第667話 暴走再び
俺はリビングの光景に目をパチパチと瞬きさせる。
「え…何がどうなって、こういう状況になってんの?」
俺が再び声を漏らすと、老婆の側についていたシャーロットとミリーズの看病をしていたネイシュが俺の存在に気がつく。
「あっ、イチロー様…」
「イチロー」
「今日は育成所に行くって話だったけど…なんか問題でも起きたのか?」
俺はリビングに進みながら二人に尋ねる。
「色々と有ったのですけど…何から話していいやら…」
シャーロットが困ったような顔をして伏目勝ちになる。
「ミリーズの事については短く説明できる…」
ネイシュは普通の仕草で答える。
「じゃあ、ネイシュ、ミリーズの方から説明してもらえるか?」
「うん、まず初めに育成所の男子寮の方に行ったんだけど…」
その言葉だけで俺はピンと来る。
「あぁ、分かった、男子寮の方はミリーズ好みの男の子だらけで、そこでミリーズが興奮しすぎて卒倒したんだろ?」
「うん、ほぼ正解、ちゃんとした正解はミリーズが暴走する前に私が薬を打ち込んで眠らせた」
ネイシュはそう言って吹き矢のポーズをとる。
「あぁ、興奮して暴走する前にネイシュが止めてくれたのか、ありがとな、ネイシュ」
「うん、どういたしまして」
メイド服姿のネイシュはニッコリと微笑む。
「いや、それはどうなんじゃ? まるで凶暴な猛獣の様な扱いじゃのぅ…」
続いてリビングにやってきたシュリがそんな感想を漏らす。
「でも、可愛い美少年を前にしたミリーズは似たようなものだぞ? そのままにしておけば少年たちにBLの素晴らしさを説き始める筈だ…」
「うん、イチローの言う通り、ミリーズが突然、『ちょっとそこの二人、お互いにハグしてみて』とか言い始めたから、私がすぐに眠らせた」
ネイシュも追従して説明する。
「そうじゃったか…それは猛獣のように被害者が出る前に即座に眠らせんといかんのぅ… しかし、あるじ様のアレがプリンクリンに奪われて再生を頼むために初めてミリーズ殿と出会った時は、もっと真面目な人物のように見えたんじゃがな… どうしてこのような事になってしまったんじゃ…」
そう言って、残念そうな目で横たわるミリーズを見る。そういえば、シュリはあの時初めてミリーズにあったんだよな…
「あぁ、それは聖剣と行動を共にするようになってからだな… 二人でBL工房なんてものも作り始めたみたいだし… 最初にビアン・ロレンスのBL工房があったけど、二人にまくし立てられて名前を奪われたって二人がぼやいていたぞ… やっぱ誰と付き合うとかの友達関係は重要だよな…」
まぁ、ビアンとロレンスは気の毒なような気がするが、名前が売れるようになったら、誤解する貴腐人のような人間が出てくるから、早めに名称変更はしておいた方が良かったとおもうがな…
そんな感想を漏らしながら、今度は老婆と一緒にいるシャーロットに向き直る。
「さて、次はシャーロットにその老婆の事を尋ねようと思うのだが…時間が掛かりそうだよな…」
「えぇ…まぁ…」
シャーロットは何故俺が時間を気にするのかを疑問に思いながら答える。
「カズオ~!」
俺は台所にいるカズオに声を掛ける。
「へい! 旦那ぁ~ お帰りでやすか?」
するとカズオがエプロンで手を拭いながらやってくる。
「カズオ、鯨肉の下処理の方はどうだ?」
「へい、ここで食べる分の下処理は終わりやしたね」
「なら、仕事を頼んでばかりですまんが… よいしょっと、こいつでパンを焼いてもらえないか?」
俺は収納魔法の中から小麦袋を取り出してカズオに渡す。
「え? パンでやすか? この量を?」
カズオは目を丸くしながら小麦袋を受け取る。
「あぁ、ちょっと腹を空かせている人物に渡したくてな」
「いや、イチロー殿、私でもそんなにパンばかり食べられませんよ」
何故かクリスが答える。
「いや、クリス…お前の事を言っているんじゃねえよ! 城で会った人物の事だ! まぁ、クリスのことはほっといて、カズオ、日持ちがするように少し硬めに焼いといてくれないか?」
「へい、分かりやした… なら、旦那ぁ、小麦粉の他にもバターと塩・砂糖も出してもらえやせんかね?」
