第622話 決意

 魔族が関わる事なので、主要メンバーを加えて会議のし直しとなった訳だが、その前に休憩と会議の準備と言う事で、皆トイレに行ったり、資料を集めたりするために執務室から退出していた。

 執務室に一人残っていた俺は口寂しくなって、執務机の中にしまっていたチョコの焼き菓子をモリモリと食べていた。

 すると、会議に招集したメンバーの一人で一番の当事者のシャーロットが何だか不思議そうな顔をして執務室にやってくる。


「なんだ、シャーロット、もう来たのか、シャーロットもチョコの焼き菓子を食べるか?」


「いえ、私は温室で色々つまみ食いをしてきたので、結構ですわ」


 そう言って断りを入れてくる。そう言えば、前にシュリといた時も笹の様な生の葉っぱをもりもりと食べていたな… 収穫しながらその作物がどんな味なのか確認しているのであろう。


「それよりもイチロー様、先程、アナベルを見かけたのですけど、ご存じかしら?」


「アナベル?」


 アナベルをご存じかしらと問われても、俺にはガソダム0083に出てきたあの人物の姿しか思い浮かばない。


「えぇ、先程、シルクのブラや下着、ニーソックスを身に付けたアナベルを見かけたのよ、しかし、シルクって思ったよりも温かいのかしら…私は虫から作った布と言う事で毛嫌いしておりましたけど… アナベルったら下着姿なのにお顔を高揚させていましたわ」


 俺の中のパイロットスーツを着て熱いセリフを語っていたアナベルの姿が、シルクの下着姿で顔を高揚させる変態紳士の姿に置き換わる。…好きなキャラだったのに…



「…何の事か全く分からん…」



 ガソダム0083のアナベルがここにいる訳が無いし、そもそもシャーロットがあのアニメの事を知っているはずがない… もしかしたら、カローラが現代日本から持ち帰ったアニメを見せたのか? どちらにしろこの城の中に女性の下着姿で城内をうろつく変態紳士などいないはずだ… あっ…いたわ…下着姿じゃないけど、女装するドワーフのビアンが…



「イチロー様はご存じないの? 私はてっきり後からカイラウルに皇女の追加注文をされて、妹のアナベルが来たものだと思っていましたけど…別人なのかしら?」


「ん?カイラウル? 皇女? 追加注文? 妹?」



 俺の頭の中にはてなマークが浮かびまくる。



「あっ、イチロー! ごめんなさい! 一つ報告し忘れていたっ! 多分、その事だと思う」


 

