第638話 慢心、環境の違い

 俺にとっては二重の意味で黒歴史になったあの村を出てから半日が経った。今回はカローラもエビの洗礼を受けて黒歴史を背負う事になったので、めでたく初期メンバー全員があの村で黒歴史を背負う事になった訳である。


 本来であればトラウマを思い起こすので二度と立ち寄りたくない村であるが、カイラウルの首都に向かうルートにあり、またホラリスに向かうルート上でもある。なので、今後カイラウルやホラリスに用事がある時は避けられない村なのである。


 しかも、今回の一件で、村総出で俺とカローラが食べたエビの養殖を始めるそうで、村の特産品にするそうだ。仮に村に立ち寄って食事をする機会があっても、どんな顔をして食えばいいんだよ… しかもエビの宣伝文句が『あのアシヤ・イチローがだだをこねてまで食べたがったエビ!!』とかなりそうで怖い…


 そんな広告をうたれた日には俺の沽券に関わるが、他国の村の産業の話だし、そもそも確かにだだをこねたみたいになったしで、止めさせようが無い…


 

「はぁ…」


 

 俺は溜息をついて、気晴らしに読んでいた本を閉じてテーブルの上に置く。やはり、本を読んでも、この何とも言えない気持ちを紛らわす事は出来ない。俺も上のロフトにいるカローラのようにふて寝でもしようかと考える。


 そんな俺の目の前で、カズオとシュリが肉塊を持って作業をしている姿が目に留まる。



「カズオ」


「へい、旦那ぁ、なんでやすか?」



 何気なくカズオに声を掛けると、カズオは肉を持ったまま振り返る。



「手に持っている肉やそこらに置いてある肉って、もしかして…アレか?」


「へい、旦那が倒した虎の肉でやす、エビの味はしやせんし、普通の肉と比べて臭みがあって、旨味も足りないみたいでやすので、ちょっとハムやベーコンにしてみようかと思いやして…」


「…虎なんだからエビの味はしないのは分かってんよ!」


 俺はエビと言う言葉を聞いてムッとする。


「しかし、シャコタイガーは美味かったでやすね、あっしもあんな味の肉を食ったのは初めてでやした」


「あぁ、確かにシャコタイガーは美味かった… マジでシャコの味がするんだもんな… 流石はシャコパンチをするだけはある」


 あの虎の群れを倒した後、そのまま死体を放置するのも勿体ない気がして、肉を試食してみたのだが、どれも臭くて脂がのっていなくてしかも固いという、あまり良い肉ではなかった。しかし、シャコタイガーだけはエビにタラバカニの味を足したような濃厚な味があってマジで本物のシャコエビかと間違うぐらいの味わいであった。


 シャコタイガーの味を思い出す俺にシュリが手を止めて声を掛けてくる。


「シャコの味がするって、シャコタイガーなのじゃから、シャコの味がするにきまっておるじゃろ」


「いやいや、俺はシャコタイガーだからシャコの味がするという意味で言っているのではなくて、シャコエビのシャコの味がしたって言ってんだよ」


 なんか自分で言っていて頭がおかしくなってくる。


「なんじゃ、あれだけ食わせてやったのにまたエビの話か… しかたないのぅ…あるじ様は… また、わらわがそこらの川や湖でエビを取って来てやるから、それまでは辛抱せい」


