第637話 ブラックタイガー

 今現在は食料に困ってないとの事だが、爺さん婆さん達に対してカズオ…いや、今はカズコか…カズコが料理を作って炊き出しが行われている。

 以前の俺の襲撃や、魔獣の侵攻を教訓にして、皆、家の下に地下室を作り、そこへ食料を溜め込むだけではなく、暫くの間、隠れ顰めるようにしておいたらしい。

 また、アンデッドが人間の使う街道通りに侵攻したのではなく、森を通る最短ルートを使った為、ここらを通るアンデッドの数はそれ程でもなかったそうだ。


 しかし、全く被害が無いかと言えば、そうではなく、やはり多少田畑は踏み荒らされ、いくつかの家や物置、外に出していた荷馬車や農機具、敷地の境界に立てていた柵に被害がでたそうだ。


 うーん… 支援物資として食料や衣服などは用意してきたが、農機具や大工道具、補修するための釘や縄などは用意してこなかった。カローラ城に連絡して、今後の支援物資としてそれらを準備させたほうが良さそうだな…


 それらの持ち合わせが無いから何も渡さないという訳には行かず、とりあえず爺さん婆さん達にお見舞いの品という事で支援物資から、いくつか食料と衣服を支給している。


 これらの便宜や、爺さん婆さん達からの被害状況の聞き取りは、全てシャーロットが先頭に立って行った事だ。


 シャーロットが炊き出しの料理を配りながら、老人一人一人に今の状況や困った事かないかと丁寧に聞き取っていったのだ。王族として初めての公務でありながら、被災した後の村の支援をちゃんとこなせているのは立派である。

