第640話 金のカズオ

 水面からモリモリのせり上がってくる姿…それはカズオではなく…女性…いや女神? 水の精霊か? どちらにしろ身体を透き通った水で構成された巨大な女性の姿が現れる。


 そして、その水の精霊は、口を開き目を皿の様に見開いて驚く俺を見下ろしながら、フフフと微笑を浮かべる。


 この信じられない状況に、皆が俺の元へと集まってくる。水の精霊は皆が集まったのを確認すると、その口を開き始めた。



「皆さん、驚かないでください… 私は… この湖を守護する湖の精霊です…」



 見ていれば大体見当がついていたのだが、湖の精霊は自己紹介をする。



「貴方が、湖に落としたのは金のオークですか?それとも銀のオーク? もしくは、ただの小汚い普通のオークですか?」



 えっ!? 何これ!? イソップ童話の金の斧の話!? 俺たちがカズオを湖に落とした事になるの!? ってか、湖の精霊にとっては普通のカズオは小汚いオークなんだ…



「まぁ…この湖に殆ど神に近い精霊様がおられるとは…」



 ミリーズが聖女らしい言葉を漏らす。



「カイラウルの湖にこの様な精霊様がおられるとは…でもカズオさんを返してもらわないとラーメンの作り方を教えてもらえませんわ」



 シャーロットはラーメンのついでなのかカズオの心配をする。



「ねぇねぇ、イチロー様、あの精霊を倒して、金と銀のカズオを手に入れませんか? カード買いまくれますよ?」


「金と銀は兎も角、カズオを取り戻さねばならぬのぅ…わらわのブレスで湖の水を蒸発させればよいか?」



 ミリーズやシャーロット達とはうってかわり、カローラとシュリは血の気が多い。



「ちょっと待て! シュリ! そんな事をすれば、カズオごとゆで上がってしまうぞ! ここは俺に任せろ!」


「確かにわらわのブレスではカズオまでゆで上がってしまうのぅ…ここはあるじ様に任せるか」



 あの寓話どおりの状況なら、正直に話せば、金・銀・普通と三種類のカズオを渡されるはずだ。…まぁ…三人もカズオはいらんけど、金と銀はカローラの言う通り、鋳つぶして金すればいいだろう…


 俺はゴクリと唾を飲み込んで湖の精霊に向き直る。



「俺たちが落としたのは金のオークでもなく、銀のオークでもなく、小汚くてちょっと女装癖のある料理人の普通のオークだ!!」



 俺は何故金と言わない!と言いたそうなカローラを無視しながら、包み隠さない真実を述べる。すると湖の精霊は俺の返答に満足そうにうんうんと頷く。



「貴方が落としたのは確かに小汚くてちょっと女装癖があって、お尻で遊ぶ癖がある料理人の普通のオークです…」



 なんか、カズオの説明事項か追加されている…ってか、アイツ…まだ尻オナやっていたのかよ…



「そんな正直者の貴方には、褒美としてこの金のカズオを授けましょう…」



 そして、俺の目の前にドンと金のカズオが置かれる。



「正直者よ…これからも正直に生きるのですよ… では、私はまた100年の眠りに着きます… さようなら…」


「は?」


 そう言い残すと湖の精霊はブクブクと湖の中へと戻っていく。



「ちょっと待て! 普通のカズオは!? 普通のカズオはどうなってんだ!?」



 寓話通りなら、金だけではなく、銀と普通のカズオも貰えるはずだ。なのに金だけってどういうことなんだ!?


 しかし、湖の精霊は俺の声を無視するように、湖の中へと消えていき、金のカズオだけが残される…



「えぇぇ… マジかよ…」


「あるじ様よ…」



 驚愕する俺をシュリが心配そうな顔で見上げてくる。



「これは…どういうことなのじゃ? 今までのカズオは戻って来んのか?」


「いや…逸話通りに正直に答えたのなら、金・銀・普通の三つのカズオが返されるはずなんだが…」


「…そうはならんかったという訳じゃな? それならば仕方が無いのぅ…」



 シュリはそう言うと、ずんずんと湖の方向へと進んでいく。



「シュリ!ちょっと待て!どうするつもりなんだ?」


「どうするもこうするも、湖の底へ、わらわたちのカズオを探しに行くんじゃ」


「待て待て待て! シュリ、お前まで湖の精霊に攫われて、金のシュリとかになったら話が面倒になるっ!」



 そう言って、湖に進もうとするシュリを羽交い絞めにして止めさせる。



「シルバードラゴンであるわらわが金になるじゃと? そうなると、わらわがホネスネ家と同じゴールドドラゴンになるのか…それは嫌じゃのぅ…」


「そのホネスネ家ってのはなんだよ…」


「あぁ、わらわの知り合いのゴールドドラゴンの一族でのぅ… 成金趣味で財産を自慢して人を見下す、いけ好かない輩なんじゃ… よく財宝を見せびらかしては『これゴールドドラゴン専用なんだ』とか言ってくるんじゃ」



 なんか猫えもんのスネ夫みたいな奴だな…



「イチロー、それでどうするの?」



 ミリーズがカズオの金の像を見ながら聞いてくる。



「この金の像のカズオはお金にするとして、普通のカズオはどうします?」


「金の像になったカズオさんからはラーメンの作り方を教えてもらえませんわ」



 カローラとシャーロットも金の像になったカズオを見ながら聞いてくる。



「安心してくだせい! 皆さん!」



 するとただの金の像だと思っていたカズオが突然動き出して喋り出す。



「きぇぇぇぇぇあぁぁぁぁぁぁしゃべったぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 ただの金の像だと思っていたカズオが喋り始めたので、驚いたシャーロットが腰を抜かしながら声を上げる。