 そこへトイレに行っていたネイシュがやってくる。



「報告? さっきのシャーロットの話と関係あるのか?」


「うん… その暗殺した所の近くにその女の子がいたから、そのままではその子が暗殺したと疑われて処分されてしまうから…連れてきてしまったの…」


 ネイシュが申し訳なさそうな顔で報告する。しかし、そのお陰で頭の中のはてなマークが電球マークに置き換わって繋がっていく。


「あぁ! なるほど、奴の暗殺現場にたまたまシャーロットの妹のアナベルがいて、それをネイシュが連れ帰ったと言う訳だな? …でも、なんで下着姿なんだ?」


 その一点だけが他のはてなマークと繋がらず電球マークにも置き換わらなかった。続けて考察しようと考えたが、会議に参加するメンバーが執務室にやってくる。


「あーっ! ガトーショコラじゃないですか! 私にも下さいよっ! イチロー様っ!」


 先頭に入ってきたカローラが俺がチョコの焼き菓子を食べているのを見て声をあげる。


「ほれ」


 先程、カードゲームに付き合ってやれなかったので、菓子の入った箱をカローラに差し出す。


「わーい! ガトーショコラっ! カローラ、ガトーショコラ大好きっ!」


 その後にシュリがやってきて、カローラがお菓子を取る姿を見る。


「シュリも食うか?」


「頂こう、あるじさま」


 シュリはにっと笑って箱の中から一枚菓子を取っていく。


「あら?イチロー、いい物を食べているじゃない」


「当然、私たちも頂けるわね?」


 ミリーズとアソシエがやってくる。ダメだとは言えないので、二人にも菓子の入った箱を差し出す。


 そうこうしている内に箱の中の菓子はどんどんと減っていき、そして最後の一枚となった。


 なんとか一枚だけは残ったな…


 俺が寂しくなった箱の中を覗いていると、最後に資料を抱えたマグナブリルがやってくる。



「…マグナブリルも…食うか?」



 俺は断腸の思いで、マグナブリルに箱を差し出す。



「いえ、私は結構です」


 守られた! なんとか最後の一枚だけは守られた!


 俺が心の中でガッツポーズをしていると、最後と思われたマグナブリルの後に、ポチが姿を現わす。


 

 最後の一枚と…ポチの笑顔… そんなの一択だろっ!



「ほれ、ポチもガトーショコラを食え」


「わぅ! いちろーちゃま!ありがとうっ!」


 

 そうだ…俺が守りたかったのは最後の一枚ではなく、この笑顔だ…



「では、皆さま集まった事ですので会議を始めますかな?」



 全員集まった事を確認したマグナブリルが、黒板の横に立って確認してくる。



「ちょっと、待ってくれ、口の中にガトーショコラが残っていてな…」



 俺は口の中のかけらを飲み込みながら、んんっと喉を鳴らす。



「こんな事もあろうかと、飲み物を用意しておいたわ! はい! ダーリン♪」



 そう言ってプリンクリンが飲み物の入ったグラスを差し出してくる。



「おっ、丁度、飲み物が欲しい所だったんだ、気が利くなプリンクリン、ありがとう」


「どういたしまして、ダーリン♪ 皆の分も用意しているから」


「では、皆さんの喉も潤ったところで会議を始めますか…」



 皆に飲み物が行き渡った所でマグナブリルが声をあげる。



「先ずはシャーロットに話しておきたい事がある…」


「私にですか? イチロー様」



 シャーロットは自分がここに呼ばれたことも、これから何か話されるのか全く分かっていない様子だ。


「そうだ…そして、言いにくい話だが…カイラウルの宰相アルフォンソが死んだ…というか、我々が暗殺した… 詳しい話はネイシュがしてもらえるか?」


 事態が把握できずに困惑するシャーロットに、ネイシュがすっと立ち上がって事態の説明をし始める。俺から説明しても良かったが、当事者のネイシュから説明する方がより正確だし、ネイシュ自身も俺が説明してしては、俺に気を使われたと感じると思ったからだ。


 そして、ネイシュが事情を説明し終えると、シャーロットは怒るでもなく、悲しむでもなく、むむむと難しい顔をしていた。


「説明は以上だが…シャーロット、どうしてそんな顔をしているんだ?」


「んーそうですわね…話を聞く限りアルフォンソは殺されても仕方の無い事をしておりましたが… それでカイラウルは大丈夫ですの?」


「それはどういう事だ?」


 シャーロットの問いかけに俺は質問で返す。すると、シャーロットではなく、司会進行をしていたマグナブリルが口を開く。


「恐らくシャーロット様が言いたいのは、アルフォンソ無しでカイラウルが国としてやって行けるのかと言う事ですかな?」


「そうそう! それですわ! アルフォンソが魔族に組していた事は悪い事ですけど… カイラウル国内では皇帝カスパル陛下も、城の文官たちもアルフォンソの助言や意思決定がなければ、皆、なにも自分で決められないと聞いていますわ」 


「シャーロット様の懸念されておられる国の運営ということでしたら、ダメですな。アルフォンソのやり方はあまり褒められたものではありませんでしたが、アルフォンソ無しではカイラウルは近いうちに立ち行かなくなるでしょう… 魔族にさえ組み入らねば非常に優秀な存在でしたのに惜しいですな」


「まぁ…やはりそうですの… カイラウルにはまだ私の兄弟姉妹たちや、顔も知りませんけど、母たち… そして、時折、私に差し入れをしてくれた民たちがおりますのに…このままではどうなるのかしら…」


