第632話 生徒と先生

「…と言う訳で、シャーロット様には急遽予定を切り上げて、カイラウルにお戻りいただく事になりました」


 マグナブリルは黒板を使った状況説明を終えて皆の方へと向き直る。そんなマグナブリルの説明にシャーロットは心配そうに嘆息する。


「はぁ… 魔族に操られていると思われる第二のアルフォンソ、プリニオの登場によって、私が予定を切り上げてカイラウルに戻らなければならない事は分かりましたけど… 私、まだまだ学びきれていない事が多く御座いましてよ? そんな私がカイラウルに戻ってそのプリニオという男を押し出して国を治める事が出来るのかしら…」


 そんなシャーロットにマグナブリルは満足そうにうんうんと頷く。


「最低限、その事さえ分かっていれば良いのです。以前のシャーロット様は国を治めるのに何が必要であるかすら分かっておられませんでした。しかし、自分には何が足りないと分かっているのなら、ご自身で勉学を進める事も可能です」


「でも、不完全な状態の私で国の運営などすれば、民が困るのではないかしら? それがとても不安だわ…」


「国の為政者たちが誰しも100点満点の政治を行っている訳ではございません、むしろ100点満点など取れる事の方が少ないでしょう… 例えば治療薬が一本しかないのに病人が二人いる。どちらに治療薬を与えるかを決定し、与えられなかった者を説得して納得させる…このように、権力を持つものは決断の連続であり、これこそが政治の本質なのです」


 マグナブリルは力説する。


「決断の連続…それが政治の本質… 自分自身の事なら自分でした決断ですからどの様な結果が出ても納得できますけど…他人の…それも多くの民の事で…決断を誤ってしまったらと考えると…怖いですわね…」


「当然です。権力者の決断にはそれだけ多くの者の命が掛かっております。だが同時に、全ての決断に対して毎回正解を出せる者などおりません。人はいつか必ず一度は間違えるものです」


「多くの者の命が掛かっていると言うのに、人は決断を間違える時がある… では、どうやって決断すればいいのですかっ!!」


 シャーロットは悲壮な表情でマグナブリルに問いかける。


「だからこそ、決断は慎重に…そして間違えた時の事を考えて決断するのです。有能な為政者とは正しい決断をする確率が高い者ではなく、むしろ決断を間違えた時の立て直しが上手い者と言えるでしょう。後先考えず一つの勝負に全てを賭けてはいけないのです」


「あっ…だからカローラちゃんとのゲームを…」


 シャーロットは何かに気が付いたように声を漏らす。


「そうです。一つ一つの状況、一戦一戦の勝ち負け、それぞれに決断が正しかった間違えたと色々ありますが、それらの繰り返しの中で決断の過ちを改め、最終的には勝ち越すように指示したのはそこなのです」


「なるほど! 私、分かってきましたわ!  何かに対して決断をする事は、相手の意図、伏せられたカードの危険性を考え、そして周りの状況を踏まえて、今できる手段で対応する…そう言う事でしたのね!」


 シャーロットは頭の中のそれぞれ点として存在していた学んでいたものが、それぞれ線になって繋がっていき、面となり、そして立体となって形になっていく様を感じ取る。


「そうです、付け加えて言うなれば、実際の場面では状況が複雑すぎて、その場その場の場当たり的な決断をしてしまいがちです、しかしそんな事を繰り返していては打てる手段が削られていき、最後には状況に流されるままになってしまいます。だからこそ、明確な目的を持って未来を見据えた決断が重要になってくるのです」


「明確な目的と未来を見据える?」


「例えばゲームの目的がただの勝利だけならば、イカさまなり相手に合わせた絶対に勝てるデッキ編成なりを用意すれば良いのです。しかし、そんな事で得た勝利は空しいだけでしょう… そこにはただの勝利ではない真の目的とその先の未来があるからです」


