第643話 出迎え

 俺たち一行は、ようやく首都カイラウルが見渡せる距離まで辿り着いた。俺も馬車の御者台に出て街の様子を見てみるが、蟻騒動の時のハニバルのように街の周辺に被災難民のテントが林立しているような事は無かった。



 恐らく、被災直後はそうだったのであろうが、ここまで通ってきた集落にあった集団農場に被災難民を移住させたので今は無くなっているのであろう。



 だから、遠目に見れば災害があった国の首都には見えない。しかし、元冒険者の俺にとっては違和感を感じる。それは街の内外に行き交う人の数が非常に少ない事である。



 通常であれば、国の首都となると引っ切り無しに、商会の荷物を積んだ荷馬車や、個人の行商人、近隣の街や村々からなどの来訪者で、東京の渋谷のスクランブル交差点とまでは言わないものの、ちょっとした主要駅ぐらいの人の行き来はあっていいものだ。



 しかし、今の首都カイラウルはまるで厳戒態勢のように人や馬車の往来が無く、現に俺たち一行がここまでくる間に、すれ違う人や馬車を殆ど見かけなかった。



 まぁ、前回発生したアンデッドの大軍が、首都カイラウルから、隣国イアピースの俺の領地を目指して移動したので、他の旅人や商人が警戒してこのルートを使わないのも分かる。



 そう考えると、アンデッドの一件があった後に、ホラリスからカイラウル、そして俺の領地までやってきたブラックホークとルミィーは度胸があると思う。まぁ、ルミィーを含めカローラの家族が仕出かした事だから、なんら脅威ではないと思うが…



 


 そんな事を考えながら、手綱を操るクリスの横でカイラウルの街を眺めていると、その街の入口の所に人の集団がいるのが見えてくる。




「イチロー殿! 街の入り口あたりに人だかりが見えます!」




 手綱を握るクリスも気が付いて声を上げる。



「あぁ、俺にも見えてる。カローラ城を出る前にマグナブリルからカイラウルへ俺たちが行く事の連絡をしてもらっておいたから、恐らくは俺たちの出迎えのようだな」



 公式の使節団として他国の首都に入るのに、流石にハイオークのカズオを御者にしておくのは都合が悪いとは考えていたが、まさか街の入り口で出迎えまであるとは思わなかったので、クリスを御者にしていて正解だった。


 


 出迎えがあるという事は、ちゃんと国としてまた首都としての平常時の機能が発揮しているという事だ。また御者にしているクリスについても、以前ロアンがいた時に土下座して騎士団長にしてくれと言われた時に、仕方なく騎士団の装備を支給していたので国同士が立ち会う場の御者を勤めるのにちょうどよい姿だと思う。



 クリスも野生化せずに、いつもこの様な姿なら普通の人間に見えるんだがな・・



 とりあえず、カイラウル側に出迎えの準備があるようなので、俺は後ろのバス馬車の連中に知らせる為に立ち上がって天井の扉を開き、ひょっこり顔を出して声を出して後ろのバス馬車に知らせる。




「おーい! カイラウルの街の入口に出迎えの準備があるぞ!!」




 するとバス馬車の運転をしていたアルファーがこちらに気が付いて、御者台の前のガラスを上にあげる。




「分かりました! キング・イチロー様! 街の入口に出迎えの準備があるのですね!!」




 アルファーは復唱して答える。公式に面会する機会があるので、俺ですら事前に『麗し』の衣装に着替えて準備しているので、シャーロットやミリーズも既にちゃんと面会の準備をしているだろう。声を掛けた事で心構えも準備できるはずだ。



 俺は後ろのバス馬車に連絡をし終えると、席に座って前に向き直る。




「さて…どんな輩が待ち構えているのか…」




 俺自身も気を引き締めてカイラウルの出迎えに備える。



 そんな中、馬車は街の近辺へと差し掛かる。道の両脇には、被災難民がテントを張った跡や煮炊きをした焚火の跡が無数に見える。そして、道の続く先には城門の街の入り口とその前に、俺たちを出迎える一行の詳細な姿が見え始める。



 出迎えの一行は警戒する衛兵の物々しい集団ではなく、式典に参加する際に着用する式典装備の騎士と、同じく正装で身を整えた多くの文官達が立ち並んでおり、その集団の中央には紫色のトーガを着た一際目立つ人物がいる。



