第665話 カイラウルの真実

 爺さんのこの小汚い部屋には洒落た…いや文明人として当然の食器など無いので、爺さんは今、フライパンを食器代わりにして俺の作った鯨肉ステーキを食っている。




「おぬし、料理が上手いな! わしが若い時に食っていた時でもこんな美味い鯨肉ステーキは食った事がなかったぞ!」



「爺さんが若い頃は鯨肉を食べる習慣があったんだな、俺が鯨肉を買い付けた時は仲買人の爺さんが皆の舌が肥えて売れないって言ってたぞ」



「あぁ、わしの若い時にはまだ畜産が盛んではなかったからな、肉を食べたければ鯨油をとるついでに安く出回っていた鯨肉を買ったものじゃ、新人史官だったころは給料が低くてのぅ、それでも本を買うもんでよく金に困っていたもんじゃ」



 皆、若い時は馬鹿なことをするもんだな…俺も食事代削って新作ゲームとかPCパーツとか買ってたからな…



「しかし、そこの娘…」



「わらわの事か?」



 シュリはキョトンとして自身の事を指差す。



「口から火を噴いて、そこの若いのからシュリと呼ばれておったが… もしかして国境の森の近くを縄張りにしておったシュリ-ナル・エル・リブーラというシルバードラゴンか?」



「えっ? 爺さん、シュリの事知ってんの!?」



「あぁ、わしが先代の王に仕えている時に、今はもう存在していない隣国からこのカイラウルにシュリーナルの共同討伐を持ちかける話があったからのぅ」



「そうなのか? シュリ?」



 俺はシュリに振り返って尋ねる。



「あぁ、わらわが二人目の生贄はいらぬと答えたら、恐らくわらわに手綱をつける事が出来んと考えた連中がわらわを討伐しに来た事があったな。ちょっと火を吹いてやっただけで蜘蛛の子を散らすようになっておったがな」



「じゃあ、カイラウルの軍にも被害が出たの?」



 俺は爺さんに向き直って尋ねる。



「いや、シュリーナルは縄張りに足を踏み込まねば襲ってこないので、先代は共同討伐を断った。わざわざ虎の尾を…いやこの場合は竜の逆鱗に触れに行く馬鹿な事をしなかったのじゃ。だが隣国サルデーニ王国は単独でシュリーナルに臨み手痛い被害を受け、その後のローラス地域から始まった魔族の勃興に対処できなくなって飲まれて滅んだのじゃ」



 流石、大史官長を名乗るだけあって俺の知らなかった色々な事を知ってるな。



「あぁ、食った食った、久々に腹がいっぱいになったわ!」



 爺さんは鯨肉ステーキを平らげると満足そうに腹をポンと叩く。



「久々に腹いっぱいって…爺さん、今までどんな食生活してたんだよ?」



「ここに隠れ潜むようになってからは、城のあちこちに忍び込んで食料を盗んでおったのじゃが、ここ最近は噂の災害が起きた事で盗める食料が少なくなってのぅ…」



「それそれ! なんで爺さんが隠れ潜むようになったのか、本の話とか聞かせてくれよ!」



 俺はシュリの話で脱線していたが本題を思い出して爺さんに尋ねる。



「あぁ、そう言えばその話を聞きたがっておったのじゃな…では話してやろう… 時は遡る事、先代王アパシーブレ様の時じゃ、温和で気さくでよい王であられたが、少々お身体が弱いお方でのぅ… 次期王の選定の宣言をなされる前に病で倒れられてしまったのじゃ…」



 爺さんはその先代王アパシーブレに思い入れがあったのか、懐かしそうで寂しそうな顔をして語る。



「それで、跡目争いが始まって、カスパルが跡目争いに勝ったってわけか?」



「結論を急ぐな! 黙って聞いておれ!」



 口出しした俺を爺さんは一喝する。



「まぁ、結果的には跡目争いが始まったのじゃがな… カイラウル王家は本来先代王が次期国王を選定して継承の儀を執り行って王位を継承していくのじゃが、王に娘を妃として差し出していた貴族たちが外戚の権力を手に入れる為に、自身の血縁の王子を後押しして跡目争いを始めたのじゃ」



