第639話 料理人カズオ

「ぷはぁ~~~」


 シャーロットはスープを飲み干していたラーメンどんぶりをドンとテーブルの上に置く。


「カローラ城に滞在している間の食事は毎回、私の食べた事の無かったものばかりでしたけど、旅の食事までこのように食べた事の無い美味しい食事が出てくるとは思いもしませんでしたわ! これは何という料理なのかしら?」


 シャーロットは満足そうな顔をしながら尋ねる。


「あぁ、そいつはラーメンだよ、天上天下一品って種類のな」


 俺もスープを飲み干したラーメンどんぶりをドンとテーブルに置きながら答える。


「種類と言う事は、他にも別の味のラーメンがございますの?」


「あぁ、メインの味でわけると醤油系と味噌系、それに塩系があるな、出汁の種類でわけると鶏白湯系、豚骨系、魚介系とか、あと全体的なスタイルで北島二郎系とかハウス系とか背脂系とかもあるな」


 俺が答えると、シャーロットは驚くような、興味を惹かれるような、そして最後には残念そうな顔をする。


「それだけ色々なラーメンがあるのですね、全て味わってみたいですわ! …でも、これから私はイチロー様の領地に行くことが出来ず、カイラウルで国を治めねばなりません…残念ですわ…」


 ラーメンを美味しそうに食べていたシャーロットが、もう二度と食べられないと思って残念そうな顔をしていると、俺もシャーロットが気の毒に思えてくる。そこで俺はカズオに向き直って声を掛ける。


「なぁ、カズオ」


「なんでしょう?旦那ぁ」


 れんげでちまちまとスープを啜っていたカズオはれんげを降ろして答える。


「このラーメンのレシピって作ってるか?」


 基本的な作り方や材料を教えたのは俺だが、俺の言葉からちゃんとした形に作り上げたのはカズオである。このラーメンのレシピはカズオしか知らないのである。


「レシピですかい? 頭ん中で覚えてやすので、何かにメモしているってのはねぇですね」


「そうか…紙と書くものを渡すからレシピを書いてもらえないか?」


 そう頼むとカズオは珍しく眉を顰めて頭を捻り始める。


「ん? もしかして秘伝とか門外不出とかでレシピを広めたくないとかか?」


「いえいえ、そんなのじゃありやせんよ、カイラウルでもシャーロット嬢が召し上がりたいと仰るなら、レシピを渡す事はやぶさかではありやせん。ただ… なんていいやすか…言語化できない経験と言うかコツのようなものがありやしてね… それをどう表現するか… レシピを見ただけでは再現できないと思うんでやすよ…」


 流石は食にこだわりを持つ男、俺のメンバーの岡星…って言い方をすると益々俺が山宮士郎っぽくなるな…


「それを何とかできないか?」


「うーん…難しいでやすね…」


 ここで『できらぁー!!』って答えたら俺の中で『ウルトラ食いしん坊』のコウスケ君ポジになるのだが、カズオはコウスケと違って慎重だな…


「出来ればあっしが直接料理人に教えられるなら、そちらの方がいいでやすね」


 そのカズオの返答にシャーロットに向き直る。


「それなら、カイラウルに滞在する間、カイラウルの料理人に教えてもらえないかしら!」


「いいでやすよ! あっしがいなくてもシャーロット嬢にあっしの料理を召し上がっていただけるように頑張りやす!」


 どうやらカズオ飯の話はケリがついたようだ。


「ところでカズオさん、このラーメンという料理はどこの地方の料理なのかしら?」


「いや…あっしも旦那の話を聞いて作ったもんで…」


 レシピの話から代わり、シャーロットはラーメンの発祥の地を聞き始める。すると、回答に困ったカズオは俺に向き直る。それに気付いたシャーロットも俺に向き直る。


「このラーメンはイチロー様の故郷の料理ですの?」


「えっと、まぁ、そんなところだな…」


 異世界とか現代日本と言ってもシャーロットには通じないので、曖昧に答える。



「そうなのですか、イチロー様の故郷は水資源と森資源が豊富なところなのですね」


「ん? どうしてそんな風に思うんだ?」


 

