第649話 ブラックタイガー(エビ)

※近況に新しい…


 俺の挨拶の言葉で食事が始まり、皆がテーブルに並べられた料理に群がり始める。


 舞台の上からざっと確認しただけでも、魚介類を合わせたシーフードパスタ、ハーブとオリーブオイルで魚介を蒸し焼きにしたアクアパッツァ、サフランで風味付けした魚介スープのブイヤベース、ワインとハーブで蒸し煮したムール貝のマリニエール、サフランライスに魚介を炊き込んだパエリア、オリーブオイルとニンニクで魚介を煮込んだアヒージョ、生の魚介を薄切りにしてオリーブオイル、レモン、塩コショウで味付けしたカルパッチョもある。

 

 料理に群がる客たちは山盛りにされた料理を小皿に取り分けたり、備え付けられたパンに料理を載せて齧り付いたりと、美味そうに舌つづみをうっている。



 皆が美味そうに食う所を目にして、食わずにいられようか?いや、いられない(反語)



 では、まず何から食うか…先ずはエビ…次にエビ…更にエビ…最後にエビかなぁ…



 そこまで俺をエビに掻き立てるのは…俺は並べられた料理の中にある食材を見つけたからだ… それは何かというと…  


 会場を包む熱気に、孤高なシルエットが浮かび上がる… それは…紛れもなく…奴さ



 ブラックタイガー!! ひゅー!



 絶対的正真正銘、虎などではない真実の姿…ブラックタイガー(エビ)だっ!


 ブラックタイガー(エビ)は黄金色の衣装を纏うようにフライの衣に包まれていたり、温もりを求めてベッドの上で身を屈める美女のように丸まってエビチリになっていたり、オリーブオイルの中で湯あみをする美女のように身体を浸していたりと、姿・形・あり様を様々に変えていても、その存在感に一欠けらの陰りのないブラックタイガー(エビ)


 久しぶりじゃねぇか…ブラックタイガー(エビ)…

 俺はお前と再会することをどれだけ待ちわびていた事か…

 途中、お前の名を騙る黒い虎に遭遇する事もあったが、

 今こうして再会することが出来た…

 きっと俺とお前は運命の赤い糸で結ばれているに違いない!(確信)


 俺の心の声に答えるように、ブラックタイガー(エビ)もそのつぶらな黒い瞳で俺を見つめ返してくる…


 さぁ…俺とお前がひとつになる時が来た…

 おいおい、そんなに赤くなって照れるなよ…ブラックタイガー(エビ)…

 そんなに恥ずかしい事じゃないさ…

 お前は俺の血となり肉となり骨になって、共に生き続けるのさ…


『分かったわ…イチロー… 私を優しく食べて(ハート)』


 ブラックタイガー(エビ)がつぶらな瞳で見つめ返して、脳内に直接話しかけてくる。



 ふっ…可愛い事を言ってくれるじゃねぇか…ブラックタイガー(エビ)…

 立食パーティーだけど、据え膳食わぬは男の恥!

 お前を頂いてやんよ!(食事的な意味で)



 そして、俺がブラックタイガー(エビ)の待つテーブルに差し掛かろうとした時、不意に背中から声が掛かる。



「アシヤ・イチロー様」



 俺はその声に振り返ると、宰相プリニオの姿があった。プリニオは最初、穏やかな柔和な顔をしていたが、俺の顔を見た途端、少し目を丸くする。



「どうかなされましたか?」


「いや、何でもない…」



 自分で血走った形相をしていた事に気が付き、あわてて社交用のキラキライケメン爽やかフェイスに顔を戻す。


 『人間は一生のうちに逢うべきエビには必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎず時に…』


 そんな俺とブラックタイガー(エビ)との必然の邂逅を邪魔されたことの怒りが表情に出ていたのだろう…

 


「イチロー様、イチロー様とは一度じっくりとお話をしたかったのですが、よろしいですかな?」



 プリニオは壁際の二人掛けのテーブル席を指し示しながら尋ねてくる。


 ブラックタイガー(エビ)と添い遂げる(飽くまで食事的な意味で)事も重要だが、会話の中でプリニオの思惑を知る事も最重要項目だ。それを抜きにしても国の最重要人物の誘いを断る事は出来ない。