 紫と言えば高貴な者だけが着用を許される貴色なので、最初はシャーロットの父皇帝カスパル自ら出迎えに来ているのかと思ったが、カスパルにしては若くて痩せている。という事は、恐らく第二のアルフォンソと呼ばれている宰相プリニオであろう。



 なるほど、トップ自ら俺達一行を見定めると言う訳か…



 敵のボス自らお出ましという事で、更に胸の中で警戒度を一段階上げていく。そして、出迎えの一団を前に俺達一行の馬車は速度を緩めていき停車する。



 すると中央にいたプリニオと思われる人物は、一歩進みだし、良く通る声で確認をし始める。




「ようこそ帝都カイラウルへ!! 私はこのカイラウル帝国の宰相の務めを預かるプリニオ・デュッケ・パチェロと申します。そちらはイアピース国アシヤ領領主アシヤ・イチロー伯爵様と我がカイラウル帝国第39皇女シャーロット・プリンセッサ・カイラウル殿下が同行される御一行様でお間違えございませんか?」



 俺の使っている馬車は元々イアピース王家の使う馬車で、どこの国の何というものかを現す紋章旗を立てられるようになっており、今回もイアピース国の旗と俺と俺の領地を現す紋章旗を掲げている。だから、貴族や政府の高官であれば見間違うはず等ないのだが、一応、礼節上での確認をしてくる。



 俺はプリニオから確認されたので、馬車の御者台からひらりと地面に降りる。すると、入口に到着する前に見えて、まさかとは思っていたがご丁寧にベルベット製のレッドカーペットが敷かれてある。これは国賓レベルの出迎えだ。



 俺はその出迎えに内心、少し驚いたが、そんな素振りは見せずに、必殺のキラキライケメン爽やかフェイスを装い、臆することなくレッドカーペットの上を歩いて進み出た。




「私はイアピース国アシヤ領領主アシヤ・イチロー伯爵だ。斯様な出迎えに感謝する。カイラウル帝国第39皇女シャーロット・プリンセッサ・カイラウル殿下は後ろの馬車においでだ」



 そう言って視線を後ろのバス馬車に促すと、護衛騎士の姿をしたアルファーを先頭にミリーズにエスコートされながらシャーロットが馬車の中から降りて来る。


 そして、俺の所に歩いて来ようとするのだが、シャーロットはレッドカーペットの上を歩く事に慣れていないのか、避けて歩こうとしてミリーズがさっとレッドカーペットの上にシャーロットを引き戻す。



「あぁ、そういうことですのね」



 独り言のように呟くと、気を取り直してスタスタとレッドカーペットの上を歩いてくる。そして、俺の横に堂々と並び立つと、途端にプリニオがさっと膝をついて最上の敬意を表す。そんなプリニオにシャーロットは驚く事も臆する事もなく、正々堂々と声を上げる。



「私はカイラウル帝国第39皇女シャーロット・プリンセッサ・カイラウルです。祖国の危機に際して、隣国であり友好国のイアピースに赴き、ここにおられますアシヤ・イチロー伯爵に祖国の支援をお願いし、今、その支援物資を携えて戻りました」



「これはこれはシャーロット殿下… このカイラウル帝国の為に単身でイアピースに赴き、国の為、民の為にこの大陸の英雄であり勇者であるアシヤ・イチロー伯爵から支援物資の援助の取り付けの大役…見事果されました… この功績はこのカイラウル帝国にとって、シャーロット様も英雄や勇者と同等の功績とみなされる事でしょう… 誠にお疲れ様でございました…」



 プリニオは俺の予想とは異なり、シャーロットに対して完璧な臣下の礼を行う。そして、シャーロットに対して感動に満ちた顔をあげる。



「私を筆頭に城に勤める者たちのみならず、この街、この国中の者がシャーロット殿下の帰還を一日千秋の思いで待ちわびておりました! 街の中では皆がシャーロット殿下のご尊顔を拝謁し、感謝の念を表したくパレードの準備をしております! さぁ! シャーロット殿下、カイラウルの街を凱旋してくださいませ!」



 軽くあしらわれるのではないかとの思いとは裏腹に、大仰な歓迎が待ち受けていた事に、俺は拍子抜けするのであった。




連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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