第641話 寓話

「なるほど、それでカズオが元の姿に戻っておった訳じゃな?」



 シュリはレモネードの入ったグラスを置くと納得したように話す。



「あぁ、朝、ロフトから降りて、足元に金のカズオの死体と、台所にびしょ濡れで湖のほんのり生臭い水の滴りを落とすカズオが料理している姿を見て、めっちゃ驚いた。恐らく自力で湖の精霊のところから戻ってきたんだろうな」


「それで、馬車の入口から台所までアイリスが歩いた後のように濡れておったのじゃな…」



 確かにそうだけど、アイリスをナメクジのように言うのは止めて差し上げろ…



「それで金のカズオの死体はどうしたんですか? もしかして、普通のカズオが加工肉にしたんじゃないでしょうね…私、そんなの口にするのは嫌ですよ…」



 カローラがえんがちょって顔で言ってくる。



「いや、殺されたことでただの金の像のカズオに戻ったようだから、今後の資金になると思ったから俺の収納魔法の中にしまっておいたぞ…気持ち悪かったけど…」


「マジですか!? イチロー様!! あれだけの金の量だったら、私たち大金持ちですよっ! もうカードなんて買いたい放題じゃないですか!!」


 

 カローラは瞳を輝かしてふんふん!と鼻息を荒くする。



「いや、確かにそうなんだけど… あの殺された状態の金のカズオの塊では換金しづらいだろ… それにそんな形だから金の価値が下がりそうだし、一度鋳つぶしさないとダメだな」


「イチロー様、こういう事ならシュリを止めずに、金のシュリも出しておけば良かったですね、しかもドラゴンになってから殺せば、一生遊んで暮せるだけのお金が手に入りましたよ…」


「カローラよ、其方はとんでもない事を言い出すのぅ… 金のカズオもそうじゃが、金の為に、仮にも仲間に手を掛けようというのか?」


 勿体ない事をしたという顔をするカローラに、シュリは呆れたように口を開く。


「なら、カズオみたいに、シュリ自身が金のシュリを殺せばいいんじゃない?」


「自分で自分の分身を殺せというのか? それは自殺なのか他殺なのかどうなんじゃろ…どちらにしろ、わらわはそんなややこしい事はしたくないのぅ…」


 気乗りしないシュリにカローラは俺の方に向き直る。


「ねぇねぇ~ イチロー様~ さっきの湖に戻って、もっと金を貰いましょうよ~ 一番、お金になるのはドラゴン状態のシュリですけど、何でしたら私も協力しますので…」


 カローラは娘が父親におねだりするようにすり寄ってくる。


「何でしたら自分も協力するって… ほぼドラゴン状態のシュリをあてにして、自分はやる気ねえだろ… まぁ…陽キャでアメリカンなカローラも見てみたくはあるが…」


「陽キャな私って… そんなのいたら、私の居場所が奪われるじゃないですか…」


 陽キャな?妹たちに居場所を奪われてきたカローラにトラウマが蘇る。


「だろ? それにあの手の話は欲を出すと碌な事にならないって逸話があるんだ」


「あるじ様よ、碌な事にならないってどんな逸話なんじゃ?」


 トラウマが蘇るカローラに代わってシュリが聞いてくる。


「俺もあんまりよく覚えていないんだが…確かアダムとイブという原初の人間の男女がいてだな…」


「ほぅ…ただの昔話のようなものかと思えば、世界創生神話のようなところから始まるのか」


 シュリは興味を惹いて目を丸くする。


「その頃の人間には男女両方に玉があってな、しかも今のような金玉じゃなかったんだ」


「ん?」


 シュリは何か頭の中で引っかかったような顔をする。


「ある日、アダムが一人、湖に立ちションをしている時に、誤って玉を湖に落としてしまったんだ… すると湖から水の女神が現れて、『貴方が落とした玉はこの金の玉ですか?銀の玉ですか?それとも普通の玉』ですかと尋ねるんだ」


「ちょっと待つのじゃ! いや…続けてくれ… 話は全部聞いてからにする…」


 シュリは何か言いたげだったが、続けてくれと言うので俺は話を続ける。


「それで、正直者のアダムは素直に『私が落した玉はその小汚い普通の玉でございます』と述べるんだ。その正直な答えに感心した女神はアダムに金の玉を与えたんだ」


「…それから?」


 シュリは眉を顰め口をへの字にして話を聞き続ける。


「金玉を手に入れたアダムに嫉妬したイブは自分も金玉を手に入れようと湖に向かうんだ。そして、アダムと同じように湖に玉を投げ込むと、再び水の女神が現れてアダムと同じように尋ねるんだ」


「………」


 どういう訳かシュリの機嫌が悪くなっていく。


「そこで欲深いイブはアダムのように正直に答えずに、『自分の落とした玉は光り輝く金の玉』だと告げる。するとイブの嘘と欲深さに怒った女神は、イブの玉を持ったまま消えてしまったんだ…これが、男には金玉があり、女には玉のない理由なんだよ」


 話し終えた俺はシュリに向き直る。


「話は終わりか? あるじ様よ…」


「あぁ、終わりだ、感想はどうだ?」


「…どこから突っ込もうと思ったが、最初から最後まで突っ込みどころしかない話じゃったわ!!」


 シュリは少し声を荒げる。


「おいおい、何怒ってんだよシュリ…もしかして、シュリはドラゴンだから宝玉の代わりに金玉が欲しかったのか? なら回収した金のカズオの…文字通り金玉をシュリに渡そうか?」


「いらんわそんなもの! そもそもなんじゃ! 世界中の女性を馬鹿にしておるのかっ!? それに、なんで自分の住む湖にションベンされているのに女神が褒美を渡すんじゃ!」


 シュリは怒こになって声を荒げる。


「いや…女神にそっちの趣味があったんじゃないかなぁ~?」


「『あったんじゃないかなぁ~?』ではない! そのような事を言っておったら女神さまの罰が当たるぞ!! そもそもオスの子種玉の事を金玉などと言っておるのは人間だけじゃぞ? わらわもオスの獣を獲って食ってきたが金の玉など出た事はないわ!!」


「だから、金のカズオからは正に言葉通りの金玉がとれるんだぞ? いらんのか?」


「いらんわっ!!」


 そこへ今まで黙っていたカローラが口を開く。


「兎に角、欲を出すのが良くない事が分かりました… 私も今更玉を貰って男になりたくありませんし、カズオの金玉なんて欲しくありません…」


「あっしの事、呼びましたか?」


 外の御者台からカズオの声が響く。


「いや、呼んでおらん!」


「そうでやすか、シュリの姉さん、で…旦那ぁ~そろそろ、次の集落が見えてきやしたよ」


「おっ、そうか、一応生存者がいないか確認するか…」


 こうして馬鹿話は終了したのであった。



 

連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので

作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る