 今の俺は物語の主人公とヒロインの恋人同士が運命によって引き裂かれ、再び再会を果たすがまた引き離されるような感じだ…


 俺は断腸の思いでプリニオにつき従って壁際のテーブル席に腰を下ろす。



「イチロー様もお食事はまだでございますね? 魚介類の生食に抵抗はございますかな?」



 俺の目の前に腰を下ろすプリニオはまるでデートで女の子をエスコートする男のように尋ねてくる。



「いや、抵抗は無いな、逆に内陸部のイアピースにいたから、生食をしたくても出来なかった状態だ」



 相手が警戒対象で尚且つカイラウルの重要人物なので素直に答える。



「ではここ沿岸部の都市、カイラウルでしか味わう事の出来ない料理をご用意いたしましょう」



 プリニオは辺りにいる給仕メイドを呼び止めて、指示を告げる。するとメイドはすぐに料理を運んできて、俺の目の前に皿を置く。



「えっ!? 握り寿司!?」



 俺は皿の上に載った料理に思わず声を漏らしてしまう。



「よくご存じでしたなイチロー様、こちらの料理は『握りスーシー』という、新鮮な魚介を使った沿岸部の街でしか味わう事の出来ない料理でございます。どうぞご堪能ください」



 俺の腹はブラックタイガー(エビ)に決まっていたのだが、皿の上にまるで装飾品のように美しく並べられた寿司に目移りする。イカ、鯛、ヒラメ、タコ、はまち、マグロはもちろんのこと、つぶ貝、ホタテ、赤貝などの貝類やうに、いくら、白子の軍艦巻きまえ揃っている… だが…そこにブラックタイガー(エビ)の姿はない…悲しいよ…俺は…


 手元を見るとちゃんと小皿に醤油らしきものが用意されているので、先ず初めに鯛の寿司を摘まむ。そして、醤油にちょんと付けてから口の中に放り込む。



 美味い!! マジで美味い!! それにちゃんと酢飯が使われた紛う事無き寿司だ!!



 許してくれ…ブラックタイガー(エビ)…お前と添い遂げると心に誓っておきながら、俺は握り寿司の誘惑に負けてしまった…


 俺はブラックタイガー(エビ)に対する罪悪感を感じながら握り寿司をモグモグと堪能する。



「ほほぅ… イチロー様は通でございますな、やはり握りスーシーは指でつまんで、ひょいと口の中へ放り込むに限りますな」



 そう言ってプリニオも指で寿司を摘まんで口の中に放り込む。



「ところでイチロー様…」



 プリニオはお茶で口の中の寿司を流し込んだ後、俺に話しかけてくる。



「なんでしょう、プリニオ殿」



 俺はついに探りに来たか!と心の中で警戒しながら顔では平静を装って答える。



「噂に聞きましたところ、イチロー様のお仲間の皆さまは…」



 そう言ってプリニオは会場の方に目を向ける。するとそこには、先程のブラックタイガー(エビ)の料理が並べられたテーブルの側にシュリとカローラ、そしてシャーロットの姿があった。



「あぁ、そうだ、みんな俺の仲間で気の良い連中だ」



 俺も同じくシュリ達の姿を見ながら答える。



「シュリ嬢はドラゴン、カローラ嬢はヴァンパイア、アルファー殿は蟻族、ポチ嬢はフェンリル、後ここにはおられませんがカズオ殿はオークと伺っておりますが、本当ですかな?」



「シャーロットにカローラよ! エビじゃ! エビの料理がここにあるぞ!」



 プリニオが話しかけてくるが、それと同時に会場のシュリの声も聞こえてくる。



「あぁ、本当だ」


 今更隠し立てしても仕方が無いので素直に答える。


「では、元魔族側であったという噂も本当なのですか?」


「おぉ! 美味そうなエビじゃ! 皆もエビを食うぞ!」


「!!!」


 シュリの言葉に平静を装っていた俺は思わず、焦りを感じるがすぐに平静を装う。



「…確かにそうだったが…今は調伏して皆俺の部下になっている…」


 

