第651話 はみ子
翌朝、俺とシュリ、カズオとポチ、そしてミリーズとクリスで俺の部屋でカズオの作った朝食を摂っていた時に突然、問題が発生した。
「あぁ~ もう! 恥ずかしいっ!!」
朝食を食べ終えたミリーズが突然声を上げて、頭を伏せる。
「別に食事を零したり、マナーが間違っていたりしなかったぞ?」
そんなミリーズにコヒーを飲みながら声を掛ける。すると頭を挙げてキッと俺の事を睨み始める。
「イチロー!今の朝食の事を言っているのではなくて、昨日の晩餐の話をしているのよ!」
「俺は別に食事を零したり、マナー違反をしたりしてないぞ…」
俺は昨日のクリスのように誤魔化しながらミリーズに答える。
「マナーとか粗相とかそれ以前の問題よ! 身内の私たちの前だけならいいけど、あんな他国の晩餐の席でエビの事で大声を上げるような駄々をこねて…恥ずかしいったらありゃしないわよ… 丁度、私はカイラウルの教会関係者と社交をしていたのだけど、その時イチローの絶叫が響いて来て、教会関係者の方が目を丸くして『お宅のイチロー様、叫んでおられるようですけど、どうなさったのかしら…』って私を気の毒そうな目で見てきたのよ… その時の私の気持ちが分かる!? もう口の先まで『知らない人です』って言葉が出かかっていたわよ!」
口角泡を飛ばすと言う言葉があるが、今のミリーズは本当に唾が飛んできそうな勢いで俺にまくし立てる。
「いや…その…正直すまんかった… つい感情が高ぶって声が出ちまったんだよ…」
「出ちまったんじゃないわよ! 私、晩餐が始まる前に言ったわよね…『歳相応の節度と恥じらいを持って』って…」
ミリーズはまるで貞子の様に俺を見上げながら恨めしそうに見てくる。
「只今戻りました、イチロー様~」
「イチロー様、失礼致しますわ」
そんな時、城の重鎮との朝の会食に出かけていたシャーロットとカローラ達が俺の部屋へと戻ってくる。そして、ミリーズと俺の様子をみるなり顔を顰める。
「ミリーズ…どうしたのよ…そんな悪霊みたいな顔をして…」
「ちょっと、昨日の晩餐会の事を思い出して恥ずかしくなったり怒ったりしていたのよ…」
ミリーズはカローラに対しては怒りは無いので少し冷静さを取り戻して答える。
「で、イチロー様の方はどうして悪霊みたいなのを背負っているんですか?」
「えっ!? 悪霊!? 俺の背中に!?」
俺は驚いて振り向くがカローラの様に霊の姿は見えない。
「昨日の霊が恨めしそう…いや、羨ましそうな顔をしてイチロー様の背中に張り付いていますよ」
「えっ? 昨日の霊? 羨ましそう? あぁ、なるほど、カズオ飯を食っていたから自分にもお供えして欲しかった訳か」
実の所、昨日の晩餐会で思わず叫んでしまった事で、俺やミリーズは城の重鎮の朝食の誘いに参加しずらかったので、部屋で食事を摂り、重鎮たちの付き合いにはカローラを護衛に付けて参加してもらっていたのである。
そんな理由があって、他国のしかも王城にいると言うのに、カズオに朝食を作ってもらった訳だ。
「そうか…霊が食べたがっていたカズオ飯が目の前にあるんだもんな、供えて欲しいのなら、供えてやるか…」
俺は一人分の食事をよそってトレイに載せると、昨日のクローゼットの上に置いて、パンパンと手を叩いて拝み始める。
すると事情が分からずキョトンとしていたシャーロットが話しかけてくる。
「あの…イチロー様? 何をなさっているのかしら… なんだか宗教的儀式のように思えるのですけど… イチロー様の故郷ではクローゼットが信仰の対象なのでしょうか?」
「いやいや、そんなクローゼットに祈るような信仰なんて持ってねぇよ、昨日、何か仕掛けられていないか部屋の調査をした時にそこのクローゼットの後ろの壁から死後数十年経った死体が出てきたんだよ」
「えっ!? 死体が!?」
シャーロットは目を丸くして驚く。
「あぁ、でもその事で騒いだら、折角三人とも近くの部屋になっているのに俺の部屋だけ遠くの場所になってしまうだろ? だから、埋め戻したんだよ…でもその代わりに死体の霊がお供え物をしてくれってカローラを通して頼んで来たんだ」
「イチロー様…見つけた死体を埋め戻すなんて…それは常識知らずの私でも非常識だと思いますわよ…」
シャーロットは苦笑いをしながら言ってきて、その横ではミリーズがもっと言ってやってと手振りをする。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか! 晩餐会前で時間がなかったんだよ」
俺はえなり風に言い訳を述べる。
「た…確かに晩餐会前は仕方ありませんわね…」
俺の言葉に納得するシャーロットに、隣でミリーズが『どうしてそこで納得しちゃうの!?』と言った顔をする。
「しかし、死後数十年で王室の一室にその死体があったという事は… 私の叔父か叔母などの血縁にあたる御方かも知れませんわね」
