第654話 これも大人買い?

 食料品店でいくつか魚介類を買占めした後、俺たちは港の方まで足を伸ばし散策していた。港では、農作物を作る農村が壊滅した影響もあって、農作物の代わりに海産物で住民の食糧事情を賄う為、大忙しであった。



 その港で俺は仲買人や荷下ろしのおっさんたちから話を聞いていた。



「へぇ~ これでも仕事が落ち着いてきたんだ…」



「あぁ、災害直後は農村からの食料が入って来なくなるって言うから、その分、港の漁師たちが俺たちが街の皆の腹を満たすんだって、気合入れてよう~ 朝から晩まで引っ切り無しに漁にでたり、他国との交易で食料を買い付けにいったりしてたもんさ」



 仲買人の爺さんは慌ただしく働く荷下ろしの若者達を眺めてパイプをふかしながらそう語る。



「でも、国が農村を再建して作った集団農場から食料が入ってくるようになったから、落ち着いたと言う訳か…」



「あぁ、そいつも食料事情の改善に一役買っているが、皇帝陛下や皇室の方々の献身も大きいな」



「皇帝陛下や皇室の献身って?」



 爺さんと一緒に見ていた荷下ろしから、爺さんに視線を移して尋ねる。



「災害の後、普段よりも数多くの皇室の娘さんが、船に乗って他国に嫁いでいかれた…普段は他国との友好関係を築く為のものだが、今回は皇室の娘さんが嫁がれた後、他国の大きな船が積み荷に一杯の食料を運んでやってきた… 皇室の方々はあっしら国民の腹を満たす為にその身を捧げていらっしゃるんじゃ… それを分かっているあっしら国民は城に足を向けて眠れねぇよ…」



 爺さんは目を細めて遠い目をして空を見上げる… なるほど、持て余した皇帝の子女を皇帝印の奴隷として売買している事を俺は知っているが、国民の目にはそういう感じに映るのか…



「あっしら国民の為に他国に嫁がれる皇室の姫さんの金髪で美しい儚げな姿を漁師や荷下ろしの若い奴らが見て、『俺たちが頑張らないから姫様が他国に売られてしまうんだ!』って普段よりもやる気を出してのぅ、畜産業が始まって以降衰退しておった捕鯨を再開させてまで頑張っておるんじゃ」



「詳しく!」



 俺は前のめりになって爺さんに詰め寄る。



「あぁ、そりゃ皇室の姫さんは色白で大層べっぴんさんで、抱きしめたら折れてしまいそうな程体つきも華奢で、でも乳はたぷんたぷんと…」



「いや、姫さんの方じゃなくて、捕鯨の話を!」



 両手で乳の大きさと形を表現する爺さんの話を遮って尋ねる。



「えっ!? 捕鯨の話を聞きたいだって? そりゃ別にいいけど、昔は脂をとるために捕鯨してたんだけどよ、食料危機だっていうもんで肉を持ち帰る様になったんだが、牛や豚の肉で皆の舌が肥えちまったってのと、もともと鯨肉が血なまぐさいってのと、早々に他国から豚が入ってくるようになったもんで、あまり需要が増えなかったんだよ…」



「という事は、鯨肉は売れ残っているのか?」



 俺は鼻息荒めに爺さんに尋ねる。



「あぁ、これからすぐに鯨をのせた捕鯨船が帰ってくるんだが、欲に目が眩んだあっしは先物買いしてたんでどうやって売りさばこうかパイプをふかして悩んでいたわけよ…あっ、話をしてたら丁度、その捕鯨船が戻ってきたようだな」



 爺さんは椅子代わりにしていた木箱から立ち上がって、捕鯨船に手を振り始める。



 うーん、昔の日本のように鯨を常食する文化があるのかと思えば、メルヴィルの白鯨に載っている様に鯨油だけとっているパターンか… 爺さんの話では皆、舌が肥えて買わないし食わないって話だから、遠慮はいらねえよな…



