第652話 観光気分

 澄み切った青空に、頬を撫でる潮風。俺は解放感からぐぐっと伸びをして身体をほぐす。



「くぅ~! 堅苦しい他人の城の中よりも、俺は気遣いのいらない市井の方が気が楽でいいなぁ~」


「その辺りはわらわも同じじゃな、他国の城で気を使うというよりも、あの服装がのぅ… なんだか乳を締め付けられている様な、もろ出しにしている様な変な気分じゃったのじゃ」


 乳袋ドレスから普段のワンピースに着替えたシュリもググっと伸びをする。


「あっしも見た目がまんまオークですので、城の中はいづらくて仕方ねえでやす。なんだか牢獄から解放された気分でさぁ!」


 カズオはまんまオークですと言っておきながら、カツラを被り、肌におしろいを塗って人間っぽい変装なのか、それとも女装なのか判断が難しい姿をして同じく伸びをする。


 シャーロットの挨拶回りからはみ子にされた俺はお目付け役のシュリと、暇をしていたカズオの三人で私服に着替えて街に繰り出したのである。


「さてと…どこを回ろうかなぁ~ やはり、カードショップは外せないな…後港の方も面白そうだから見てみたいし、カイラウルの料理も食べたいな…」


「あっ! 旦那ぁ! あっしは市場の方で食材や調味料もみたいでやすね、料理の幅が広がりやす!」


 俺とカズオは観光地の街に繰り出したように、ウキウキに会話を弾ませる。


「あるじ様にカズオよ…わらわたちは遊びに来たのではなく、シャーロットの挨拶回りに参加できない代わりに、街での情報収集の役目があることを忘れてはいかんぞ」


 お目付け役のシュリが目を光らせる。


「んな事は分かってんよ、でも情報は人の集まる場所にあるんだよ、だから俺の上げた場所やカズオの行きたい場所に行けば人がいるから情報もあるんだよ」


「ならば、行き先にわらわの行きたい本屋と農業用品店も回ってもらおうか、人が集まっておるはずじゃ」


 シュリは腕組みをしてフフンと鼻を鳴らして俺を見る。


「なんだよ、シュリも色々と行きたい場所があるじゃねぇか」


「わらわはあるじ様の監視役ということじゃからな、浮かれた気分でホイホイと店を回る訳にはいかんじゃろ…だが、情報収集という役目があるなら別じゃ、本屋も農業用品店も人の生活に密接に関わっておるからな、カイラウルの今の状況が良く分かるじゃろ」


「本屋は兎も角、農業用品店が? そうかな? そうかも… まぁ、いいや、じゃあ行くとするか」


「うん! いくのじゃ!」


 シュリは満面の笑みで答える。


 そうして俺たちはカイラウルの城下町を練り歩いていく。実際に街の中を歩いてみると、カイラウルの現状が手に取る様に分かってくる。先ずは魔獣やアンデッドの被害を受けた国ではあるが、この街は首都であることと直接被害を受けていない事もあって、建物に損害など無く、そして、ここに来るまでの途中にあった集団農場の件もあるので、孤児や浮浪者などの姿も見かけない。一見すると治安のよい街に見える。


 また、シャーロットの凱旋パレードの時には見かけなかったが、林立する住宅などの建物には道を挟んだ向こう側の建物にローブが張られて潮風に揺られて洗濯物が干されていて、人々の生活感を感じる事が出来た。


「見た感じ、被災した国の街にはみえやせんね…」


「そうじゃのぅ、普通に見ただけではわらわ達の領地よりよっぽど活気があるように見えるのぅ…」


 カズオとシュリの二人が街並みを眺めてそんな感想を漏らす。


「いや…被災した国と言えども一国の首都と辺境の俺の領地と比べてくれるな… 後、被災前のこの街の様子を俺たちは知らないから、そこは住民に尋ねるしかねえな」


「確かにそうでやすね、店の品ぞろえを見てみないと本来の現状は分からないでやすね…あっ! あれ、シュリの姉さんの行きたがっていた園芸店じゃないでやすか?」


 カズオが店先に鉢植えを並べる店を見つけて指差す。


「確かにそうじゃのう! ここは大きな畑がすぐ近くにある村ではないから、家庭で育てる為の植物を置いている店のようじゃな!! 行ってみるか!」


 シュリのお目当てのホームセンターの様な農業専門の大きな店ではないが、シュリは息を弾ませて園芸店に駆け出していく。


「たのも~」


 シュリは声を上げて店の中へと進んでいき、俺とカズオは遅れて店先に着く。


「はい、いらっしゃい、何を御入用で?」


 初老のご婦人がシュリに応対する。


「この辺りの地域の特産の野菜や果物の苗や種が欲しいのじゃ!」


「あぁ、ごめんなさいね…今あまり置いてないのよ…特に苗とかはね…」


 ご婦人は申し訳なさそうな顔をする。


「やはり、魔獣やアンデッドの件で品不足という事か…」


 シュリは残念そうな顔をする。


「そうなんだけど、それは直接的な理由じゃなくて間接的な理由なのよ…」


「どういうことなのじゃ?」


「被災した事で野菜などの品が入って来なくなると考えた住民が、自分たちの家庭菜園で賄おうと買い漁っていったのよ、だから苗や鉢などが品不足なの」


 あぁ、日本でも災害時にあるような水やインスタント食品の買占めと似たようなものか…


「なるほど、それは仕方が無いの… 何か残っているものはないのか?」


「そうね…香味葉野菜のシソとバジル、時間の掛かる胡椒、それらの種しか置いてないわね… 後は花や観葉植物しかないわ」


「葉野菜と胡椒しかないのか… もっと食いごたえがある野菜が良かったのぅ…」


 期待が外れてしょぼんとするシュリであったが、俺はそんなシュリに鼻息を荒くして声を掛ける。


「買え、シュリ、大量に収穫できるほど買え」


「えっ? どうしてあるじ様がそんなに乗り気になっておるのじゃ?」


 シュリが目を丸くして俺を見る。


「シソは大葉味噌にしたらそれだけでご飯何杯もいけるし、バジルはジュノベーゼソースにしたら滅茶苦茶いけるぞ、胡椒は言うまでも無いし」


「あるじ様がそこまでいうのなら美味な作物なのであろう… おばば様よ、先程申して居ったシソとバジル、胡椒の種をあるだけ貰えるか?」


「えっ!? あるだけ!? 鉢植えで窓際で栽培するのではなく、畑で育てるつもりなの?」


 ご婦人は驚きながらも、注文の品を準備し始める。


「そうじゃ、国に戻れば畑もあるし温室もあるぞ」


「まぁまぁ、植物を育てるのが好きなのね、シソもバジルもこの辺りの人は結構育てて、あまり売れないから助かったわ」


 ご婦人はそう言って、小袋にまとめてシュリに渡してくれる。代金は大した金額ではなかったが、俺が支払っておいた。そして、園芸店の外に出る。


「やっぱり、店の人に話すと街の現状が分かりやすね」


「そうだな、潤っている様には見えるが、色々と物資が欠乏してそうだな」


「では、他の店にも回って話を聞いてみるか?」


「だな、現地の人に話をするのが一番だ」


 俺たち三人は話を決めて次の店を探すのであった。

 


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