シャーロットは真剣な顔つきでそう語り、俺と同じようにクローゼットに向かって手を合わせて拝み始める。
「えっ? でもここは客室だぞ? 来客者じゃないのか?」
拝み終えたシャーロットは顔を上げて話し出す。
「私も聞いた話で憶測でしかないのですが、十数年前は皇族の者がもっと数多くいて、この城で暮らしていたのです。しかし、父の皇帝カスパルが帝位につく時に帝位争いがあって多くの皇族が殺されたり姿を消したという話なので、この部屋は元は皇族のものであったのではないかと…」
「なるほど…あり得る話だな、最初来た時からこの部屋はカローラ城よりも豪華だと思っていたが、それだと納得できる」
俺はうんうんと頷く。
「その納得の仕方は…イチロー様には失礼ですが、イチロー様のお城は領主の物で、この城は皇族…王族準拠の物です。比べるのはどうかと…」
「あぁ、シャーロットは知らなかったんだよな」
「何がですか?」
シャーロットは首を傾げる。
「俺の使っているカローラ城は元々イアピース王族が住んで居た城なんだよ、その城をカローラが襲って自分の物にして、その後、そのカローラを倒して、俺の物にしたんだよ」
「えっ?えっ?そうだったんですか? イチロー様がカローラちゃんを?」
シャーロットは俺の話に驚いて、丸くした目を俺とカローラの間に往復させる。
「まぁ…昔の私の黒歴史のようなものですね… あの時の私はよくあんなものを着ていましたね」
カローラが自虐的にふっと笑う。
「…どんな衣装を着ていたのか…私、気になりますが、カローラちゃんの古傷に塩を塗る事になりそうなので止めておきましょう…」
俺としては、あの時のエロムッチムチの肉体にアシュトレトやハバナみたなエロボンテージ姿に戻って欲しいんだがな…
「そうね、イチローが昔のカローラちゃんの姿を思い出して鼻の下を伸ばし始めたから、今日の予定についての話をしましょうか」
そこへミリーズが今日の予定の話を切り出す。…俺、鼻の下が伸びてたか?
俺は鼻元を手で隠しながら、ソファーに座り、今日の予定の話し合いの準備を始める。
「それで今日の関係各所・カイラウルの重鎮に対するあいさつ回りだけど…私とシャーロットの二人で回る事にするわ」
今日の予定の話し合いの開口一番、ミリーズがそんな事を言ってくる。
「おいおい、待ってくれよ、本来の予定では俺を含めて三人で回るはずだっただろ? どうして急に俺を外して二人で回る事にしたんだよ?」
するとミリーズがジト目で睨んでくる。
「イチローがそれを言うの… 昨日、あんな事を仕出かしておいて…」
「いやいやいや、晩餐会の場でブラックタイガーと叫んだだけじゃないか」
「それがダメだと言っているのよ… シャーロットの事を皆に覚えてもらわないといけないのに、もしイチローがついてきたら面会する人が『あっ、ブラックタイガーって叫んだエビの人だ…』ってイチローばかりに気が向いて、シャーロットの事を覚えてもらえなくなるでしょ!」
「ぐぬぬ…」
悔しいがミリーズの言う通りだ…俺でも俺を見たら『エビの人だ』って思うだろう…
そこへ、シュリが手を上げて発言する。
「では、今日はミリーズ殿とシャーロットの護衛に、わらわとカローラ、そしてポチも同行すればよいのか?」
「うーん… アルファーとクリスもいるし、カローラちゃんとポチちゃんだけでいいわ、シュリちゃんはイチローの側にいてもらえる?」
するとシュリが片眉を上げて、カローラはニヤリと笑う。
「えっ? なんでじゃ? なんでわらわだけはみ子になるんじゃ? わらわはあるじ様のようにエビの事など叫んでおらんぞ?」
シュリはそう言って俺を指差す。
「えっと、別にシュリちゃんをはみ子にするつもりはなくて、私とシャーロットで挨拶周りをするとなると、イチローが野放しになるでしょ? カズオだけではイチローを押さえられる訳は無いし、カローラちゃんでは一緒になって何かやらかしそうだし…そうなるとイチローを押さえられるのはシュリちゃんしかいないのよ…」
「くっ…なるほど…あるじ様のお目付け役と言う訳か… 確かにわらわしかおらんのぅ…」
シュリは諦めたように肩を落とす。くっそ…シュリの奴もカローラの奴も昨日の事で俺と一緒にいるのが嫌なのかよ… ならば…
俺はシュリが俺を指差していた指を逃げられないように掴んで、ニヤリと微笑む。
「シュリ、そういうことだから、今日は俺と一緒にいような」
「分かったのじゃ…あまり変な場所へ行くでないぞ…」
こうして、今日の予定はシャーロットとミリーズの二人で挨拶回り、そして俺とシュリはフリーになったのであった。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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