第648話 演説

 定刻になり、シャーロットの凱旋の晩餐会が始まった。晩餐会は城の大広間で着座式ではなく立食式の形式で執り行われた。どういう訳か皇帝のカスパルの参列はなく、宰相のプリニオが司会を勤めた。


 もちろん、主賓は支援物資を手に入れて凱旋したシャーロットで、司会のプリニオが会場に集まる来賓に、今回のシャーロットの功績を救国の英雄として褒め称えている。


 式次第ではプリニオによるシャーロットの紹介が終わった後、シャーロットからの演説があり、その後、俺とミリーズが特別ゲストとして紹介される予定なので、舞台横で待機中だ。その他のメンバーはシュリ、カローラそしてポチが来賓として参加しており、カズオは他国の正式な晩餐会と言う事なので、気が引けて遠慮し部屋で待機するとのことだ。アルファー、クリスはそれぞれシャーロット、ミリーズの護衛として脇に控えているが、クリスが料理を目の前に待てをされた犬のように涎を垂らしそうなので、予め餌…いや食事…やっぱり餌でいいか…餌を与えておいた。


 舞台ではプリニオが少々大仰にシャーロットの紹介と説明をしており、会場側にいるシュリ達はプリニオの話を聞くふりをして、何かひそひそ話をしているようだが、俺とミリーズは舞台脇に待機しているので、そう言う訳には行かない。

 なので、暇潰しに会場の様子を見渡しているのだが、被災して壊滅しかかった割には人が集まっているし、テーブルには海産物をふんだんに使った豪華な料理が並べられている。

 やっぱりよくある話で、被災して下々の者は食うに困っているが、上の者は普段と変わらない贅沢な生活をしているというやつか…


 そんな風に思っていると、プリニオの演説が聞こえてくる。



「本日、ご用意いたしました料理は、支援物資を伴って凱旋されたシャーロット殿下の為に、民たちがこぞって持ち寄った海の幸でございます!! 気兼ねすることなくお召し上がりください!!」


 その言葉にもう一度会場の料理を見る。確かに畜産物は少な目で海産物の料理が殆どだ。中には俺とカローラのトラウマになったエビもある… しかも、あの美味そうなエビ料理を見るとトラウマを忘れて食らいつきたくなるぐらいだ…


 心の中で海産物の料理に涎を垂らしていると、シャーロットの挨拶が始まる。



「会場の皆さま、私の為に食材を用意して下さった国民の皆さま…そして、カイラウルの民たちよ、災害により塗炭の苦しみの日々を長きに渡って過ごさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした… その苦しみは筆舌に尽くし難かったでしょう… 私は物資不足で喘ぎ塗炭の苦しみに喘ぐ皆の為に、隣国イアピース、アシヤ領から支援物資と復興に必要な様々な技術を持ち帰りました!」



 シャーロットの言葉に会場から「おぉぉ!!」と歓声が沸き上がる。



「私がもたらした支援物資や新しい技術でも、すぐさま塗炭の苦しみを拭う事や、死者を蘇らせ以前と同じ生活を取り戻す事は不可能です… しかし、現状の月の無い闇夜の方角すら分からぬ海に漂うような今の状況に、行く先を指し示す灯台の様な物だと考えて頂ければよいでしょう… 支援物資を使って今を耐え凌ぎ、新技術を使い、つらい過去を塗り替えるような明るい未来を皆さまと共に作り上げていきたいと思いますわ!」



 シャーロットの言葉が会場に集まる皆の心に響き、まるで暗く長かった夜に差し昇る朝日をみるような目でシャーロットを見つめる。



「どうか! 皆さま! 私にこのカイラウルの復興の手を貸して頂けるようお願い申しますわ! より良い未来を! 皆が再び笑顔で笑える明日を迎える為に! 皆様のお力が必要です!! 未来は皆さまの手にありますわ!!!」



 シャーロットの言葉に合わせて会場の皆から、こぶしを突き上げ、勝鬨の声に似た歓声が湧き上がる。皆はシャーロットの語る未来に共感しているのだ。



「おぉぉぉ!!! シャーロット様ぁぁぁ!!!!」

「流石、我らがシャーロット様だ!!!!」

「シャーロット様が未来を指し示し、何者でもない、俺たちの手で俺たちの理想の未来を作り上げるぞ!!!」

「イエス! マイ! ハイネスッ!!!」



 会場の皆の気持ちがよく分かる。舞台袖で聞いていた他国の人間の俺ですら、熱くなってくるような挨拶であった。しかし…俺の所に最初来た時のシャーロットは自国の現状すら把握していない状態で、これで皇女か?と思ったほどであったが、そこから己が真実の現状を知り、移ろう時勢にめげる事もくじける事も無く、よくここまでの演説が出来るようになったものだ。

