第660話 図書館

 俺は朝食を終えたシュリを伴ってカイラウル城内にある図書館へと向かう事にする。カズオは正式な記録を読む事には向いていないので、部屋で鯨肉の下処理を行ってもらうことにした。

 図書館の場所の分からない俺は、カイラウル城のメイドを呼び出し、図書館の入館許可を貰う手続きと図書館までの案内を頼み込んだ。すると予想外にすんなりと図書館の入館許可が貰えて案内してもらえることになった。どうやら、救国の皇女シャーロットの客人という立場がかなり効いている様だ。


 そして、メイドが先導して図書館まで案内してくれるのだが、その後ろ姿のケツを見ていると、カローラ城にいる時みたいにケツを掴みたくなってくる。すると俺の横を歩いていたシュリがいきなり手を繋いでくる。


「なんだよ、シュリ、急に手を繋いできて…」


「いや、あるじ様の視線が目の前を歩くおなごの一点に集中しておったのでな、手が悪させぬように掴んでおいた方が良いと思ったのじゃ」


 くっそ…シュリの奴、俺とブラックタイガーとの傷心の事は分からないのに、こういう事は良くわかるんだよな… しかし、甘いぞシュリ…手は一本だけではなく、二本ある事を忘れていないか?


 そう思った瞬間、シュリが手を繋ぎ直し、俺の後ろに回って、両手を機関車ごっこの様に繋ぎ始める。


「これは一体、どういうことかね? シュリ君…」


 俺はいつもとキャラを変えて、後ろで俺の両手を握るシュリに尋ねる。


「手が二本ある事を忘れておったから、こうして両手を封印しておるのじゃ」


 くっ! 気づかれてしまったか…


 すると前を歩いていたメイドが、ある扉の前で立ち止まりこちらを振り返る。


「イチロー様、こちらが当城の図書館でございます… ひとつお尋ねいたしますが…何をなさっているのですか?」


 メイドは機関車ごっこをしている様な俺とシュリの姿を見て、目をパチパチと瞬きさせる。


「いや…私の連れはこう見えて結構怖がりでして、初見の場所を歩くのが怖くて、こうして手を繋いでいるんですよ…」


 俺はキラキライケメン爽やかフェイスを装いながら答える。


「そうですか、可愛らしいお連れ様ですね、それでは私は失礼いたします。また何か御用が御座いましたら、図書館内の呼び鈴をお使いください」


 そう言って一礼するとメイドは去っていく。


「ふぅ…なんとか誤魔化せたようだな…」


「いや、あのおなご、笑いを堪えながら去って行ったぞ… あのおなごの尻を護るためとは言え、わらわまで笑われてしまうとは…」


 シュリから両手を解放された俺は図書館の扉を押し開き、その中へと進んでいく。


「ほぉ~ デカい図書館じゃな~」


 シュリが広々とした薄暗い図書館内を見渡しながら感嘆の声をあげる。


「そりゃ~談話室のカローラのラノベばかりの本棚と違って、こちらはちゃんと装丁された正式な書籍ばかりだからな、本の大きさも厚さも全く違う」


 ここの図書館に収められている本はざっと見る限り、映画やアニメの中世時代に出てくるような、固くて厚い表紙があり人を殴れば殺せるような大きさのちゃんとした分厚い本だ。その本が本棚にぎっしりと詰められ、またその本棚も図書館らしくつらつらと並び立っている。


 すると若い男性の声が掛かる。


「入館希望をなされましたアシヤ・イチロー様でございますか?」


 声の先を見ると図書館の受付カウンター後ろに恐らくこの図書館の司書らしき若い男性が立っていた。


「あぁ、入館希望したアシヤ・イチローが俺で…」


「わらわはシュリじゃ、シュリーナル・エル・リブーラじゃ!」


 久々にシュリのフルネームを聞いたな…いつ以来だろ…


「アシヤ・イチロー様と、シュリナール・エル・リブーラ様…?」


 司書はシュリの名前を確認したところで、何か思い当たったようでじっとシュリの姿を見る。


「なんじゃ?」


「いえ、きっと私の思い違いでしょう…」


 首を傾げて尋ねるシュリに、司書は思い違いを振り払うように頭を振って答える。


 あぁ、多分、この司書はシュリのフルネームを聞いて、破壊の女神と呼ばれていたドラゴンと同じ名前だと思ったのであろう。確か元々のシュリの巣はカイラウルの国境の森付近だったから、この司書がドラゴンのシュリの事を知っていても当然か…