 くっそ…まただだをこねているように思われているのか… しかもオカンなシュリが子供の我儘を聞く変な母性を発揮してやがる…


「確か、カイラウルの首都は沿岸沿いの都市だったよな… ならば…シュリ!」


 俺は立ち上がってビッシとシュリを指差す。



「カイラウルで、お前に本物のシャコエビというものを食わせてやる!!」



 そう言って宣言する。すると、上のロフトからカローラがひょこっと顔を出してくる。



「イチロー様、先程のセリフ、なんだか小物界の大物の旨しんぼの山宮士郎っぽかったですよ」


「うるせー! カローラ! 俺をあんなのと一緒にすんなっ! お前はふて寝してろよ!」



 カローラに言われて、確かに山宮士郎っぽかったので、気恥ずかしくなってくる。



「なんじゃ、あるじ様、カイラウルについたら、今度はあるじ様がわらわに御馳走してくれるのか、では楽しみにしておるぞ?」



 シュリはシュリで微笑んでくる。だが、その笑顔が何と言うか…子供が母親に『かーちゃん、俺大きくなったら、かーちゃんに美味い物くわせてやるよ!』と言った時の母親の笑顔に見えてくる。


 

 …ヤバイ…だだをこねたと思われて気を使われた事がトラウマになってるな…



 そんな事に悩んでいると、馬車がゆっくりと停車し始める。そして、御者台の方からレイの人物の声が響く。



「イチロー殿ぉぉ!! お昼にするのに相応しい水場についたぞぉぉぉ!!!」



 クリスの声だ。何故、城に残っている筈のクリスが御者をしているのかと言うと、クリスは俺の方の馬車ではなく、バス馬車の方に隠れ潜んでいたのである。で、あの黒歴史の村で虎の肉の匂いに誘われて外に出てきたわけだ。


 何故バス馬車に隠れ潜んでいたかと言うと…盗み食いをして逃げ隠れているのではなく、クリスが言うにはティーナと顔を合わせづらいという事らしい…


 そもそも、クリスは騎士だった父を魔族との戦いで亡くし、その後をついだ兄も同様で魔族との戦いで戦死し、残っていたクリスが、家職として騎士の役目を引き継ぐ事になった訳である。

 しかし、家職の騎士は兄が継ぐものとして、クリスは普通の貴族令嬢として育てられていたので、突然、騎士をするわけにはいかない、だから、ティーナと交友があったので、ティーナ専属の護衛騎士の役目を与えられる事になったのだが、俺とティーナの一件で功を焦ったクリスが俺を無断で追跡し、その末で行方不明の死亡扱いにされてしまったのである。

 だが実際の所は、カローラ城でフリーダムな野生児生活を続けていた訳で、殊更、ティーナに合わせる顔がないという事だ。


 しかしクリスよ…カローラ城での居場所も失えば、お前の居場所はもうどこにもないぞ?本当に野山で野生化するしかなくなってくるぞ…


 まぁ…クリス本人の問題だし、マグナブリルが責任を持って面倒を見ると言っているから、俺がとやかく言わない方が良いだろう…この旅の間ぐらいは好きにさせてやるか…どうせカローラ城に戻ったら、またマグナブリルに怒られるだろうし…


 クリスの事を考えても仕方が無いし、駄々っ子扱いされて馬車の中は居づらいので、俺は馬車の外に出る。


 すると一早く馬車から降りていたクリスとシャーロットが湖の側で、両腕をぐっと伸ばして背筋を伸ばしていた。


「くぅぅ~ 馬車の中にいると身体を凝り固まってしまいますわ!」


「私もです! 自然の中にいると何だか心が落ち着きます!」


「あら、奇遇ですわね!、私も緑のあることが好きですわ! オーディンもそうよね?」


「あんっ!」


 どういう訳か、クリスとシャーロットが意気投合している。


 ん~ よく考えるとクリスもシャーロットも天然系だよな… でも、同じ天然系でも、頑張る系のシャーロットとどうしようも無い系のクリス… どうして差がついたのか…慢心、環境の違いか?


「旦那ぁ~ とりあえず、飯にしましょうか~」


 馬車の入り口からカズオが声を上げる。


「「はーい!!」」


 すると、俺に声を掛けたはずなのに、クリスとシャーロットが返事をする。本当に意気投合しているようだ。


 …良かったなクリス…気の合う友達が出来て…まぁ、シャーロットが王位につくまでの間だけど…


 そんな事を考えながら俺も昼食の準備を手伝うのであった。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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