「HAHAHA! ドントビサブライズッ! 驚かないでくだせい! ミーもカズオでっさ!!」


 なんだか、カズオがアメリカンナイスガイ風に爽やかに答える。



「えっ? なんだか話し方が違うけど… マジでカズオなのか?」



 恐る恐る金色のカズオに尋ねる。



「Yes! サーマスター!! ミーは当者比200%の性能を持ったゴールドクラスのカズオでやす!!」


 

 金のカズオはムキっと腕で力こぶを作りながらウインクして答える。



「では、フォローミー!! 旅の続きをしましょうか!」



 そして、出発しようと馬車に向けて歩き出す。



「待て待て!」


 

 俺はそんなカズオを呼び止める。



「why? 早くMiss.シャーロットをカイラウルに送らなければならないのでは?」


「いや…その…今日は…ここで一泊する…」


 

 流石にこんなアメリカンナイスガイ風のカズオのままで旅を続けるわけにはいかない。



「Well… なるほど… この湖のほとりで息抜きのキャンプをしよって事でやすね!!」


「えっと…まぁ…そういうことだ…」


「Okay!! ならキャンプにはBBQがつきものでやすねっ!!」


「は?」



 金のアメリカンナイスガイ風カズオは勝手に物事を決めていく。



「Hey!! ポチ!! カモーン!!」



 カズオは馬車の横で一休みしていたフェンリル状態のポチに声を掛ける。すると、ポチは少し違和感を覚えながらも掛けてくる。



「わぅ、カズオ?」


「HAHAHA! アイアムカズオでさ! それよりポチ! BBQの為に肉が必要だ! ミーと獲物をレッツハントするでやす!」


「狩? ポチ! 狩に行く!!」


 ポチはひょいとカズオを背に乗せると、楽しそうに森の方へと駆けていった。そんなカズオとポチを見送ってシュリがポツリと呟く。



「もし、湖に入って金のわらわになっておったら…あんな風になっておったのか…」


 金髪ブロンドヘアでぼっきゅうぼんのアメリカンナイズのシュリか…それはそれでちょっと見てみたかったな… でもあくまで日本のコミックに出てくるアメリカ娘でオブリにでてくるような北米版は嫌だな…



「ところでどうするんですか…イチロー様」


 カローラが眉を顰めて聞いてくる。


「どうするもこうするも、俺にもどうしたらいいのか分かんねぇよ…」


「陰の私にとって、今のカズオは陽の気が強すぎて、近寄りづらいです…」


 アメリカ人って陽キャそのものって感じだからな…陰キャのカローラには近寄りがたいか…


「とりあえず、様子見するしかないな… 一日経てば元のカズオに戻るかも知れんし…」



………


……




 そんな訳で猪と鹿を狩って来たカズオは、陽気に鼻歌交じりにBBQを始める。



「ミーの自慢のBBQソースで仕上げたスペアリブが焼き上がりやした! プリーズ エンジョイ! ユアミール!!」


 そう言ってほかほかに湯気をあげるBBQを差し出す。



「お! これはいけるのぅ! いつもの骨付きあばら肉よりうまいぞ!!」


 シュリが美味そうに骨付きあばら肉に食らいつく。


「HAHAHA! 料理の腕も当者比200%でやす!」


「あら、本当に美味しいわ!」


「肉に齧り付くというのも野性味があって楽しいですわね!!」


 ミリーズもシャーロットも満足そうに骨付きあばら肉を頬張る。


「これなら何本でもいける!!」


 クリスも目の色を変えて骨付きあばら肉に食いつく。


「もう、このまま金のカズオでいいんじゃないですかね?」


 カローラも満足そうに口をもぐもぐと動かす。


「いやいや…そう言う訳には…って、マジでこの骨付きあばら肉…美味いな…確かにいつもの倍美味い…」


「HAHAHA! これからも料理の事はこのゴールドのあっしに任せてくだせい!!」



 そうして、その日の夜は金のカズオのBBQを堪能したのであった。




 そして次の日の朝…昨晩たらふくBBQを食った俺は馬車のロフトで目を覚ます。両隣には美味い食べ物でお腹を満たされて、満足そうに眠るシュリとカローラの姿がある。


 俺は二人を起こさないように、静かにロフトから梯子を使って降りると、水の生臭い匂いと床の足元に何かがぶつかる。



「ん? なんだ?」



 足に当たる硬い感触に徐に足元を見た。



「ひぃっ!!」



 俺は短い悲鳴をあげる。そこには頭を包丁で叩き割られた金のカズオの死体が横たわっていたのだ!



「あ… 旦那… 起きたんでやすか…」



 カズオが殺されているはずなのにカズオの声がする。俺は慌てて声の方向に視線を向ける。



「!!!」



 そこには水を滴らせながら朝食をつくるいつもの普通のカズオの姿があった…



「今…朝食を作っている所ですので…暫くお待ち下せい… 朝食を作り終えたら… ソイツは…片づけておきやすので…」


 カズオは水を滴らせながら、こちらに振り向きもせず、ただまな板の上だけ見て答える。


「お…おぅ…分かった…」



 こうして、カズオを取り戻す問題は解決したのであった…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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