 予想外のシャーロットの言葉に逆に問い返す。



「だって、麺を茹でるだけであれだけの水と薪を使うのはその証拠ですよ。例えば、水資源の乏しい地域では、遠方の川まで水汲みをしたり、深い井戸から水をくみ上げたりします。大都市では河川に生活排水を流すので河川の水が飲食に使えず、井戸の水を使う事になりますが、人口に対して井戸の数が足りなくなるので、何度も汲みに行けません」


「へぇ~そうなんだ… 俺はあちこち冒険しているけど、そこの住民の生活状況を観察したりするほど留まったりしないからな… 水が無ければあるところに移動するし、それにいざとなったら魔法で水をどうにかしているし、領地も山脈からの雪解け水が豊富だから意識してなかったよ。よくそんな事を知ってたな、シャーロット」


 シャーロットに説明されて初めてその通りだなと気が付き、うんうんと頷く。だが、シャーロットはそんな俺の反応に怪訝な顔をする。


「えっと…この話はイチロー様のところで、マグナブリル先生やディート君の授業で教えて頂いた話なのですが…」


「………」


 俺とシャーロットの間に気まずい空気が流れる。


 よくよく考えたら、俺、領主なのにマグナブリルから為政者になる為の講義とが、全然してもらってないよな…まぁ、俺からもしてくれとは言ってないが…でも、全然勉強とかしなくていいのか?俺… もしかして、俺…勉強を教える価値無しと見限られているのか?


「ま…まぁ…イチロー様は領主ですから… その、自領の状況の事だけ考えていれば良い訳ですし… 離れた地域の気候や環境の水資源の状況など、気にする必要はございませんわ…」


 落ち込み始める俺を見て、シャーロットが慌てて気遣いの言葉をかけ始める。…とは言っても、今後国家元首になる人間から領主に慰めの言葉を貰っても、なんだかなぁ…


「そ、そういえば、旦那ぁ!」


「なんだ?カズオ」


 カズオも俺を気遣ってなのか、空気を換えようと話しかけてくる。


「水の話をしていて思い出したんでやすが、そこの湖で水を馬車に補充しておこうと思うんでやすが、出発は少し待ってもらってもいいでやすかね?」


「あぁ…水の重要さの話をしたばかりだ。満タンになるまで汲んでいこう。俺も薪を集めておくよ」


 そう言う訳で、俺は薪を、カズオは水汲みを始める。


「ここの湖、岸辺から見ると結構深いでやすね… 底が見えねえでやす」


 そう言ってカズオが湖に手桶を突っ込み水を汲み始める。


「なら気を付けて汲めよ、湖の中に魔物がいるかも知れんからな」


 俺は手斧で手軽そうな木を伐採しながら答える。


「へい、泳ぎは達者な方なんでやすが、魔物の方はさっぱりなんで気を付け…あっ!」


 言い終わる前にカズオが驚きの声を上げたかと思うと、ドボーン!と水に落ちる音と辺りに水しぶきが舞う。カズオが足を滑らせて湖に落ちたのだ。


「おいおい! カズオ! 大丈夫か?」


 ただ、湖に落ちただけなので、俺は手を止めてカズオが落ちた場所を見る。


 湖の水深が深いといっても岸辺だし、カズオ本人も泳ぎが達者方と言っていたので、すぐにひょっこり顔を現すものだと考えていたが、水面に泡が浮いてくるばかりで、中々カズオが姿を現さない。


「ちょっと!カズオ!! 大丈夫か!? もしかして、水中に魔物がいたのか!?」


 俺は即座に聖剣を取り出し、カズオが落ちた岸辺へと駆け出し、水面から水底を覗き込む。


 すると水底からブクブクと大量の泡が上がってきて、次第に水面が大きく盛り上がり始める。



「カズオ!!! 大丈夫か!? って… 何だ… こりゃ…」



 俺は水面から現れる信じられないものを目の当たりにした。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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