第628話 ディート泣く

 翌朝、執務室に入るなり、マグナブリルが俺の顔を見て溜息を漏らす。


「なんだよ…マグナブリル… 昨日の報告書を読んだら俺が悪くないって事は分かるだろ?」


 マグナブリルに小言を言われる前に先に先手を打って俺の正当性を述べる。


「はい…報告書に目を通したからこうして溜息をついているのです… しかし、毎度毎度、よくもまぁ…事を面倒なややこしい結果になされますな… 昨日の城下町学校痴態事件といい、温室での痴態未遂事件といい…」


「ちょっと待て、温室での件はアシュトレトの早とちりと言うか勘違いで、なんら俺に悪い所はないだろ!?」


「いや、その後にシュリ嬢に対する婦女暴行傷害事件もございますので、イチロー様の責で間違いないかと…」


 マグナブリルは報告書を捲りながらそう告げる。


「おいおいおいおい!! 待ってくれっ! なんで俺がシュリにレイプしようとしたみたいな話になってんだよっ!」


「イチロー様に胸を掴まれて怪我をしたということですから婦女暴行傷害で間違いないかと…」


 マグナブリルは「まだ白を切るつもりかよ」という顔をする。


「いや…確かにシュリの乳を掴んだのも事実だけど…怪我をしたのは…その仕事をしようとして身体を動かしたら…シュリの乳を掴んだままだったから…たまたま乳が引っ張られただけで…誰にでもある些細なミスだろ?」


「…その様な言い訳が通じるとお思いですか? 乳を掴んで怪我をさせたなど聞いた事がありません、カローラ嬢でももっとマシな言い訳をなさりますぞ」


「ぐぬぬ…」


 自分自身で言い訳を言っていてかなり厳しいと思っていたが、やはりマグナブリルには通じなかった。その様子を見て部屋の隅に座るカローラがフフンっと勝ち誇った笑みを浮かべる。


 くっそぉ~ 腹立つわぁ~ でも、カローラ、お前も子供の言い訳と同程度って言われてんだぞ?


「温室での一件はシュリ嬢がマリスティーヌ嬢に治療を依頼して発覚しましたが… イチロー様にとって不幸中の幸いだったのが、シュリ嬢が被害を告訴しなかった事と、治療を依頼したのがマリスティーヌ嬢であった所ですな、これがミリーズ様であれば、今頃私の小言とは比べ物にならないミリーズ嬢のお説教があった事でしょう… シュリ嬢とマリスティーヌ嬢に感謝するべきですな」


「告訴とかそんな話になりかけていたのかよ…恐ろしいな…ここは素直にシュリとマリスティーヌに頭を下げておくか…」


「頭を下げるなら、ディート君にも下げた方がよろしいでしょうな… 彼も色々と苦労したようなので…」


「あぁ…昨日はディートにも世話を掛けさせたからな…」


 昨日のディートの顔を思い出しながら答える。


「小言が済んだところで、こちらが今日の報告書です。後で関係する書類にサインもお願い致します」


 俺は渡された報告書をペラペラと捲って目を通していく。その中に領内法改正に関する項目があった。

 そこには公序良俗に関する罰則の事で、公衆または多くの者が目や耳にする痴態行為が行われた時の罰則に関する事で、『領主とその対象者はこの条文の対象外とする』という一文が追加される事が記されていた。


 俺が無言でマグナブリルを見ると、「おい、なんか文句があるのか?お前の所為でこんな一文を加える事になったんだろ…」と言う顔をしているので、俺は書類の中から領内法改正の書類を探して無言でサインをする。そして無言のままマグナブリルに書類を差し出すとマグナブリルも無言で書類を受け取って懐にしまい込む。


 後にこの一文は『イチロー条項』としてアシヤ領領内法で多用される事になるが、それはまた別の話だ…


 続けて報告書に目を通していくと、昨日シャーロットのカリキュラムに追加されたカローラとのゲームの時間の目的に関することを変更するとの記載があった。


「マグナブリル、ちょっといいか? ここの事なんだけど…」


 部屋の隅に当事者のカローラがいるので口で内容を言わずに、指で書類の上を示して尋ねる。


「あぁ、そこの事ですか…」


「やっぱり上手くいかなかったのか?」


「いえいえ、その逆でございます…」


 そう言うとマグナブリルは顔を近づけ耳打ちをしてくる。


「腹芸の得意なティーナ様がシャーロット様を指導したところ、カローラ嬢が泣き出すほど、打ち負かせるようになったので、今度は相手の機嫌を損ねないように善戦しているように見せかけて、きっちりと勝ち越しだけはするように指導を改めたのです…」


「あぁ…なるほど…そういう事か…」


 カローラとよくゲームをする俺は状況が手に取る様に分かった。しかし、シャーロットって意外と物覚えが早いな…それと…やはりティーナは腹芸が得意だったのか…


 こうして報告書を読み終え、必要な書類にサインをして朝の執務が終わる。


「じゃあ、朝の仕事はこれで終わりだな…ではシュリとマリスティーヌ、それとディートの所に行ってくるよ」


「くれぐれも再び粗相をなさらぬように…」


 その言葉を背に俺は執務室を後にする。



 まずは、城内にいるマリスティーヌの所へ向かう。マリスティーヌは週一の礼拝の他に時折入る葬儀や挙式を行うほか、継続的に信者と共に聖水の製造を執り行い、マリスティーヌ印の聖水として領内外に売りさばいている。


「おぅ、マリスティーヌ、シュリの件で面倒を掛けたな」


 聖水製造作業をしているマリスティーヌに声を掛ける。


「あっ! イチローさんっ! シュリさんのアレはちょっと酷いですよ~」


 マリスティーヌからもシュリの事で小言を言われてしまう。


「いや…俺も反省はしているんだ…」


「分かってますよ、シュリさんからも事情は聞いてますから…でも無茶はダメですよ… どうしても我慢できなくなった時はご自分の胸を揉んでください」


 いや…それはどうなんだ…?


