第655話 シャコエビ
港での買い物の後、昼を過ぎて腹を空かせた俺たちは海の見えるレストランに移動してテーブルについていた。
そこで、ご機嫌な俺とは対照的にシュリは不機嫌にムスッと眉をひそめ、ご機嫌な俺と不機嫌なシュリにカズオはいづらそうに肩をすぼめて居る。
「いや~ 良い買い物をしたなぁ~ まさかあんなに安く買えるとは… 大体重馬が買えるか買えないかの金額だから、日本円にすると600~800万ぐらいか? キロ換算すると黒毛和牛より圧倒的に安いな!」
現代日本の市場末端価格で考えるとあり得ない値段だ! 日本でも昔は鯨肉は安かったそうだけど、この世界はその時の日本と同じぐらいの価格なのだろうか?
「くっ… わらわが付いていながら、目を離した隙にこのような事になるとは…」
シュリがテーブルの上の拳を握り締める。
「別にいいじゃねえか、『俺条項』に引っかかるような事をしたのではなく、ただ単に食材を買っただけだぞ?」
「その量が問題なんじゃ! しかも被災国で食料危機が騒がれている状態で、あれだけの量の食材を買い占める事が問題なんじゃ!」
シュリは顔を上げて俺にがなり立てる。
「いや、カイラウルはそんなに食料危機に陥ってないぞ? 鯨を売ってくれた仲買人の爺さんの話では、例の皇族子女のアレで国外から大量の食料を仕入れていて、鯨肉は人気が無くて売れ残っていたそうだ」
「そうなのか?」
シュリが顰め顔を崩す。
「あぁ、何でも住民が豚や牛の肉になれて舌が肥えたせいで、鯨肉は売れなくなったそうだ。それに仲買人の爺さんも俺に鯨肉を売った金で今度は穀物や豚を仕入れるって言ってたぞ」
「なら、被災国から食料を奪うということにはならんのか…」
「そうそう!そういうこと! だからモーマンタイ!」
シュリは少し怪訝そうな顔をしているが納得したようだ。そこで、俺は料理の注文をする為、手を挙げてウェイトレスを呼びつける。
「お姉さん! メニュー持ってきてくれる?」
「はい!分かりました!」
食事の終わったテーブルの食器を片づけていたウェイトレスのお姉さんは、食器を厨房横のカウンターに置くとメニューを持って俺たちの所へやってくる。
「はい!こちらがメニューです」
「ありがとな! さて、何を食おうかなぁ~」
俺がウキウキ気分でメニューを開いていると、ウェイトレスのお姉さんが不思議そうな顔をして俺の顔を見てくる。
「あれ? お客様、もしかして…『エビの人』…ですか?」
ウキウキ気分だった俺は一瞬で強張る。
「えっ? お姉さん…もしかして…あの晩餐会にいたの?」
俺は油の切れた機械のようにぎこちない動きでお姉さんに顔を向ける。
「はい! 皇女のシャーロット様が支援物資を携えて帰ってこられたと言う事で、街の住民は食材を届けるだけではなく、料理のお手伝いや給仕も手伝っていたんですよ!」
「へぇ… そうなんだ…」
ここで変に誤魔化してもバレバレなので、俺は敢えて否定はしなかった… しかし、やっぱり『エビの人』って認識をされてしまったのか…
「それでお客様、あの時、ブラックタイガーを食べる事が出来なかったのでしょ? ブラックタイガーは沢山入荷しておりますので、ブラックタイガーのフルコースをお出しする事も出来ますよ!」
お姉さんはニッコリと微笑みかけてくる。
「ふっ…ブラックタイガーか…」
俺は目を細めて空を見上げる。
「彼女の姿を追い求めても… それは彼女と似ているだけの別の存在… 俺はもう…彼女の姿を追い求めるのは止めたんだ… それが彼女の最後の願い…」
俺の目には空の彼方でブラックタイガー(彼女)が微笑んでいる姿が見えた。
「えっと…お客様…それはどういう意味でしょうか…?」
「わらわはかなりの精度であるじ様が何を考えておるのか読めるようになったが、それでも時々、何を考えているのかさっぱり読めん時がある… 一体何を考えておるんじゃ?」
「あっしも旦那が何を仰っているのか…さっぱり分かりやせん…」
ウェイトレスのお姉さんとシュリは困惑し、カズオは苦笑いをする。
「いや…なんでもない…ただ少し…感傷に浸っていただけの事さ…」