「良くある話だな…」



「そうじゃ…本来なら一番の次期国王有力候補のガストロノモ王子が王につくはずじゃったが、アパシーブレ王が倒れられたのと同時に姿を消してしまわれたのじゃ…」



「なるほど、一番の有力候補が消えたせいで跡目争いが苛烈になっていったんだな。そしてその跡目争いを勝ち抜いて、アルフォンソが推すカスパルが王位についたってことでいいのか?」



 俺は一度怒られたので遠慮がちに尋ねる。



「いや、カスパルは王位にはついておらん…詐称じゃ」



 爺さんは真顔で答える。



「えっ? でもカスパルが跡目争いに勝ち残ったんだろ? もしかして何処かでその消えた有力候補のガストロノモ王子が生きていているって事か?」



「あれから30年じゃ…残念じゃがガストロノモ王子は既に死んで生きておられんじゃろ…それでもカスパルは他に王位継承権を持つものがおらんかっただけで、正式な王ではない…」



「一体どういう事なんだよ?」



 もしかして爺さんがカスパルを嫌っていて、正式な王として認めてないだけか?



「わしが歴代の大史官長から大史官長の印章を引き継ぐように、カイラウル王家は代々受け継がれる玉璽と言うものがある、カスパルはその玉璽を有しておらんのじゃ、だから奴は王を詐称するものであって正式な王ではない」



 爺さんは先程見せてくれた印章を再び見せながら語る。



「なるほど、それで爺さんはカスパルを王として認めてないのか」



「そうじゃ、それで正式な王でないカスパルに自身を正式な王としての歴史を綴れと言われたが、わしはその命令を拒否して大史官長の印章を持って、偶然見つけていた城の秘密の抜け道に隠れ潜んで、人知れずカイラウルの正式な歴史を綴っておったのじゃ」



 そう言って爺さんは狭い部屋の中にある本棚の本や机の上にある書きかけの紙を見渡す。



「ん?…ちょっと待って、カスパルが今の地位についたのは30年前だろ? という事は爺さんは30年もこんな生活をつづけていたのか!?」



「あぁ、そうじゃ、カイラウル王家から禄を得て、大史官長というわしにとって過分な地位を頂いたのじゃ、その恩義に報いる為にカイラウルの正式な歴史を綴るのがわしの使命じゃ! だから、他所へ逃げずにここに隠れ潜み、あちこちの隠し通路の中でカイラウルの現状を盗み聞きして、そこらで紙とインクも盗んでカイラウル正史を書いておったのじゃ」



 爺さんはその30年にも及ぶ壮絶な人生を自慢するように胸を張る。



「あーそのついでに城のあちこちから食料も盗んでいたのか…でも最近食料不足で盗まれるわけには行かなくなった城の者が、食料に毒を仕込んだわけだな? それを爺さんが食って図書館でのたうち回ったと…」



「ん…あ…ふむ…ま、まぁ…そんなところじゃな…」



 爺さんでも盗み食いをして死にかけた事が恥ずかしいのか、言葉を濁して誤魔化す。



「しかし、思わぬところで良い情報を手に入れる事が出来たよ爺さん! ありがとな! 後でちゃんとした食料をもってきてやんよ!」



 俺は爺さんの両肩にパンと手を載せる。



「おぉ! そうか! それは助かる! 今回の一件で食べ物を盗みにくくなったからのぅ!」



 先程までバツが悪そうな顔をしていた爺さんは嬉しそうに顔を綻ばせる。



「あぁ、後着替えもしてなさそうだから新しい服も持ってきてやんよ、その代わりに協力してほしい事があるんだ… 実はカイラウルが非常にヤバイ状況になっているんだ…」



 俺は爺さんの両肩に載せる手の力を少し強めて爺さんの顔を真顔で覗き込む。



「…なんじゃ…言ってみぃ…」



 爺さんも俺の表情を読んで真顔で答えた。



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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