 シャーロットはマグナブリルの言葉を受け、少し考え込む。


「真の目的…その先にある未来…私があまりに圧勝しすぎるとカローラちゃんが機嫌を損ねてゲームをしてくれなくなったりするので、私自身も後味が悪くて気分が良くありませんわ…後、カローラちゃん自身も何度も負けているのに、同じ自分のファンデッキを使いますわね…ただ単に勝ちたいのではなく、自分の勝利の形を目指している… なるほど、ただ勝つことが目的ではなく、楽しく気分よく勝つこと、そしてゲーム自体の勝利が目的ではなく、その後の対戦相手との人間関係も重要… そう言う事だったのですね!」


 シャーロットの言葉にマグナブリルはコクリと頷く。


「分かってきたようですな、ゲームも政治も同様、何の為に…誰の為に、そして何を目指して行うかが重要なのです、他国隣国との関係、国力・国益がただ増えればよいと言う訳ではないのです。シャーロット様、貴方は何の為に誰の為に何を目指して国を統治したいのですか?」


「私は…育成所で母代わりに私を育ててくれた者…時折、私やオーディンの為に外の食べ物を差し入れてくれた市井の老婆やその家族… 父である皇帝カスパルの我儘で汗水を流して走り回る国に仕える者たち…そして、どこに嫁がされるのか分からず、不安を胸に無為な日々を過ごす弟妹達…時には辛く厳しい決断をしなくてはならない時がありますけれど、それらの人々が安堵して暮らせる国を! それらの人々が子々孫々まで栄えて暮らしていける国を作りたいと思いますわ!」


 パチパチパチ…


 マグナブリルが俺には見せた事のない非常に柔和な笑みを作って、シャーロットの想いの発言に拍手を送る。


「お見事です、シャーロット様…やはり、貴方は非常に気持ちの良い優れた生徒です。私もこの歳になるまで数々の者を指導して参りました。しかし、もうこの歳になったので、さらに多くの者を指導することはないでしょう…もしかしたら、シャーロット様が最後の私の生徒かもしれません…だが、私はこの人生で貴方の様な方を指導できたことは光栄にそして誇りに思いますぞ…」


 そのマグナブリルの言葉にシャーロットははらりと涙を零す。


「マグナブリル様! いえ! マグナブリル先生! ありがとうございますっ! そのような言葉まで頂いて… 今まで何も成しえなかった私の人生… 先生の言葉で初めて何か成しえたような気持ちになれましたわ!! 本当に有難うございます!!」


 シャーロットは金髪縦ロールの髪をバサリと動かしてマグナブリルに深々と頭を下げる。


 そんな二人の感動的な様子に、俺はこっそりとカローラを手招きし、カローラもこそこそと俺の所にやってくる。そこで俺はカローラにこっそりと耳打ちをする。


「なぁ…カローラ、お前、ゲームする時にあんな重い事考えている?」


 カローラは首を横に振る。


「全然…イチロー様の方はどうなんですか?」


「俺も全く… 自分が勝つことしか考えてねぇ…」


「私たちももっと真面目に真剣に考えながらゲームをしなければならないんでしょうか…」


 カローラが首を傾げる。


「いや…そんな面倒な事考えながらゲームしてたら楽しくねぇだろ…」


「ですよねぇ~」


 俺とカローラ、二人は同意してうんうんと頷く。



「イチロー様!」



 そこへマグナブリルの声が響き、俺とカローラはビクリと肩を震わす。


「なっなんだ?」


「二日後を目途にシャーロット様のカイラウルへの凱旋に出発しようと思うのですが、それで構いませんかな?」


 俺とカローラの話を聞かれていて怒られると思ったがそうではなかったようだ。


「あぁ…構わん」


「では、同行するメンバーについて、調整致しますので、後ほどご確認願います」


「分かった、頼むぞ、マグナブリル」


 こうしてシャーロットの出発が二日後に決まったのであった。






連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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