 焦りを押さえながらプリニオに答え、焦りを鎮める為にお茶を飲む。



「おや、確かイチロー様のお仲間の方でしたな、エビ料理にご興味をお持ちですか?」


 シュリの言葉を聞いた他の来賓がシュリに尋ねる。


「そうじゃ、今までこれぐらいの小さなエビしか見たことがなかったのでな、この様な大きくて美味そうなエビを見るのははじめてなのじゃ、してこのエビはなんというエビなのじゃ?」


「このエビはブラックタイガーと言う名のエビなのです」


「ブラックタイガー!? エビなのにブラックタイガーと言うのか!?」


 シュリは驚いて目を丸くする。


「そうよ、シュリ、これが正真正銘本物のブラックタイガーよ、虎とは違うのよ、虎とは…」


 驚くシュリにカローラがドヤ顔で話しかける。そんなシュリ達の様子を見ていると再びプリニオが話しかけてくる。


「こうして見ておりますと、普通の少女のように見えますな」


「あぁ、普通に食って眠るし、人間と同じ喜怒哀楽があるから普段は人間と変わらないな」


 そう答えて、俺は寿司をもう一つパクつきながらシュリ達の様子を眺める。



「なるほど…普通のエビとは違うのじゃな? ブラックタイガーというのは… それでどれが一番美味いのじゃ?」


「そうですね、まず初めに塩茹でしたものを食べてみて、ブラックタイガー本来の味を味わってみてはいかがですか?」


 先程の来賓客がシュリの質問に答えて、テーブルに置いてある生のブラックタイガー(エビ)とボイル用の鍋を指差す。


「ほぅ、自分で茹でて食すのか、面白そうじゃのう」


 シュリは菜箸でブラックタイガー(エビ)を摘まむと鍋の中にいれる。


「茹で過ぎると身が縮んだり、ぷりっとした食感が無くなるので、全身がオレンジ色に染まったら引き上げるといいですよ」


「なるほど、さっと茹でるのじゃな、ではもう頃合いかのぅ…」


 シュリは茹で上がったブラックタイガー(エビ)を鍋の中から引き上げる。



「イチロー様、見た目は愛らしい少女でも、心無いものや魔族に恨みを持つ者から、彼女たちを排除するように言われる事はないのですか?」


 

 シュリ達を眺める俺にプリニオは心配そうな顔つきで尋ねてくる。プリニオに向き直ってそんな事はないとすぐに否定の言葉を告げるべきだったが、俺はブラックタイガー(エビ)が気になってシュリから目が離せない。

 そんな時、シュリが茹で上がったブラックタイガー(エビ)の殻を剥き始めた。



『いやぁぁ!! やめてぇぇ!! 乱暴しないでぇぇ!! 私はイチローという心に決めた人がいるのっ!!』



 俺の脳内に殻を剥かれるブラックタイガー(エビ)の悲痛な叫びが響く。まるでエロ同人誌の如く、目の前で恋人が悪漢どもに衣服を剥ぎ取られる男の状況に、俺は拳を強く握り締める。



「俺は…何を言われようが…何をされようが…アイツを見捨てる事は…しない…」



 プリニオの言葉に、シュリ達の事なのか、それともブラックタイガー(エビ)の事なのか、自分でもよく分からないまま、怒りの感情を露わにして答える。



「ぷりっとした食感に溢れ出る旨味… なるほど、あるじ様がブラックタイガーにこだわる理由が分かるのぅ」


「それでは次に串揚げを試してみてはいかがですか?」


 ブラックタイガー(エビ)を堪能するシュリに来賓客が串揚げを勧める。

 

「串揚げ?」


「はい、そちらのねり粉にエビを潜らせた後、パン粉を付けて油で揚げて食べるのです」


「ほぅ、自分で衣をつけて揚げるのか、面白そうじゃのう~」


 そう言って、シュリは串をうったブラックタイガー(エビ)を手に取る。



「イチロー様…憤りの表情を露わにされるとは… そこまでお仲間の事を思っておられるのですね…」


「あぁ…大切な…仲間だ… 俺はアイツらの事を信じている…」


 