「あぁ、そうだったな、ほい、バターと塩・砂糖だ。後、ナッツと干し肉、チーズにドライフルーツも渡しておくから、色々なパンを作ってくれるか?」
カズオの抱える小麦袋の上に次々と食材を載せていく。
「へ、へい…分かりやした… 後、いくつかこちらで試食する分も作ってもいいでやすかね?」
「構わんが、どうしてだ?」
「いや…あちらのクリス嬢が…」
そう言ってカズオが視線を促すと、待てをさせられた躾の悪い犬のように涎を垂らすクリスの姿があった。
「…分かった、クリスに食わせる分も作ってやってくれ…」
爺さんの食料問題をカズオにお願いすると、俺はシャーロットと老婆に目を向ける。
「さて…」
なんだか込み入ってそうな老婆の話を聞くために腰を下ろそうとするが、シャーロット達の前の席にはミリーズが横たわっているので、俺はシャーロット達から斜向かいの席に腰を下ろす。
「シャーロット、育成所で何があったのか、どうしてその婆さんを連れて来ているのか説明してもらえるか?」
婆さんが少し憔悴しているように見えたので、少し穏やかな口調で尋ねる。
「えぇ、分かりましたわ、イチロー様… まず初めにミリーズ様のご希望があって男子寮の方に参りましたのですけど…」
そう言ってシャーロットは目の前で悦に浸りながら眠るミリーズを見る。
「あぁ、ミリーズが美少年たちを見て暴走したんだろ?」
「えぇ、私に似て…いや父の皇帝カスパル陛下の特徴を受け継いだ金髪碧眼の弟たちを見て、『天使たちよ!楽園はここにあったのよ!』とか目の色を変えて叫ばれまして…」
俺は至ってノーマルな男だから失念していたが、娘たちだけではなく、男の息子たちもミリーズのような美少年好きの好事家に皇室印の性奴隷として販売していたんだろうな…
「それでネイシュが眠らせて黙らせたわけだな?」
「はい、突然パタリと倒れられまして、クリスさんがミリーズさんを部屋に連れて帰られまして、その後、弟たちと話をしていたのです」
「どんな話を?」
俺はホノカが入れてくれたお茶に手を伸ばす。
「私も男子寮に足を踏み入れるのは初めてですから、どの様な生活をしていたのかを尋ねてみたのですが、話を聞く限り私と同様に、基本的な躾と立ち振る舞い程度、周りの状況に従順に従うような教育だけで、一般的に皇族として学んでおくべき教育は受けていなかったようです」
なるほど…やはり男も皇帝印の性奴隷として売り飛ばすつもりで、必要な事以外は教えてなかったんだな… しかし、それはどうなんだろ? 男系継承が普通のこの異世界で、跡継ぎ教育をしてないなんて普通は考えられない… もしかして、カスパルが帝位簒奪を恐れて子供たちに教育しなかったのか? それともアルフォンソが帝位が変わっても扱いやすいようにしていたのか? どっちか分からん…
「そして、その後、私のいた女子寮にも行ったのですが、私がいた時や男子寮と同じで、一般的な教育を何もなされていない状態でした… 昔の私はそのことになんら疑問をかんじていませんでしたが、今の私は学問の重要性を身に沁みて理解していたので、皆の前で学問の重要性を説き始めたのです… すると、育成所にいた時に私の面倒を見てくれていた婆やが突然嗚咽を挙げて泣き始めて… そのままにしておくことが出来ず、こうして連れ帰ったのです…」
そう言って、シャーロットは肩に手を当てて寄り添う婆さんを見る。
「それで泣き始めた理由は聞けたのか?」
「いえ、まだ…」
シャーロットは首を横に振る。俺は婆さんに向き直って、一応キラキライケメン爽やかフェイスで話しかける。
「なぁ、婆さん…なんで泣き始めたのか…理由を教えてもらってもいいか?」
すると、最初の状態は分からないが、かなり落ち着いたと見える婆さんは徐に顔を上げ、今まで胸に秘めていた思いを漏らす様にゆっくりと話し始める。
「実は…私は市井の者ではなく… カスパル陛下の後宮にいた女なのでございます…」
その言葉に婆さんと一番長い付き合いがあったシャーロットが驚愕したのであった。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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