「それで、今日はどの様な本をお探しですか?」


 司書は俺に向き直って尋ねてくる。


「あぁ、この辺りに伝わるというか発祥の童話や御伽噺、言い伝えや伝承を調べたいのだが」


「それだと結構範囲が広くなりますね…童話などは文学に当たりますし、伝承は宗教や民俗学、カイラウルの歴史に関わる事は歴史の分類になります。もっと詳細な情報はございませんか?」


 確かに聞いているだけで探すのが大変そうだ。


「いや、街で聞いた双子の姉妹の童話の話を調べたいのだが…」


「あぁ、その話ですか、それだと文学の童話のコーナーにございますね、ご案内致します」


 この司書が物知りなのか、それともこの双子の話が有名なのかは分からないが、ポンとすぐに分かって頷く。そして、カウンターから出てくる。


「こちらです、後にお続きください」


 そう言って図書館内を先に歩いて先導する。俺たちはその司書の後ろに続いて歩き始める。


「シュリ」


「なんじゃ?」


「言っておくが、今度は掴まねえぞ」


 俺は若い男性の司書の背中を見ながらシュリに話しかける。飽くまで背中でそれより下には何があっても視線を下ろしはしない。


「いや、言わんでも分かっておる、なんじゃ手を繋いで欲しいのか?」


「いらん…」


 いや、手じゃなくて、こう…もっと他に掴ませるものがあるだろ…


「どうかされましたか?」


 前を歩いていた司書が俺たちの話し声を聞いて立ち止まって振り返る。


「いや、何でもない、ただ二人で世間話をしていただけだ…」


「そうですか」


 司書は再び前を向き歩き始める。


「それよりもこの図書館、全く人気がないし、使われている形跡もないんだが、利用者がすくないのか?」


「皇帝陛下は後宮でお過ごしで、子女の方は育成所の方におられて、城には政務を執り行う官僚や役人しかおりませんので、一般的な蔵書しかないこの図書館には殆ど足を運ぶものはおりませんね、ここはただの書籍の収集保管場所となっています」


 司書は自嘲気味に答える。


「なるほど、政務に使う書類は別な場所に保管してあって、図書館は本当に書籍しか置いてないから、城にいるの者は皆、仕事中だから本を読みに来ないという訳か」


「そう言う事です…」


 司書は背中を向けて歩き続けながら答える。


 これは役人としては楽でいい仕事なのか、それとも司書としてはやりがいの無い悪い仕事なのかどちらだろう…


 すると、司書はある本棚の前で立ち止まってこちらに向き直る。


「イチロー様、こちらの本棚でございます。双子の姉妹の童話という事ですから、恐らく『王様に救われた双子』という話でしょうね、それだとこの本になります」


 司書は本棚から一冊の本を抜き出すと俺に手渡す。その本は、厚くて固い丁寧な装丁が施された昔ながらの本ではなく、カローラの蔵書のラノベの様な新しい装丁が施された本だ。


 俺はこの本で間違いないかとペラペラとページを捲って、飛ばし読みしながら中身を確認する。


「あぁ…間違いない…この本だ… ちょっとじっくりと読んで確認したいんだがいいか?」


 俺は本から顔をあげて司書に尋ねる。


「構いませんよ、あそこの机を使ってじっくりとお読みください。私はカウンターに戻りますので、何かあればお気軽にお声がけください」


 司書は一礼するとカウンターへと戻って行ったのであった。



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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