第664話 大史官長
爺さんは盛大に名乗りを挙げた後、自慢気にフンっ!と鼻を鳴らす。その様子をポカンと口を開けて見ていた俺たちだが、徐に口を開いて尋ねる。
「その史官ってのは、なんの役職?」
「ただの史官ではない! 頭に大がついてケツには長が付く大史官長じゃ! しかし、最近の若い奴は史官を知らんとは… 仕方がない、教えてやろう! 史官とは国の歴史や記録を編纂して後世に真実の歴史を残す国の重要な役職じゃ!」
爺さんは腕組みしながら再び自慢げに話す。
「じゃあ、図書館にあったカイラウルの歴史書も爺さんが編纂したのか?」
「そうじゃ、わしの功績じゃ!」
なるほど、中国で言う所の『史記』を記した司馬遷みたいなものか…
「それなら、ちょっと皇帝カスパル…陛下の事を教えてもらいたいだけどな…」
歴史の編纂者がいるなら、より詳細な情報が得られると思って尋ねてみる。しかし、爺さんはカスパルの名前を聞いた途端、見る見るうちに機嫌が悪くなっていく。
「ハッ!! カスパルじゃと!? あの顔だけの無能が皇帝など烏滸がましいわっ!! 自分が王位を詐称したとたんに、図に乗りよって!!」
爺さんは吐き捨てるようにカスパルへの馬事雑言を放つ。今までカスパルの太鼓持ちみたいな連中しかいない中、国の重要な役職に就きながらカスパルへの悪態をつく人間をみるのは初めてである。
「おいおい、爺さん、仮にも国から、その…史官長の…」
「頭に大をつけろ! 大を!」
話の途中で口を挟んでくる…厄介な爺さんだな…
「あぁ…大史官長の役職を貰っているんだろ? それに図書館の歴史書の中ではカスパルの事を褒めちぎっていたじゃないか? どうしてカスパルに対してそんな悪態をつくんだ?」
俺がそう言い終わるや否や、爺さんはドラゴンの逆鱗に触れたように怒り出す。
「カスパル褒めちぎるカイラウル史をわしが書いたじゃと!? ふざけるなぁっ!!! あんな低俗で低能なものをわしが書く訳ないじゃろうがっ! あんなものならまだ官能小説の方がマシじゃ!!」
「いや、だってさっき自分で書いたって言っていたじゃないか! 後、官能小説はそんな悪くないぞ…読み手の想像力が豊かであればエロ本よりそそるぞ」
すると爺さんの激しい態度が緩和される。
「ん?おぬし、なかなか分かっておるではないか、完成度の高い官能小説は読んでおるだけで、手触りや匂い、粘膜の擦り合う音までまるで自分がその場で体験しているかのように伝わってくる…」
「そうそう! 実際ではなしえないシチュエーションの中で追体験が出来る所がいいんだよなっ!!」
「おぉ! おぬし若いのに官能小説道をなかなか極めておるではないか! おぬしに今度わしのお勧めの官能小説を読ませてやろう!」
「コホン…」
俺と爺さんが官能小説で盛り上がり始めた所に、今まで黙って話を聞いていたシュリがわざとらしく大きな咳ばらいをする。
「あ」
「…その…少々脇道に逸れたようじゃな…」
「逸れ過ぎじゃ、どこまで逸れるのかと思ったぞ」
「…コホン」
少しおこなシュリの顔に爺さんは咳払いをして話を仕切り直す。
「兎に角じゃ、確かに先代からカスパル以前までの歴史書はわしが責任を持って編纂したが、それ以降のものにはわしは関わっておらん! あんなもの歴史書と呼ぶこと自体が烏滸がましいわ! それに捺印もされておらんかったじゃろ!」
「あっ、本の小口側に記されていた印鑑とサインの事か、あれ爺さんのだったんだな」
カスパル以前の歴史書に施されていた捺印を思い出す。
「なんじゃ、ちゃんと知っておるではないか! サインは兎も角、あの押印は歴代の大史官長だけに受け継がれる印章によって押されたもので、わしがこうして持って居る限り、押印されない本はただの偽物じゃ!」
そう言って爺さんは紐で首からぶら下げた印章を取り出し、ニヤリと悪戯っぽく笑う。
「じゃあ、本物のカイラウルの歴史書って言うのは…」
俺は改めて部屋の中を見渡す。部屋の壁の一面には本棚が敷き詰められ、そこには重厚な本が収められている。
「そうじゃ、この部屋にある本こそ本物のカイラウル史じゃ!」