 シャーロットが元々持つ資質なのか、それともマグナブリル達の教育の賜物なのか…どちらにしろ大したものだ。


 そんなシャーロットが数名の老人を引き連れて難しい顔をして俺の所へやってくる。


「イチロー伯爵、少しよろしいですか?」


「どうか致しましたか? シャーロット殿下」


 シャーロットが俺の事を爵位付きの正式な呼び方をするので、こちらも正式な呼び方で丁寧に返す。


「ここの村人から話を伺っておりましたら、少々困り事が御座いまして、イチロー伯爵のお力をお借りいただけないかと思いまして」


「困り事? 困り事とは一体どのような類のもので?」


「それが…今まで森の奥深くにいた魔物が、近隣に現れるようになったとかで…」


「魔物?」


 その魔物という不穏な言葉に、シュリかカローラ達もやってくる。そして、シャーロットが後ろに控える爺さんに目配せすると、前に進み出て詳しい説明を始める。


「先日のアンデッドの大軍が森の通り抜けていったもんで、森の奥深くにいた魔物が怒ってここいら辺りに出てくるようになったんじゃ」

「わしら、年寄りばかりじゃて、その上、本国の応援も頼めない状況じゃからな…ほとほと困っておるんじゃ…」


 老人たちは本当に苦労しているのか困り果てた顔をする。



「それで、その魔物とはどんな魔物なんだ?」


「それはブラックタイガーじゃ!」



 老人の言葉に、俺はピクリと食指が反応する。



「天ぷらだな…」


「フライもいいですよ! イチロー様」



 隣にいたカローラも同じく反応し、その俺たちの反応にシュリはパチパチと目を瞬きする。


「わしも、畑を荒らす鹿どもを罠で捕まえる事はあるが… ブラックタイガーは大きすぎて罠を潰しよる…」

「それになんとか一匹を捕まえた所で、奴らは何匹もおる様じゃからな…」



「イチロー様! 大きくて何匹もいるそうですよっ!」


「そいつはさぞかし食いごたえがありそうだな…」



 俺はゴクリと唾を飲み込む。すると俺たちの様子を見て、首を傾げていたシュリが俺たちに声を掛けてくる。



「なぁ、あるじ様にカローラよ」


「なんだ?シュリ、お前も食べたいのか?」


「大丈夫よ、ちゃんとシュリの分もあるから」



 再びシュリが首を傾げる。



「いや、二人とも一体何の話をしておるのじゃ?」


「何の話って…エビ以外ないだろ」


「シュリはエビを知らないの?」



 シュリの奴は陸地にいたドラゴンだからエビの事を知らないのだろうか…


 しかし、シュリはパチパチと瞬いた後、再び首を傾げる。



「いや、わらわもエビの事は知っておるが、なんで魔物を倒す話にエビの話が出てくるのかと聞いておるのじゃ、もしかしてあるじ様のいた所で魔物を倒した後にエビを食べる風習でもあるのか?」


「いやいや、そんな奇怪な風習なんてねぇよ」


「なら、なんでじゃ?」


 シュリは訳が分からないといった顔で聞いてくる。



「だって、ブラックタイガーってエビだろ?」



 俺が答えるとシュリは驚いた顔をして、目をパチパチと瞬く。



「いや、なんでブラックタイガーがエビになるんじゃ」


「いやいや、ブラックタイガーってエビ以外の何者でもないだろ?」



 シュリの奴、ちょっとおかしいんじゃないか?


 シュリははぁと溜息をついた後、真顔になって俺に向き直り説明をし始める。



「いいか、あるじ様よ、ブラックは黒、タイガーは虎… どこにエビの要素があるんじゃ?」


「……」



 シュリに説明されて俺は言葉に詰まる。もしかして、シュリは『ブラックタイガー』というなエビのことではなく、文字通り『黒い虎』という意味の『ブラックタイガー』の事を言っているのか?



