第634話 カイラウルに向けての出発
城の外の城門内では、今回、シャーロットの凱旋に使う馬車も表に出てきており、その周りを蟻族や文官たちと肉メイドが最終チェックで慌ただしく走り回っている。
「こいつに乗るのもなんだか久しぶりだな~」
俺は自分が良く使っていた馬車を見た。すると後ろから荷物を抱えたカズオがやってきて俺に声を掛ける。
「そう言えば、旦那はホラリスに行く時に乗ったきりで、旦那の故郷の異世界とやらで数か月過ごし、帰りはホラリスの馬車で帰って来やしたからね」
そう言ってカズオは俺の横に並んで馬車を見上げる。
「確かにそうだな、ホラリスに行った時以来か… しかし、こうして見ると、なんだが、久しぶりに実家に帰ってきたような気分になるな…」
「あっそれ、あっしにも分かりやす! ちょっと前まではこいつに乗ってあちこち走り回って寝起きしてたんでやすからね… 今の城暮らしも快適でよろしいでやすが、こいつに乗っていた時は、なんだか毎日が色々あってお祭り気分でやしたね」
「あぁ、そうだな…俺もそう思う…」
二人してしみじみとして馬車を見上げる。
「二人とも何を年寄じみた事を言っておるのじゃ、色々用事が落ち着いたら、またこいつに乗って旅に出かけたら良いじゃろう」
「わぅ! ぽちもまたおでけけしたい!」
振り返るとシュリがポチを引き連れてやってくる。
「おぅ、シュリとポチか…そうは言っても俺ももう領主なんだから、領地をほっといて、そこらをウロウロするわけにもいかんだろ…」
「そんな事を言っても、あるじ様が日本とやらに帰っている間、ヴァンパイアの襲撃以外はなんら問題は無かったぞ?」
シュリの言葉に先日のシャーロットとマグナブリルのやり取りを思い出す。
「…もしかして、もしかすると…俺っていらん子?」
「いやいやいや、なんで急にいじけ始めるんじゃ! それだけ皆があるじ様の留守を守るために頑張っていたという事で もっと、皆を信用してやれと言う事じゃ」
そう言ってシュリが落ち込んでいる俺の尻をペンと叩く。
「あ… そう言う事…」
「だから、シャーロットの件も魔族の件もさっさと終わらせて、またゆっくり旅に回るのも良かろう」
シュリが二っと微笑む。
「そうだな、また各地をぐるりと回りながら鹿獲ったり猪獲ったりして食うのもいいな… ありがとな、シュリ、励ましてくれたのと、それと今回シャーロットの事で付き合って貰って… カズオも済まないな」
気を取り直した事で、シュリとカズオの二人にも今回のシャーロットの件で世話になる事の礼を言っておく。
「その事なら礼は不要じゃ、あるじ様よ、シャーロットはわらわにとっても生徒で趣味友じゃからな、わらわが一肌脱ぐのは当然じゃ!」
「それに関してはあっしもですよ、旦那ぁ、シャーロット嬢ちゃんはあっしの作った料理をそれは美味そうに食ってくれやしたからね… でも、カイラウルに戻る事になるなら、もうあっしの料理を召し上がっていただく訳にはいかねぇ… だから、こうして同行して最後の一瞬まで料理を作って差し上げるつもりでやす!」
シュリとカズオの二人はこころよい言葉を返してくれる。そこへカローラが肉メイドを引き連れて現れる。
「私もゲーム仲間のシャーロットの為ですから、姉として王になり数多の弟妹たちの上に立つ姿を応援するのは当然のことですが… イチロー様が礼をしたいというのなら…素直に受けるつもりですけど?」
カローラはニヤリと笑って俺を見上げてくる。
「カローラ…お前は現金な奴だな… で、礼の代わりに何をおねだりするつもりなんだよ」
「前回は寂れた村を通り過ぎただけでしたけど、カイラウルの首都に行くとなれば、アレしかないじゃないですか! カードですよ! カード!」
何を要求されるのかと身構えていたが、いつものカードで胸を撫で降ろす。
「またカードかよ…カーロラ、お前は本当にカードが好きだなぁ~」