 マグナブリルがこの演説を聞いていたら恐らく感涙の涙を零した事であろう…


 俺と同様な思いを感じたミリーズと二人で、舞台袖から出来る限りの惜しみない拍手をシャーロットに送る。


 そして、演説を終えたシャーロットに代わって司会を勤めるプリニオが再び声をあげる。



「次に今回の命に等しい支援物資と未来を指し示す技術を供与して下さった、我らが恩人であり、人類史上二人目の聖剣の勇者であるアシヤ・イチロー様と、教会が初めて認定した初代の聖女ミリーズ様をご紹介いたします!」



そう言って、プリニオは舞台袖にいた俺とミリーズを指し示し、それと同時にスポットライト代わりの照明魔法が俺たち二人を照らし出す。



 …ちょっと待って… シャーロットがあんなに真面目で心に来る話をした後で、俺は何を話せばいいんだよ…全然考えてなかったぞ… マジどうするんだ!?


 ミリーズに助けを求めるようにチラリと視線を送るが、ミリーズの方は俺に任せるといった顔をしている… 本人は夫を立てる良い妻を演じたいつもりでいるようだが… こんな時に立てなくても…勃てるのは夜だけでいいんんだよ夜だけで…


 でもどうすりゃいいんだ?、林家ペーパーのノリで挨拶すればいいのか? いや…シャーロットの演説の後でそんなノリは許されんだろ… そもそも二人ともピンクの衣装は着てないし…


 俺は頭の中はぐるぐると混乱しているが、極めて平静を装いながら舞台の中央へと向かい、会場に集まる皆を見渡す。すると何か凄い事を言ってくれると期待に満ちた真剣な表情で俺たちの事を見つめる来賓達の顔が見えて、俺の混乱はさらに加速している。


 やっべぇ…地元のいつもの領民たちなら俺の事を分かってくれているので、何を言い出しても、「あぁ、またイチロー様が何か言い出したか…」で許してもらえるが、他国の者の前ではそう言う訳にはいかない。


 そんな俺の混乱を分かっているのか、来賓者の中に紛れているシュリがやれやれといった顔をして、カローラの方は俺が混乱している事を面白がっているのか、口元をジャングルの矢印のようにニヤつかせている…



「え…あ… 先程…紹介に預かった… イアピース国アシヤ領領主のアシヤ・イチロー伯爵だ… こちらにいるのが…聖女のミリーズだ…」



 とりあえず、自己紹介をするが、皆が「そんな事は分かっている。それでシャーロット様に続いて、どんな話を聞かせてくれるんだ?」といった目で固唾を呑んで静まり返って俺を見る…頼むから期待しないでくれ…



 ぎゅるるるぅぅぅぅぅ~



 そんな風に思いながら、何を話すか考えていると、静まり返った会場に誰かの腹の虫の声が鳴り響く。


 水を打つように静まり返った会場で、突如鳴り響く大きな腹の虫の声に皆の視線がその発生源に注がれる。そこは会場の壁際で、一応真面目に警護の素振りをしている見慣れた人物の姿があった… うちのクリスだ…


 皆から注がれる注目に最初のうちは知らぬ存ぜぬを貫き通していたクリスであったが、自分が犯人ではないと誤魔化す為に、皆の視線を追って後ろを振り返る素振りをする…


 クリス…そんな風に振り返って誤魔化そうとしても、後ろには壁しかないぞ…


 クリスは自分の後ろに壁しかない事を確認すると、「おかしいなぁ~」と言わんばかりに首を傾げる仕草をする。



 ぷっ!



 そんなクリスの仕草に俺はぷっと吹き出し、気を取り直す。そして顔を挙げて会場の来賓たちに向き直る。



「みんな! 聞いてくれ!」



 俺が声を上げると皆の視線がクリスから俺に戻る。



「俺が言いたい事は、みんなシャーロットが先に言ってくれた! だから、俺から特に付け加えて言う事は無い!」



 皆がえっ!?と目を丸くする。



「そんな事よりも、先程聞こえたように、皆も腹が減っているだろう、こんな御馳走を前に犬の待てのように待つ必要はない!」



 皆の顔が綻んで、笑い声が聞こえ始める。



「今は食って飲んで、今までの暗い気分を吹き飛ばして、明日の為の英気を養おう!!」


「「「おぉぉぉぉ!!!」」」



 こうして、俺は無事に演説を終える事が出来たのであった。


 

 

連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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