爺さんは自慢気にニヤリと笑う。部屋の本を見回していた俺は、そんな爺さんに向き直り改めて尋ねる。
「爺さん、改めて聞くが、大史官長の肩書を持つ爺さんがなんでこんなネズミの巣みたいな所で過ごしているんだ? 後、なんで図書館に置いてあるカイラウルの歴史書が偽物でここに本物が置いてあるんだ? ついで、爺さんはなんで本棚から出てきて毒をうけていたんだよ」
ざっと思いつく限りの疑問を吐き出してみる。
「それには海よりも深い訳と、カイラウル史のように長くて、激闘の日々があるんじゃが…」
爺さんがそこまで言いかける。
ぎゅるぅぅぅぅぅぅぅ~
すると爺さんの腹からまるでクリスの様なデカい腹の虫の鳴き声が響き始める。
「くっ… 先程食ったものは吐いてしまったからのぅ… 腹が減って仕方が無いわ…」
爺さんは腹の虫を鎮めるように両手で腹を押さえた後、徐に顔を挙げて俺を見る。
「若いの! おぬし先程手品のように薬を出したが、何か食い物も出せんか? このままでは腹が減り過ぎて、理由を話している途中に餓死してしまうわ」
爺さんはえらく調子の良い事をいってくる。
「うーん…見た所爺さんは城の奴らに見つかると都合が悪そうだから、爺さんの事を城の者に黙っている代わりに、今からする事を誰にも言うなよ?」
俺は爺さんに念を押すと、先程の指先で収納魔法を使うのとは異なり、腕を使って収納魔法を使って、その中に手を突っ込む。
「ほぅ! それは時空魔法の一種じゃな? わしがここに隠れ潜んでいる間にその様な魔法が開発されておるとは!?」
爺さんは目を丸くして収納魔法を使っている所を覗いてくる。
「これは秘匿している魔法で、一般化はしてねえよ… ん…やっぱこれしかないよな…」
俺はそう言いながら、収納魔法の中から鯨肉を取り出す。
「おぉ! それは鯨肉では無いか! 懐かしいのぅ! 最近はまったく見かけんかったわ!」
爺さんは喜色を現して喜ぶ。
「ん? 爺さんは鯨肉をイケル口なのか…で、この部屋って何か調理道具はあるのか?」
俺は子供部屋かネズミの巣みたいな部屋を見渡す。
「いや、有る訳なかろう、紙が多いのに火事を起こすわ」
「やはりか…かと言って、こんな汚い部屋で生で食わせる訳にもいかないしな… ちょっと、シュリ、この肉を持っててくれないか?」
鯨肉をシュリに手渡すと収納魔法の中からフライパンを取り出す。
「おぬし、なんでも持っておるのぅ…」
「元は冒険者だからな」
俺はフライパンをまな板替わりに鯨肉を切り分ける。
「シュリ、水菜の種を持っていただろ? なら生姜も持ってないか?」
「あるぞ、良く分かったなあるじ様、それでディートのプレートコンロを使って肉を焼くのか?」
シュリが生姜を手渡しながら聞いてくる。
「いや、プレートコンロは今カズオが鯨肉の下処理に使ってるからない…」
「ではどうやって焼くんじゃ?」
俺はじっとシュリを見つめる。
「は? もしかして、いつぞやのようにわらわにコンロ替わりになれというのか?」
「俺もまさかすぐにプレートコンロを使うとは思ってなかったから、頼むよ…」
「仕方が無いのぅ… 後でちゃんとした場所でわらわにもその料理を作ってくれるならよかろう」
今すぐ自分の分もと言い出さない所を見ると、シュリもこの汚い部屋で食事はしたく無い様だ。
そんな訳で、生姜と醤油もどきとみりんで下味をつけた鯨肉をフライパンに載せてシュリに差し出す。
「じゃあ、シュリ、頼めるか? 火事にならないように気を付けて、あと焼き過ぎないように強火の遠火で」
「難しい注文をつけるのぅ… 最低限、火事にならぬように気を付けるか…」
そう言ってシュリはフライパンの上の鯨肉に炎を吹きかける。
「なんと!? その娘、火が吹けるのか!?」
爺さんが目を丸くして驚く。
そんな爺さんを横目に俺はシュリの炎で料理を続けるのであった。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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