「イチロー様…私、だんだん、シュリの言っている事の方が正しいように聞こえてきました…」



 自信が無くなってきた俺に同様に自信を無くしたカローラが話しかけてくる。



「カローラ、俺もだ…でも、俺たちにとってブラックタイガーと言えばエビだよな…」


「えぇ、イチロー様の故郷の日本で食べた天ぷらやエビフライにしたブラックタイガーの味が忘れられません…」


「なんじゃ、あるじ様の故郷では虎を天ぷらにしたりフライにしたりして食うのか?」



 俺とカローラの話にシュリが割り込んでくる。



「いやいやいや、俺の故郷で虎を天ぷらにしたりフライにしたりしないって! エビの事だって!」



 そこへ、別の老人が血相を変えてこちらに走ってくる。



「大変じゃ! ブラックタイガーの他に、バナメイタイガーとイセタイガーも森に現れたぞぉ!!」


「バナメイにイセ! 今度は絶対エビだろ!?」


「いや、タイガー、虎じゃと言っておろうが!」



 即座にシュリに否定される。いや…ブラックときて、バナメイにイセとくれば絶対にエビしかないだろう… どうなってんだよこの世界…


 俺が首を傾げている所に、また別の老人が駆けてくる。



「何と言う事じゃ!今度はシャコタイガーも森に現れたそうじゃ!」


「シャコは…エビじゃないな…」


「なんじゃ、分かっておるではないか、あるじ様」



 シャコはエビと似ているがエビではない。そんな事ぐらいは俺でも知っている。


 すると、俺たちの様子を見るに見かねたカズコがシュリに近づいて小声で話し始める。



「シュリの姉さん、ちょっといいでやすか?」


「なんじゃ?カズ…コ」


「旦那たちのさっきからのアレ… 子供が食べたいものがある時にだだをこねるアレじゃないですかね…」


「あぁ、領民の子がぐずって母親にだだをこねていたのを見かけたことがある… あるじ様のもそれか…」



 シュリは納得してポンと手を叩く。



「ここは、虎退治をする旦那の為にあっしらが一肌脱いで差し上げましょう…」


「そうじゃな… 大の大人のあるじ様が、ここまでだだをこねてエビを食べたがっておるのじゃ… わらわたちが何とかしてやらねばならぬのぅ…」


 二人は話を終えると、俺とカローラに向き直り、だだをこねる子供の我儘を聞く母親の様な慈愛満ちた表情を浮かべてくる。



「そうか…あるじ様よ、そんなにエビが食べたかったのじゃな…悪かったのぅ…なんとかしてわらわが用意するので安心せい…」


「そうです、旦那…いや領主さま、あっしが腕に寄りを掛けて美味しいエビ料理を作りやすので…」



 二人のそんな様子に、カローラが袖を引っ張って小声で話しかけてくる。



「イチロー様…なんだか私たちがエビを食べたくて、だだをこねる子供のように扱われている気がするんですが…」


「いや、気がするんじゃなくて、だだをこねる子供そのものとして扱われている…どうしてこうなった…」



 俺がだだをこねる子供のように思われて頭を抱えていると、また別の老人が血相を変えて走ってくる。



「大変じゃ! 大変じゃ!!! 虎たちが森を出て、この村目掛けて走って来るぞぉぉ!!!」


 

 落ち込んでいた俺はキッと顔を上げ、老人が走ってきた方角を見る。すると老人の言葉通り、何種類の虎たちがこの村目掛けて走ってくる様が見える。



「だだをこねる子供のように思われた恨みを虎で晴らしてやろうじゃないかっ!!!」


 俺はぱっと聖剣を取り出す。


「私も、八つ当たりに加勢しますよっ!!」


 カローラも戦闘態勢に入る。



「終わりじゃ! 終わりじゃっ! この村の終わりじゃ!!」

「ブラックタイガーやバナメイタイガー、イセタイガーの他にも、クルマタイガー、アマタイガー、サクラタイガーにシバタイガー、ボタンタイガー…ロブスタータイガーにオマールタイガー、おまけにシャコタイガーまで… ありとあらゆる虎が襲ってきよる!!」



「えぇぇいっ!!! どいつもこいつもエビと紛らわしい名前をしやがって!! 何でお前らエビじゃないんだよっ!!!」



 俺は聖剣片手に立ち向かう!!



「いて! おまっ! 虎だと言っておきながら、なんで猫パンチじゃなくて、シャコパンチしてくるんだよっ!! くっそ腹立つわ!!!」


「私の今日のお腹はエビに決まっていたのにどう責任とってくれるのよっ!!!」



 こうして俺とカローラの二人は無数の虎相手に激闘を繰り広げたのであった…



 そして、戦いが終わり夕食時…



「ほれ、あるじ様のご希望のエビの天ぷらとエビフライじゃぞ」


 戦いに疲れた俺とカローラにシュリがエビの天ぷらとエビフライが載った皿を差し出してくる。


「えっ? ここは内陸部なのにどうしてエビが!?」


 俺は料理に目を丸くする。


「それは虎退治を頑張った二人の為に、わらわと爺さん婆さんが頑張って、近くの川や湖で獲ってきたんじゃ」


 皿の上はやや小ぶりだが、ちゃんとしたエビの天ぷらとエビフライだ。ちゃんと天つゆとタルタルソースも用意してある。


 だが、夕食にエビの天ぷらとエビフライが出されているのは俺とカローラだけで、他の者は普通の料理だ。


「えっ? 他の者にはエビが出されてないけど?」


「いいんじゃよ、わらわたちは… みな、あるじ様達の為なんじゃから…」


 そう言うとシュリは俺とカローラを残して立ち去っていく。


 残された俺たちはじっと皿の上の山盛りになったエビの天ぷらとエビフライを見る。


「折角のエビの天ぷらとエビフライというのに…なんだかいたたまれない感じですね…」


「そうだな…カローラ… でも、みんな、こっち見ているから食うしかないだろ…」



 その日食べたエビの天ぷらとエビフライの味を、俺たち二人は忘れる事はないだろう…



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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