「イチロー様! 何をのん気な事を言っているんですか! カイラウルのカードは魔獣の侵攻とアンデッドの群れの件があって、もう他国には売り出されていないんですよっ!! もしかしてら、最悪もう生産されてないかも知れないというのに!」
カローラの言葉に胸を撫でおろしていた俺はギョッとする。
「それはマジか!」
「えぇ!マジですよ! だからこそ、首都に残っているかもしれないカードを買い占めるんですよ! 下手したら絶版物になってプレミアがつくかも知れませんよ…」
カローラが悪だくみをする時にするジャングルの矢印の様な口の形の笑みを浮かべる。
「あり得る!! それはかなりの確率であり得るっ! 俺は向こうに着いたらシャーロットの事で忙しいと思うから、カローラ!お前は首都中を駆け巡ってカードを買い漁れ! なんなら、そこらの子供から金に物を言わせて買い上げてもいい!!」
「もちろん、最初からそのつもりですよ…なんなら困窮した被災民に物々交換するための食料や衣料も準備してますよ…それよりか、イチロー様はシャーロットが政権を取ったら、今までの悪しき時代のカードを再販するのではなく、新しいカードに刷新して販売するように提言してくださいよ、そうすれば私たちが買い占めたカードの価値はうなぎのぼりですよ…フフフ」
「そこまで考えていたのかカローラ…そちも悪よのぅ~」
「いえいえ、イチロー様程では…」
俺とカローラは悪だくみをする悪代官と悪徳商人のようにゲスい笑みを浮かべる。そんな俺たちにシュリが呆れたように声を漏らす。
「あるじ様にカローラよ…おぬしらはシャーロットを担ぎカイラウルを助けに行くのか、それともタカリに行くのかどっちなんじゃ…」
「カー…いやシャーロットを助けに行くに為に決まっているでしょ!」
「そうだ! シャーロットは俺たちの後押しで王位についてカイラウルを復興し、後押しした俺たちはカードで儲ける…ウィンーウィンの関係じゃないか!」
俺とカローラは欲に塗れた目で答える。
そこへマグナブリルとシャーロットがやってくる。
「イチロー様、積み荷のチェック、そして出発の準備が整いましたぞ」
そう言ってチェックリストを渡してくる。一応、パラパラとチェック項目に目を通すとチェック項目をみるとその中にクリスという項目があるのに目が留まる。
「…このクリスっていうのは?」
「はい、以前、クリスがイチロー様の馬車に忍び込んでいた事があったので、念のためチェックしておきました。するとイチロー様の馬車の戸棚にクリスが巣を作っていたようで…危うい所でした…」
「戸棚の中に巣って…あいつはゴキブリかネズミかよ…」
「盗み食いをするという点では似たようなものですな…」
マグナブリルがふぅと息を漏らす。
そこへマグナブリルと一緒に来ていたシャーロットが俺の前に一歩進み出る。
「イチロー様、この度は私の為、カイラウルの為に斯様なご支援を頂き、誠に有難うございます。今はお礼の言葉を述べるだけしか出来ませんがお許し下さい」
シャーロットは改まって深々と頭を下げて礼をする。
「別に構わんよ…っていうか、礼を言うのはまだ早い、ちゃんとシャーロットが政権奪取して王位についてからにしてくれ」
俺が微笑んで返すと、シャーロットはキョトンとした顔をした後に、同じように微笑んで返す。
「そうでしたわね…まだカイラウルに辿り着いた訳ではないのに、私ったら気が早すぎましたわね」
「じゃあ、早々に礼を言ってもらう為にはさっさとカイラウルに向かわないといけないな、みんな! そろそろ出るぞ!馬車に乗り込め!」
俺が声を上げると皆所定の位置につき始める。観光バス馬車に乗る予定のシャーロットも最後に一礼した後、小走りで自分の乗る馬車へと向かう。
その背中を見送った後、俺もひらりと御者台に飛び乗る。
「じゃあ! カイラウルに向けて出発進行だ!」
晴天の空に俺の声が響いた。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
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