第670話 起きろ

 婆さんが落ち着いた後、クリスに育成所まで送らせた。そして、俺たちは各々が手に入れた情報を共有する為、話し合いの場を持つことにした。


「でも、ちょっと話し合いを行う前に… ネイシュ、そこで悦に浸りながら横たわっているミリーズをそろそろ起こしてもらえないか?」


 ミリーズは主要メンバーであるし、リビングのソファーをまるまる一つ占領されていてはハッキリ言って邪魔だ。いい加減起きてもらわないと困る。


「分かった、イチロー、すぐに起こす」


 ネイシュはコクリと頷くと、吹き矢を取り出して、ミリーズの額目掛けてぷっトス!と吹き矢を撃ち出す。


「ん!」


 吹き矢を打ち込まれると、そのチクリとした痛みに反応して、ミリーズがピクリと動く。そして、ミリーズは眠りながら吹き矢の打ち込まれた額をポリポリと掻き出すが、その程度では額の異変は収まらないのか、ガバリと起き出して、盛大に額を掻きむしり始める。


「ちょっと! かゆい! 何これ! 額がかゆいのだけどっ!」


「ミリーズ、起きた?」


 そのミリーズにネイシュがぽつりと声を掛ける。


「え? …ネイシュ? え? ここはイチローの部屋?」


 ミリーズは辺りを見て状況を把握し始めると、ネイシュが手に吹き矢を持っている事に気が付く。


「ネイシュ! 貴方が痒みの吹き矢で私を起こしたの!? もっとマシな方法はなかったの!? 例えば、飲み薬にして口に含ませるとか…」


 自身の状況を理解したミリーズは、額の痒みに治療魔法を掛けながらネイシュに不平を漏らす。


「別に飲み薬にしても良かったけど… それだと、口の中がかゆくなる…」


「…吹き矢でいいわ…」


「分かった」


 口の中全部が痒くなることより額だけが痒くなることに納得したようだ…


 とりあえず、ミリーズが起きた所で、皆が着席して情報共有を始める事になる。



「それで、シャーロット、婆さんの事は分かったけど、その他の育成所での手ごたえはどうなんだ? 弟妹達の協力を得られそうな感じなのか?」


「いえ、協力も何も、カイラウルの現状すら把握していない様子ですわね… そこから教える事になりますし、それに…」



 シャーロットが言葉を言い難そうにし始める。



「どうした?」


「いえ…その…弟妹達は… 物事を判断するための知識や経験が乏しいので、今の状況では無理して情報を得る事よりも、自分の事を欲してくれる人物の所へ行くことが楽なのではないかと思っている節があって…私の言葉がどうにも届いていないようなのです…」


「あ~ そう言う事か… 自分たちが実際に見た事も体験もしてない事に警戒なんてできないわな」


 俺にもシャーロットの弟妹達の気持ちが分かるような気がする。現代日本で生きていた時に、海外勢力に対して準備や警戒が必要だと言われてもピンとこない連中が多かった。それと同じだろう。


「はい…そうです… そこで私が強く訴えたりしたら、私の方が扇動者のような悪者に見えてしまうかもしれませんし、現状、視察する以上の行為は陛下から許可が下りていませんので…」


 確かに、そこで強く訴えてもただの扇動者にしか見えないし、カスパルやプリニオから警戒されるぐらいで済めばいいけど、悪けりゃ謀反を企てたと言われかねんからな…


「育成所の件に関しては今すぐ、どうするかを決めるよりも俺が得た情報を踏まえてから、総合的にじっくり考えた方が良さそうだな…」


 すぐさま結論を出す事は出来ないので俺はそう発言する。そこへ台所からカズオがプレートに山盛りのパンを持ってくる。


「旦那ぁ、試食のパンを持ってきやしたぜ、お召し上がりいただいて、ご感想をお聞かせくだせい~」


 プレートの上には拳より小さいパンがいくつも載っており、その表面にはチーズやドライフルーツ、ナッツやベーコンが所々に飛び出して、ほかほかと美味そうな湯気を上げている。


「おぉ! 美味そうだな!」


「へい、固めに焼いて日持ちして、冷めても美味いように作りやしたが、やはりパンは焼きたてが一番でやす!」


 俺は一つ摘まんでパクリと食らいつく。するとほこほこの食感にベーコンの旨味を含んだ脂がじゅわりと滲みだしてくる。


「うほっ! 旨! やはりパンは焼きたてだな!」


 俺が感想を述べると皆も次々とパンに手を伸ばし始める。そんな中、シャーロットだけはパンを小皿に載せると、立ち上がってクローゼットの所へ駆け出し、その上にパンをお供えして拝み始める。



「どうか良くなる方向へ進みますように…」



 なんか日本にいた時の田舎のばあちゃんみたいだな…お土産を持っていったら、いの一番で仏壇に供えていたのとよく似てる…



「えっと、シャーロット、全部の種類が欲しいんだって」



 そんなシャーロットに霊の声が聞こえるカローラが霊の声を伝言する。


「えっ!? 全部ですの!?」


 シャーロットがカローラを振り返るが、そんなシャーロットにカズオが困った顔をしながら声を掛ける。


「えっと…試食の為につくっただけでやすので…そんなに数はねえんでやす…」


「霊の奴、ちょっと最近我儘を言うようになってきたな…我慢してもらえ… 後、そう言う事だから、クリスもそんなに食い意地をはるな…」


「でも、色々な種類を食べたいじゃないですか!」


 クリスが悲壮な顔をして声をあげると、アルファーとネイシュが自分の分を半分に割ってクリスに差し出す。


「クリスさん、私のはクルミです」


「クリス、私のはチーズ」


「アルファーさんにネイシュさん! ありがとうございます!」


 クリスは受け取ったパンをモリモリと食べ始める。


「ところで、イチロー様」


 そこへお供えが終わったシャーロットが戻ってきて俺に声を掛ける。


「ん?なんだ?」


「どうして急に大量のパンが必要になったのですか? お腹が空いている人物がいるとの事でしたが…まさか国の保護下にない被災民を見つけたのですか?」


「いやいや、被災民を見つけた訳ではない、が…ある意味国の保護下にない人物だな…」


「被災民ではなく、国の保護下にない人物とは?」


 俺は残りのパンを口の中に放り込むとゴクリと飲み込む。


「なんでも国の歴史を編纂する大史官長のヴェルテラー・フラーフ・ケニスライクって名前の爺さんだ」


「大史官長の…ヴェルテラー・フラーフ・ケニスライク… 聞いた事の無い御方ですね…」


 シャーロットは首を傾げながら答える。


「あぁ、当たり前だ、何しろシャーロットが生まれる前の30年前から隠れ潜んで、一人でカイラウルの正史を綴っているらしいからな、知らなくて当然だ」


「えっ!? 私の生まれる10年以上も前から、隠れ潜んで歴史を綴っていたのですか!? しかも大史官長という立派な肩書をお持ちの様ですが… どうしてその様な人がかくれひそんでいるのですか?」


 シャーロットは驚きに目を丸くして尋ねてくる。俺はレモネードをゴクリと飲み干して喉に詰まりかけていたパンを洗い流すと口を開く。


「じゃあ、これからその訳をはなしてやんよ、この爺さんの話も婆さんの話ぐらい結構壮絶だぞ」


 シャーロットはゴクリと唾を飲み込んで話を聞く準備を始めたのであった。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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