「爺さん…」



「ん?なんじゃ? 兄ちゃん、鯨を見てみたいのか? だったら残念だけど、獲った後、海の上で解体しながら帰ってくるから、生きていた時の姿は見れねえぞ」



 爺さんは俺に振り返って向き直る。



「いや、姿は知ってんだよ、俺の言いたいのは爺さん、あの鯨を先物買いした仲買人だろ? だったらその鯨、俺に買わしてくれよ」



「あぁ、別に構わんが、こういっちゃなんだが、あんまり美味くねえぞ? 海の漁師なら何とか食えるように、捌き方も下処理も料理の仕方も分かってるけど、見た所、外国人のにいちゃんは知らないだろ? まぁ、物珍しさに買って食ってみたいってのは分かるが…それでどれだけ欲しいんだ? 一食分か?それともお連れの分も合わせてか?」



 俺は爺さんの両肩をがっしりと掴む。



「一頭分、全部だ…」



「はぁ?」



 爺さんは目を大きく見開く。



「だから、一頭まるごと全部買い占めるって言ってんだよ!」



「いやいやいや、ちょっと待ってくれ! 兄ちゃん! あんた、鯨の大きさを知らねえのか!? そこらの川に泳いでいる魚なんかとは比べ物にならない大きさなんだぞ!!」



 爺さんは俺が鯨の大きさを知らないと思っている様だ。確かに鯨を見た事の無い内陸部の人間からすれば、普段見かける大きさの魚で鯉程度、主クラスで豚ぐらいだと考えるであろう。



「知ってるよ! 家一つ分ぐらいの大きさがあるんだろ?」



「知ってんのかよ! じゃあ尚更、一頭分丸ごと買ってどうすんだよ! それに結構な量になるから人気の無い鯨肉って言っても一頭分になると結構な金額になるぞ? それに生もんだから痛む…どうすんだよ!?」



「実はな…とある国のとある領主が珍味好きでな…俺はその領主の為に他国の珍味を買い漁る役目を担っているんだ… だから支払いの心配をしなくてもいいし、輸送の事も大丈夫だ」



