第663話 ネズミ気分

 出てくる瞬間を見た訳ではないが、状況から察するに本棚の奥から本を押しのけて、人が出てきたように見える。その本棚から現れた人物は本棚から出て来れるぐらいに小柄に見えた。


「え? 子供か?」


「あるじ様! 子供かどうかは分からぬが、何やらもがき苦しんでいる様に見えるぞ!」


 シュリの言うように本棚から出てきた人物は小柄で、だぶだぶの小汚い灰色のローブを着ており、ぼさぼさの白い長髪で何やら胸を押さえて苦しんでいる様に見えた。


「これはヤバそうだな! 介抱するぞ!」


 俺は本を戻すと脚立の上から飛び降りて、シュリと二人してもがき苦しむ人物の元へと駆け寄る。


「大丈夫か!?」


「どうしたのじゃ!?」


 苦しむ人物に駆け寄ってその顔を見ると髪と同様のボサボサな白い髭が生えており、その人物は子供ではなく、白髪の小柄な老人である事が分かった。


「く…くるしぃ… 毒を盛られた…」


 老人は引き搾るようなか細い声を漏らす。


「これ…ドクゼリの症状が!?」


「どうして分かるのじゃ?あるじ様よ!」


「ネイシュが使っていたのを見たことがある! 爺さん! 待ってろ! 症状を緩和してやんから!」


 俺は爺さんの背中に手を当てるとミリーズから教わった毒の緩和魔法をかける。すると苦しんでいた爺さんの呼吸が楽になっていき、顔色も良くなってくる。


「こ…これは!?」


 毒の症状が緩和されていく事に爺さんは目を丸くする。


「魔法で症状を緩和したんだよ」


 俺が声を掛けると爺さんは更に目を丸くして俺を見る。


「お主は誰じゃ!? カイラウル訛りがない所を見ると、城の者ではないな!?」


 爺さんは警戒心を残しながら身体を起こす。


「俺は元は冒険者だけど今はイアピースの人間で、アシヤ・イチローだ。爺さんこそ何者なんだ?」


「わしは…」


 爺さんは名乗ろうと口を開くが、次の瞬間、ピクピクと耳を動かす。


「ん!? マズイ! 奴らが戻ってきたか!?」


 爺さんはそう言うと、爺さんが出てきた本棚の奥の扉を閉めて慌てて散らばった本をしまい始める。俺はそんな爺さんに声をかける。


「爺さん! まだ急に身体を動かすのは良くないぞ! 一時的に症状を緩和しただけで、身体に入った毒はまだ中和できてないんだぞ!」


 すると爺さんはまた目を丸くして振り返る。


「それは本当か!? ムムム… 仕方が無い… おぬし等! わしについて来い!」


 散らばった本を直した爺さんは壁際にあるネカフェの個室のようなキャレルへと向かい、その机の下に潜って幕板をパカッと上に開いと、そこに隠されていた秘密の抜け穴が出てくる。


「まるで、忍者屋敷だな…」


「早く来い! 奴が戻って来るぞ!」


 爺さんはその抜け穴の入口でこちらに手招きする。


「どうするんじゃ、あるじ様…」


「どうするもこうするも、ちゃんと治療してやらんとあの爺さん、死にかねんからな… 付いて行くしかあるまい…」


 俺たちは抜け穴のあるキャレルに向かうと、爺さんの後に続いて抜け穴に潜り込む。


「一番後ろのおなご! 扉はカチリと音が鳴るまで締めろ!」


「分かった」


 一番後ろのシュリは爺さんに言われた通り、幕板に偽装された抜け穴との扉をカチリと音が鳴るまで締める。


「よし! では、わしに付いて来い!」


 爺さんはそう言うと映画に出てくる天井裏の通気路のような狭い隠し通路を這い始める。俺やシュリも仕方なくその爺さんの後に続いて狭い通路を這い始める。


「クソ…今日はつくづくケツに縁がある日だな… しかし、その最後が爺さんのケツだとは…」


「シッ! 奴らに気づかれるであろう! 黙っておれ!」


 爺さんが小声で叱ってくる。叱られた俺は黙って爺さんの後を付いて行く。その後、爺さんはまるで迷路のような狭い通路を右や左に曲がって進み続け、ネズミにでもなったような気分に辟易していると、扉があってそこを潜るとようやく広い場所に出る。

 しかし広い場所といってもそれは今まで這って来た隠し通路と比べての事であって、部屋としては天井が低い。俺では満足に立つことが出来ず、腰をかがめなくてはならない。


 しかし、部屋の中を見渡してみると、机や椅子、無造作に束ねられた紙の束、小さな子供用のベッド、そして壁面全体が本棚となっており無数の本が収められている。

 ということは、爺さんはこの部屋で生活している様だ。ちょっと『お前んちの天井、低くね?』と言いたくなる。


「ん!」


 そんな爺さんの部屋を見渡す俺に、爺さんは肩越しに振り向きながら背中を見せてくる。


「え? なに?」


「何って、毒の治療をしてくれるんじゃろ? さっさとしてくれ!」


「あぁ、さっきみたいに魔法で治療すると思っていたのか、治療は魔法じゃなくて薬でするんだ」


 俺はそう言って人差し指と親指で収納魔法の入口を作って手品みたいに薬を取り出す。


「なんだ! 薬じゃったのか! それならそうと、さっさと渡しておったら、住処まで案内しなかったものを…」


 爺さんは俺の手から薬を奪うようにとるとそのまま口の中に放り込む。


「うぐっ! なんじゃこれは!! なんちゅー不味さじゃっ! もしかして毒でも渡したのではないか!?」


 爺さんは戻しそうになる口元を押さえながら俺を睨む。


「あぁ、それは嘔吐薬だ、先ずは口に入れた毒を外に出さんといかんからな、毒の中和薬はその後だ」


 俺は別の薬を取り出して見せる。


「くっ!!」


 爺さんは俺たちが入ってきたのとは別の扉に駆け込み、中から盛大に『オロロロロォォ』と嘔吐する音が響いてくる。


「爺さんち、扉薄くね…」


「丸聞こえじゃな…」


 部屋に残された俺とシュリはなんとも言えない気持ちでそんな言葉を漏らす。


「ふぅ~ 酷い目に有ったわい… ん!」


 爺さんはローブの袖で口元を拭いながら出てきて、俺の姿を見るなりまた再び手を伸ばしてくる。


「あぁ、薬を渡せばいいんだな、今度のが本当に毒の中和薬だから」


 俺が爺さんの掌に薬を置いてやると、爺さんはそのままポイっと口の中に放り込んで、今度は噛まずに飲み込む。


「最初は魔法を使って症状を緩和したのに、なんで治療は薬なんじゃ…」


 爺さんは水瓶からコップに水をすくって飲み干す。


「あぁ、毒の治療の魔法は結構難しいんだよ、毒ごとに魔法が違うしな、間違った魔法を掛けたら効果もないし、だから毒の中和する薬をいくつか持っているんだよ」


 毒の治療の魔法を20も30も覚えていられない。


「で…いったい爺さんは何者で、ここはどこなんだよ? それに何があったんだよ?」


 今まで成り行きで爺さんを助けてここまでついてきたが、抱いていた疑問を全て吐き出す。


「ふむ…お主はカイラウルの者でもないし、命を救って貰った恩義もある。だから名乗っても良いじゃろう…」


 爺さんは独り言の様に呟いた後、俺に胸を張る。


「わしはカイラウル王国、大史官長のヴェルテラー・フラーフ・ケニスライクじゃ!」


 爺さんは自慢気に声を上げた。



 

連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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