 再び言葉を投げかけてくるプリニオに、俺は昂ぶる感情を押さえながら答える。



「この小麦粉を溶いたものの中に付ければいいのじゃな?」


 シュリは串にさしたブラックタイガー(エビ)を白濁した液体のねり粉の中に入れる。



『汚されちゃった… 私、汚されちゃった… しかもイチローの前で…』



 ねり粉に漬けられ、全身が白濁した液体に塗れたブラックタイガー(エビ)の力ない声が脳内に響く… 

 しかし、シュリはそんな言葉を無視するように、白濁したブラックタイガー(エビ)にパン粉をまぶし、煮えたぎる油の中へと投入する。



『さよなら…イチロー… 私の事は忘れて、貴方は幸せに生きて…』



 ブラックタイガー(エビ)の最期の言葉が聞こえてくる…


 守れなかった…俺はブラックタイガー(エビ)の事を守れなかったんだ…


 

 俺はその悲しみを紛らわせるため、寿司を食らいつく。食らいついたヒラメにワサビが塗ってあったのか、鼻の奥がつーんとして、少し涙が溢れてきた。



「なるほど、イチロー様は例え何者であろうとも仲間を大切にして信頼する仲間思いの方なのですね… 人間でも肌の色や出身地、地位や立場で他人を物扱いするものがいるというのに…このプリニオ、感服致しました! 貴方の様な方こそ人の上に立つのに相応しい方だ!」


 プリニオは俺の返答に感心したように声を上げるが、奴の思惑は俺を王になるように唆して、その後ろ盾として魔族へ属する事を狙っていたはずだ。だから、そんな言葉に載る訳にはいかない。


「いや、多くの者が差別する対象と会って話して、一緒に寝食を共にしたりしてないから、そんな差別をしているだけで、一緒に暮らせば理解も出来るし仲良くもなれる。俺はそんなに特別な存在ではないさ」


「確かにそうですな、多くの者が相手を理解しようとしないだけですな、言葉が通じるのなら話して互いに理解を深める事ができると言うのに…残念ですな…」


 今のプリニオの言葉は、今までの会話のように俺に合わせて返しているのではなく、本心からそう告げている様に思えた。するとプリニオは何か気が付いたように辺りを見渡す。



「おっと、聖剣の勇者様であるイチロー様を私が独り占めしてはいけませんな… 他の皆もイチロー様とお話がしたいようです… 今日は良いお話ができました、また機会があればお願い致します」


 そう言ってプリニオは握手の手を差し伸べてくる。例え警戒していてもその手を振り払う事は出来ないので、俺はその手を握り返して握手する。



「それでは失礼致します、イチロー様… カイラウル料理をご堪能ください」



 プリニオは握手の手を放し、一礼すると俺の前から立ち去る。プリニオから解放された俺はすぐさまブラックタイガー(エビ)のあったテーブルの場所へと駆けつける。



「イチロー様も来られたんですね」


「おぅ、あるじ様も来たのか、あるじ様がこだわったブラックタイガーは美味いのぅ~」



 俺に声を掛けてくるカローラとシュリを無視して、俺はテーブルの上をキョロキョロと見渡し、ブラックタイガー(エビ)の姿を探し求める。



「…おいおい…嘘だろ…嘘だと言ってくれよ…ブラックタイガー…」



 テーブルの上に愛しのブラックタイガー(エビ)の姿はどこにもなく、あるのは剥かれた殻と虚空を見つめるつぶらな瞳の頭だけであった…



「なんじゃ、あるじ様もブラックタイガーを食べたかったのか? それでは、給仕に頼んで新しいブラックタイガーを…えっ? もう無いのか?」



 俺の為に追加のブラックタイガー(エビ)を注文しようとしたシュリであったが、給仕のメイドに首を横に振られる。


 俺は運命を呪った…一度引き合わせておきながら、俺の目の前で凌辱するなんて…そんな事が許されいいはずはない…



「ブラックタイガぁぁぁ!!!!」



 俺の魂の慟哭の叫び声が会場内に響きわたった。


 そして、俺の黒歴史に新たなページが綴られていくのであった…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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