 シャーロットはそう言って顔を曇らせた。



「イチロー様はどうなされますかな?」



 マグナブリルは唐突に話を振ってくる。



「いや…突然、どうするって聞かれても…魔族の手先が残っているかも知れんからって、カイラウルに向かって聖剣振り上げてどうこうって話にはいかんだろ?」


「分かりやすく、率直にお尋ねします。カイラウルを救いたいですか?」


 マグナブリルは俺を真っ直ぐ見て聞いてくる。


「俺もカイラウルに行ってそこの人間と話した事があるから助けてやりたい思いはあるけど… 支援物資を送ってやったり食い逸れた者を領民として受け入れてやったりと、ある程度の人間は助けてやることが出来るけど、国としてのカイラウルを救うのは難しいだろ…」


 俺は今の立場や出来る事を踏まえて常識的に答える。だが、俺の答えに満足したのかマグナブリルは一瞬ふっと笑みを浮かべる。


「領主らしいお考えが出来るようになりましたな、イチロー様、支援物資や流民を受け入れる事は領主としてなんら問題はありませんが、イチロー様がカイラウルに自ら赴いて国を立て直すと言う事をなさった場合、他国からは火事場泥棒と同じく、混乱状態にあるカイラウルを併合しにきたと思われたでしょうな…」


 一介の冒険者の時ならまだしも、今はイアピースのティーナを娶り、伯爵として領主を勤める立場では、マグナブリルが言ったような懸念があるから動けずにいたのだ。もし動いてしまっては、国家間の緊張状態にあるバランスの糸が切れて、魔族との戦争中だというのに、人類間での戦争が始まってしまう恐れがあるのだ。



「しかし、幸運と言いますかイチロー様の手元にはカイラウルを救う事の出来る切り札がございます」


 マグナブリルはそう言って、とある人物を見る。



「えっ? もしかして私ですの?」



 マグナブリルに視線を向けられたシャーロットは目を丸くする。



「はい、シャーロット様はアシヤ領に輿入れされて来られましたが、いまだ挙式をあげておられませんので、形式的にはイチロー様の妻ではなく、カイラウルの皇女の身分のままです」


「確かに身分はそうですけど… こんな私が戻ったところでカイラウルを救う事が出来るのかしら…」


 シャーロットは突然の事と、あまりの事態の大きさに少し気弱に答える。そんなシャーロットにマグナブリルは更に言葉を続ける。



「私はシャーロット様の今の能力云々を尋ねているのではなく、シャーロット様のお気持ちを尋ねているのです! カイラウルを救いたいですか?」


 その言葉に、シャーロットははっと気が付いたように顔を上げ、決意を秘めた瞳でマグナブリルに向き直る。



「救いたいです!」



 シャーロットの決意の声が執務室に響く。そして、その声が響き渡るのを確認するとマグナブリルが今度は俺に向き直る。



「シャーロット様がカイラウルにお戻りになる事になりますが、よろしいですかな? イチロー様」


 ここで『いや…いかないでぇ~』なんて恥ずかしい事は言えないし、そもそも腹を割って話した事で、シャーロットの人柄を気に入った俺は、シャーロットの思いに協力してやりたい。


「あぁ、構わん、シャーロットの好きな様にさせてやりたい」


 決め顔でそう答えると、マグナブリルは再びふっと笑みを浮かべる。そして、いつもの表情に戻ってシャーロットに向き直る。



「では、シャーロット様には国を立て直す王に相応しい政治や経済、国際情勢などの知識を身に付けていただきますぞ!」


「私、やり遂げますわ!」


「後、自分の身を護るための魔術や神聖魔法、毒物などの対暗殺の知識も身に付けていただきます… 我々の授業は厳しいですぞ」


「私は吐いた言葉に責任を持ちますわ!」


 凄みを効かせるマグナブリルに、シャーロットはキリリと答えた。


 こうして、シャーロットを女帝として育て上げカイラウルに送り返す事が決まったのであった。


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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