「えっ!? じゃあ兄ちゃん…いや…お客さん…マジでまるまる一頭分買い取るっていってんのか?」



 爺さんの目が本気の目になってくる。



「だから、最初から本気で鯨一頭まるまる買い取るって言ってんだろ?」



「お客さん…マジみたいだな…でもよぉ… 鯨からとれる鯨油はもう買い手がついているんで、お客さんにはそれ以外の一頭分しか売れねえけど…それでいいのか?」



 あっ、やっぱり白鯨に書いてあったのと同じように本来は鯨油目的の捕鯨だったのか…



「構わん、俺も鯨肉が目的であって鯨油はいらん」



「なら、兄ちゃん…いやお客さんに鯨を売ってやろう! 契約成立だ! ちょっと待っててくれ! 捕鯨船に行って量と重さを調べてくる!」



 爺さんは俺の手を強く握りしめた後、スキップでもしそうなご機嫌で軽快な足取りで接舷した捕鯨船の方へと走っていく。



 一人になった俺は港の中を見学して回っていたシュリに声を掛けて呼び寄せる。




「おーい! シュリ! ちょっとこっちに戻ってきてくれ!」



 すると俺の声に気が付いたシュリとカズオは、どういう訳か、ご機嫌の顔をして大きな木箱を抱えて戻ってくる。



「おーい! 聞いてくれ! あるじ様よ!」



「どうしたんだ? シュリ、そんな木箱を抱えて…」



「物珍しさに港の中を見て回って漁師に話を聞いておったのじゃがのぅ、漁師の皆が気前が良くて、獲れた海産物の一部をわらわにくれたのじゃ!」



 そう言って、シュリは嬉しそうな顔をして木箱の中身を見せてくる。中には市場で買ったらそこそこ値の張りそうな魚がいっぱい詰まっていた。



「旦那ぁ、あっしも漁師から、丈夫な子が産めそうだって言われて、こいつを頂きやした」



 そう言ってカズオも、ハマチかメジロサイズの魚を見せる。



 なるほど…いい女は皇帝の所に嫁ぎたがるもんで、こうして男気を見せて女を釣ろうって感じなのか… 後、カズオまで声を掛けている所をみると鎌倉武士っぽい所があるな…



「そうか、後で料理して皆で食うか!」



 シュリ達には漁師たちの思惑は伝えずにそう答える。



「ところであるじ様よ、呼びつけたという事はそろそろ港から移動するのか?」



「いや、鯨を丸ごと一頭分買い付けたから、シュリにも収納魔法の中にしまってもらおうと思ってな、シュリの収納魔法、空きがあるだろ?」



 するとシュリは首を傾げる。



「それは魚を丸ごと一匹買い付けたと言う事か? 確かにわらわの収納魔法の中には着替えと本、それと農具ぐらいしかいれておらんが… あるじ様の収納魔法は一杯で入らんのか? 何を入れておるんじゃ?」



 シュリは鯨の大きさを想像できずにそう返してくる。



「俺もシュリと似たようなもんで特になんも入れてねえよ、それだけ今回の鯨がでけぇんだよ」



 するとシュリがキョトンと首を傾げる。



「確か、あるじ様の収納魔法は100樽ぐらいの容量じゃったじゃろ、仮に10樽分ぐらい使っておったとしても残り90樽分… そんなデカい魚がいるわけないじゃろ」



「お前な… それを陸上生物に置き換えて考えてみろよ… 人間や豚や牛のサイズから考えて、ドラゴンみたいな巨大な生物がいないと言ってるのと同じだぞ? お前は伝承だけの幻の生物かよ」



「そう言われると確かにデカい魚もいそうじゃな…」



 自分の事を例えに出されると納得したようで鯨の事を考え始める。そこへ捕鯨船にいっていた仲買人の爺さんがご機嫌な顔をして戻ってくる。



「お客さん! 今回取れたのはニンククジラって奴であんまりデカい奴じゃないが、骨はどうするね?」



「骨?」



「あぁ、あれだ」



 そう言って荷下ろし中の捕鯨船を指差す。



「デカっ!! あるじ様! 本当にあんな魚をまるまる一匹分買ったのか!?」



 シュリが目を丸くして驚く。



「あっしもあんなデカい魚、初めて見やしたよっ!」



 カズオも目を皿の様に見開いて驚く。



「デカいだろ? ニンククジラか…多分、日本で言う所のミンククジラだと思うが、鯨の中では小さい方だ。デカい奴だとさらに10倍ぐらいのデカさがあるぞ? ちなみに、鯨は魚じゃなくて哺乳類な」



「えっ!? アレの更に10倍の物がいるじゃと!? それはわらわの本来の姿より大きいのではないか!?」



 二人が驚く中、爺さんが揉み手をしながら近づいてくる。



「それで骨はどうするね? あっしの方は別に鯨肉だけでも買ってくれるなら万々歳だが…」



「そうだな、記念に買って帰るか」



「はぁ!?」



 爺さんが返事をする前にシュリが声をあげる。



「身は食うからまだしも、あんな骨どうするつもりじゃ! あんなもの持って帰っても置くところがないぞ!?」



「うーん…骨格標本にしてホールとかに飾れば評判になるんじゃないかなぁ~」



 俺は既にに鯨料理の事しか頭になく、シュリの言葉に適当に答える。



「しくじったわ… おなごがおらんからあるじ様が何かしでかす事は無いだろうと高を括っておったが、まさかこんなものをまるまる一頭買おうとは… ミリーズ殿に顔向けができん…」



 シュリは項垂れてそう呟いたのであった。



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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