 次に被害者であるシュリに会いに温室に行くが、どうやらシュリは外に出かけているようであった。なんでもあの薬が切れたのでまた買出しに出かけたそうだ。


「確か、あの薬ってウリクリのウマリホーでプリンクリンを倒した後、途中のタヒトルで買ってたんだよな… ってことはシュリの奴、ウリクリまで行っているのか?」


 シュリも収納魔法を使えるので、カズオにあの薬が渡る事はないと思うが…いやな事を思い出したな…



 仕方なく、シュリへの謝罪は後回しにしてディートの所へ向かう。ディートにも迷惑をかけて謝罪しなければならないが、本題はシュリから預かっている木の種を入れた泥団子の育成促進処理を掛けてもらう事だ。


 泥団子は500個ぐらいあるので、その分の魔力を提供すればムラムラも収まるかもしれない。


 俺はディートの部屋の前に到着すると昨日と同じように扉をノックする。


「ディート、いるか?」


「はい、どうぞ」


 昨日のように留守の心配をしていたが、今日はちゃんと部屋にいる様だ。


「邪魔するぞ」


 俺は扉を開けて中に入る。ディートとその標準オプション状態になっている娘のルイーズ、そしてメイドゴーレムのアインの姿があった。


「あぁ、イチロー兄さん、シュリさんから頼まれている木の苗の事ですね?」


 ディートはいつもの柔和な表情をしていて、俺の姿を確認すると読んでいた本を閉じる。


「そうだ、シュリと作った木の種を入れた泥団子が500個ぐらいあってな、それの育成処理を頼みに来たんだ」


「そうですか、500個もあるんですか…なら僕一人の魔力では厳しいのでイチロー兄さんも協力して頂けますか?」


「もちろん、そのつもりだ。っていうか俺一人で魔力を供出してもいい」


 ディートがいつものディートなので、俺もいつものように答える。どうやら昨日の事は気にしていないようだ。


「そうですか、それは助かります、では早速作業に取り掛かりたいのですが…その前に… アインさん、ルイーズちゃんをつれて別室に行っていてもらえますか?」


 ディートが急に雰囲気を変え、キラリと眼鏡を光らせる。すると、アインは命令を承諾するようにさっと頭を下げて一礼し、ディートの横に座るルイーズを抱きかかえると、隣の控室へと向かう。


 そして、パタリと扉が閉じられた後、眼鏡の反射で表情が見ることのできないディートは俺に向き直る。


「さて…イチロー兄さん…作業を始める前に言っておきたい事があります…」


「おぅ…なんだ…ディート」


 俺はゴクリと唾をのむ。すると、ディートがダンとテーブルを拳で叩きつける。


「イチロー兄さんっ! 僕にだって世間体というものがあるんですよっ!」


 初めて声を荒げるディートを見て、俺はドキリと内心驚く。


「教室で領民の子供たちに授業をしていたら、いきなり女の人の喘ぎ声とイチロー兄さんの声が聞こえてきて、僕がどれだけ驚いたか分かりますか!?」


「………」


「その後、すぐに外に出てイチロー兄さんの痴態が学校で繰り広げられていると気が付き、すぐに防音魔法を張り巡らせて子供たちにイチロー兄さんが痴態を繰り広げている事を気付かれないようにしたのですが、子供たちがすぐに気が付いて、『あぁ、領主さまのいつものアレか…』って言っていたんですよ… いつもイチロー兄さんのことを誇らしく語っていた僕のその時の気持ちが分かりますか… もう…穴があったたら入りたい気持ちでしたよ…」


 ディートは両手で顔を覆いながらさめざめと語る。俺がサキュバスの穴を嵌めていたせいで、ディートが穴に入りたい気持ちに(性的では無い意味で)なっていたとは…


「正直、すまんかった…ディート…お前に恥を掻かせてしまって…」


 するとディートはガバリと顔を上げる。


「僕だけならいいんですよっ! 我慢すればよいだけですから… でも、その場所にイチロー兄さんの娘のルイーズちゃんもいたんですよっ!? 彼女がどんなふうに思われるか考えたことがあるんですかっ!」


「マジですまん…」


 今の俺にはそう一言述べるしか出来なかった…


「いいですか…イチロー兄さん…今後はどこで痴態を繰り広げようとも構いませんが… 学校の様な子供のいる所… そして、ルイーズちゃんたち、イチロー兄さんの子供がいる場所での痴態はお控えください…」


 ディートがしみじみとお願いしてきたのであった…



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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