第668話 婆さんの告白

 婆さんの元後宮の女であったとの発言に、ただひたすら驚愕して息をする事も忘れるようなシャーロット。しかし、驚いてばかりではいられないという事で、婆さんに声を出して確認をし始める。


「婆や! それは本当ですの!? 私が育成所を出るまでそんな話、一言も話して下さらなかったではないですの!」


「本当でございます… シャーロット様… 私は元々カスパル陛下の後宮にいたのです…」


 婆さんは目を伏せて俯き、恥じ入る様に答える。


「婆や! いえ、ニナさん! 私のことをシャーロット様なんて呼ばないで! ニナさんがカスパル陛下の後宮にいたのなら、もしかすると私の母上かも知れないのでしょ!?」


 その言葉に婆さんはハッとシャーロットに向き直り、暫くシャーロットを見つめた後、静かに顔を伏せる。


「いえ…それはありません…」


「どうして!?」


 詰め寄るシャーロットに婆さんは項垂れたまま答える。


「私は… カスパル陛下との子を成してないからです…」


 そして、婆さんは膝の上で拳を握り締める。


「私に子供がいれば…そう思う事が何度かありました… そして、シャーロット様のお世話をしている時に、私に子供がいればこの様な感じだったのかと常々思いながらお世話して参りました…」


「ニナさん…」


 そう語る婆さんの握り締める拳の上に、シャーロットは優しく手を重ねる。シャーロットは自分の事を我が子のように思って接してくれた婆さんの想いに感極まるが、それと同時にいきなり明かされた様々な情報に困惑して、掛ける言葉が見つからないといった感じだった。


 確かにシャーロットが根掘り葉掘り聞き出すのはやり辛いだろう、なので、俺が婆さんに尋ねる。


「なぁ、婆さん、俺たちにも分かるように一から説明してもらえないか?」


 婆さんは顔を上げて俺を見ると、頷くように頭を下げて語り出す。


「私は…元々は地方領主の娘でございました… 幼い時から両親に蝶よ花よと甘やかされて育てられておりました。その様な状態ですから、何処かに嫁に行くような事はせず、領内で我儘に生活しておりました… そんな折、カイラウルで政変が起きました。先代の王アパシーブレ陛下が倒れられ、同時に次期国王と囁かれていたガストロノモ王子も忽然と姿を消され、他の貴族たちは自分の推す王子を次期国王につけようとして国は大いに乱れました…」


 この辺りの話は図書館のヴェルテラー爺さんが話していた通りだな…


「そして、その次期国王争いを今のカスパル陛下が勝ち抜かれたのですが、私の家はカスパル陛下を推していなかったので、家の存続が危ぶまれました… そして、当時のカスパル陛下を推していなかった貴族たちは、陛下に娘を差し出す事で家のお取り潰しを免れました… その話を聞いた私の家もどうするか悩みましたが、当時の私は陛下の後宮に入れば、家にいた時と同じように勝手気ままな生活が出来ると考えて、両親に後宮入りをすることを告げたのです…」


 少々楽観的ではあるが、そうするしかないわな…


「しかし、いざ後宮入りしてみると、いくら両親に可愛い美しいと言われていても、それは血の繋がった家族だからの話で、他の貴族と混じれば、私はただ平凡な一人の娘でしかなかったのです… しかも、面倒ごとを嫌って嫁がなかった私は、女としての旬を過ぎかけており、他の若い娘と比べるまでも有りませんでした…」


 いつの時代、どこの場所でもこんな話はあるな… 親から見た子供は確かに唯一特別な存在だが、赤の他人からみれば、有象無象の一人でしか過ぎない… 学校生活や社会人になって落ち込む人間って、こんなタイプが多いよな…

 でも、それを責めるのは些か気の毒だ。共同生活の中で自分は世界で一人の特別な存在では無いと自分自身で察する事もできるが、親の歪んだ愛情でそんな人格形成をされてきたんだから、自分自身を見直すのは難しい…


「そんな中、私にできる事と言えば、親にしていたように媚びて甘える事だけ… それも最初のうちはカスパル陛下も相手をして下さりましたが、他の娘も同じように媚びて甘える事を覚え始めると、特段優れた美しさや、張りのある若さのない私からカスパル陛下の足は遠のいていきました… それでも何年間かは後宮に居続けさせてもらう事が出来ました…」


 そこまで話して婆さんは再び膝の上の手を握り締める。


「しかし、増え続ける後宮の娘たちに、徐々に後宮が手狭になってまいりました… 私は後宮を増築するであろうと軽く考えておりましたが、ある日突然に宦官がやってきて、私に後宮から出ていくように告げたのです…」


「イチロー様…宦官ってなにですか?」


 いつの間にかとなりに座っていたカローラが小声で聞いてくる。


「あぁ、後宮やハーレムに仕える男性で、股間の竿や玉、もしくはその両方をちょん切った奴の事だ」


「えっ!? 人間ってそんな事をするんですか!? あ…デミオもそれをすれば妹に…いや、私たちヴァンパイアはまた生えてくるか…」


 カローラはなにやら恐ろしい事を独り言のように呟いているが、聞かなかった事として聞き流そう… デミオ…強く生きろよ…


 俺が前に向き直ると婆さんは話を続ける。


「私は驚きました… 愚かにも私は後宮での日々がずっと続くものだと考えていたのです… 更に私は愚かにも後宮を追い出されても両親のいる実家に戻れば、今までと同じような生活ができると考えておりましたが… 現実は残酷でした… 両親は私が後宮で不遇な扱いをされないように毎年多額のお金を納めていたのです… しかし、政変によって領地経営が立ち行かなくなり、お金を納める事が出来ず家がお取り潰しになっていたのです…」


 婆さんはわなわなと肩を震わせ、その瞳からぽつりぽつりと大粒の涙を膝の上に零す。


「カスパル陛下のお気に入りではなかった私が後宮内で好き勝手気ままに出来たのは、全て両親からの仕送りがあった為なのです… そんな事を露知らずに私は我儘三昧の生活を過ごし、家を潰してしまったのです… その真実を宦官から聞かされた私は途方にくれました… 後宮での居場所を失い、帰るべき実家も頼るべき両親も失いました… そして、私自身、誰かに媚びて甘える事しか出来ませんでした… その媚びて甘える事も美しさや若さがあってこそ… その時になって私は一人では生きる事の出来ないどうしようもないクズの人間だとようやく初めて知ったのです…」


 婆さんは過去を悔いるように、顔を両手で覆い、嗚咽を上げ始めた。


 この話を聞いた俺はシャーロットと同様に掛ける言葉が見当たらなかった…





連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

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