの!?」


 聖剣の人間を切る事が出来るという言葉に、俺は今まで使っていた製品の思わぬ機能があった時のように驚く。


「当然よ、人間を切る事が出来なかったら、魔族に寝返った者や操られた者に抵抗できないじゃない! 実際に、アルド様の時でも何人かの人間は切った事が有るわ…」


 確かにそうだ、俺が魔族側で聖剣が人間を切る事が出来ないと知れば、絶対に同じことをさせるだろうな…


「それと、イチロー、貴方、人類に対しては私を振るわないと言っていたけど… 自分の仲間や子供たち、領民たちを人質にされても同じことが言えるの?」


「それは…」


 俺は答えられない…答える事が出来なかった…


「今更言っても仕方ない事だけど、聖剣の勇者の様な人類を代表して魔族と対する存在は、愛する者が多ければ多いほど、それが弱みとして動けなくなることが多いわ、敵に狙われるからね… 逆に愛する者が全くいないと戦う意味が無い事とも言える… イチローの場合は抱え過ぎなのよ」


 聖剣に言われた通り、確かに俺は一介の冒険者だった頃から比べて抱える者が増えた。でも、それは人間として人と接して生きていたら仕方のない事だ。なので、先人がどうしていたか尋ねてみる。


「…聖剣…お前が力を貸した勇者はどうだったんだ?」


「アルド様の事? アルド様は私と二人きりでラブラブだったから、弱みになるような存在はいなかったわよ」


「二人きりでラブラブって…」


 ダメだ…信用できない…聖剣の口調から察するに、先代勇者の事に関しては、聖剣の奴は信用できない語り部だな… 恐らく他の者が勇者に協力しようとしても二人きりになる事の妨げになるから、追い払っていたんじゃねえのか?

 

「しかし…今回のやり口って、かなり陰湿でやらしくて小賢しいわね… このやり口を聞く限り、この陰謀に関わっているのは…いや、今期の魔王は女じゃないかしら?」


 聖剣は憶測を口にする。


「今期の魔王が女? どうして、そう思うんだ? 先代勇者の時の魔王もそんな感じだったのか?」


「いえ、私の時の魔王は脳筋タイプの馬鹿な男だったわ、その部下に今回の様な搦手を使ってくる女魔族がいたのよ、でも、あまり高い地位にいなかったようだから、今回のような一国を丸ごと使った搦手は使えず、集落を使ってきたのよ」


「うーん…今期の魔王が女だと考える根拠は、その事例一つだけか? それだと根拠としては薄いような気がするが…」


 俺はポリポリと頭を掻く。


「いいえ、絶対に女よ…私の勘がそう告げているわ… 私は元の人の身体を捨てて聖剣として生きているけど、女としての精神は捨ててないの…逆に私の女としての精神が私を私たらしめているのよ… その私が感じるの… 陰謀の影にチラチラと見える女のやらしさが… 手に入れたいものはネチネチと絡みつくような女の業って奴が臭ってくるのよ…」


 聖剣の奴…自分が先代の勇者アルドに対して思って行っていたのと同じ臭いが、今回の陰謀を通して今期の魔王から臭ってくると言いたいのか… ならば聖剣の勘は信用できるな…


 しかし、逆に言うと聖剣も先代の勇者アルドに対して、今の魔王と同じことをやっていたのかよ… そりゃ、魔王を倒した後、教会に渡されるわけだ…


「分かった… 聖剣やミリーズが言うように、俺が魔族側に篭絡されるような事はあってはならない、その為にも王座に近づくような行為をする事は出来ないな… という訳で、俺は陰ながら協力はするが、表立ってシャーロットへの協力、特に後ろ盾になるような事は出来ないがいいか?」


 俺はシャーロットに向き直って告げる。するとシャーロットは表情を引き締める。


「分かりましたわ! イチロー様! カイラウルが魔族の手に落ちないようにすることも重要ですが、人類の希望である聖剣の勇者のイチロー様が魔族にからめとられる事も防がねばなりません! カイラウルはカイラウルの皇女である私の手で守り抜きますわ!」


 シャーロットは改めて強い決意を示した。

 


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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