俺は憂いある笑みを浮かべ潮風に拭かれながら空の向こうにいるブラックタイガー(彼女)を見つめながら答える。
「それより注文はどうするのじゃ? ブラックタイガーを注文するのか? 店の人が困っておるぞ」
「ブラックタイガーは注文しない… 彼女もそう望んでいる…」
「本当に何を考えているのか分からんのぅ… ブラックタイガーを注文せぬなら何を注文するんじゃ?」
そこで俺はいつもの表情に戻して、くるりとシュリに向き直る。
「うぉ! なんじゃ? 急にいつもの表情に戻って?」
「そう言えばシュリに言っていたよな?」
少し驚くシュリに俺は決め顔でそう尋ねる。
「なにをじゃ?」
「シュリ、お前に本物のシャコエビというものを食わせてやると…」
ここは本当は嫌だが山宮士郎の顔で告げる。
「そう言えば、確かにそんなことをいっておったのぅ…」
「というわけで、お姉さん、シャコエビってある?」
今度はお姉さんに向き直る。
「えぇ…ありますが…本当にブラックタイガーではなく、シャコエビでよろしいのですか? 調味料の入荷が無くて塩茹でぐらいしかお出しできませんが…」
「自前の調味料を出して使ってもいい?」
「別に構いませんが…」
「じゃあ、じゃんじゃん持ってきて!」
「はい! 分かりました! すぐにお持ちします!」
お姉さんはメニューを持って厨房へと駆け出し、奥の料理人に注文内容を告げる。
「あるじ様よ、確かにシャコエビを食べさせてもらうと約束しておったが、ブラックタイガーの方は良いのか?」
シュリは心配そうな顔で俺を見る。
「あぁ、構わん! それにシャコエビだって美味いんだぞ! シュリも食ったら納得するよ!」
俺は収納魔法の中からマヨネーズや酢などの調味料を出しながら答える。
「まぁ、あるじ様が元気にそう言うなら良いか!」
シュリも俺の機嫌の良くなった顔を見て納得する。
「はーい!お待たせいたしました! シャコエビ塩茹で30匹、三人前をお持ちいたしました!」
俺は皿の上のシャコエビと目が合い、シャコエビが俺の脳内に直接語り掛けてくる。
『ハーイ! イチローッ! 私はシャコよっ 貴方の事はブラックタイガーちゃんから話は聞いているわ… 確認しておきたいのだけれど…私はシャコでブラックタイガーちゃんの代わりは務まらないかも知れない… それでもいいの?』
シャコエビは不安な表情で俺に尋ねてくる。
「ふっ… お前はお前…ブラックタイガーの代わりではない… ありのままのお前でいいんだよ…」
『本当!? 私を私として愛してくれるのね! 嬉しいわ! イチロー!』
「あぁ… お前の事を食らい尽くして愛しつくしてやんよ! シャコエビ!」
「あるじ様よ…また何を言っておるのじゃ? 本当に大丈夫か?」
シャコエビの言葉が聞こえないシュリは再び心配そうな顔で俺を見てくる。
「大丈夫だ…ただの独り言だ…それより早速シャコを食うぞっ!」
俺は大皿に載ったシャコエビを一つ掴むとぺりぺりと殻を剥いて、パクリと食らいつく。するとしっかりとした歯ごたえの弾力のある食感があり、その身を噛むとカニに似た旨味がじゅわりと口の中に広がる。
「うめぇぇぇ!!! シャコエビさいこー!!」
「確かにシャコタイガーと似た旨味じゃが、この食感と噛むごとにじゅわりと溢れ出る旨味がたまらんのう!! これが本物のシャコエビというものかっ!!」
シュリも本物のシャコエビを前に、目を剥いてシャコエビに食らいつく。
「確かに味はシャコタイガーと同じでやすが、シュリの姉さんの言う通り、じゅわりと溢れ出る旨味がたまりやせんねぇ!!!」
カズオもガッツリとシャコエビに食らいつく。
「こんなの一皿程度では、全然足りねぇな!! お姉さん! じゃんじゃんシャコエビ持ってきて!!」
こうして俺たちは心行くまでシャコエビを堪能したのであった。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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