第621話 ハイテクを打ち破るローテク

「はぁ…」


 俺はネイシュを前にして溜息をつく。談話室で任務の第一声を聞いた俺は、事態が予想だにしない結果をもたらしていたので、話をする場所を執務室に変えて、ネイシュを筆頭に作戦に参加したシュリとポチ、そしてネイシュの人柄を良く知るアソシエと、牢獄から出されたミリーズ、そして、困った時のマグナブリルも加えて、改めて任務の結果を聞く事になったのだ。


 俺は被告人席の様に皆の視線が集まる部屋の中央に座るネイシュに視線を向ける。ネイシュは目線を落として申し訳なさそうな顔をしている。その顔を見る所、ネイシュ自身もとんでもない事をしてしまったと自覚があるのだろう。


「本当に、カイラウルの宰相のアルフォンソを殺してしまったのか?」


「うん…殺した…」


 こうして申し訳なさそうにしているネイシュに確認していると、現代日本で俺が中学生や高校生の時に生徒指導室に呼び出された時の事を思い出す。まぁ、今の状況は立場が違うけど…


「それで…どうしてアルフォンソを殺してしまったんだ?」


「それは…」


 ネイシュは膝の上の拳を握り締める。


「ネイシュの仕事は上層部の意図を探る情報収集で、暗殺では無かっただろ? それなのにアルフォンソを殺したという事には、それなりの理由があるんだろ? 怒らないから言ってみろよ」


 俺は中学校の時、担任の先生にしてもらった時の様に、怒るのではなく、優しく諭す様に尋ねている。


「…それはアイツのやっていることが…私の元居た場所と同じような事をしていたから…」


「ネイシュの元居た場所?」


  俺がロアンパーティーに加入した時にはネイシュは既に加入しており、元々暗殺機関にいたと言う話は聞いていたが、そこがどんな所までかは辛い過去だと思うので聞いていなかった。


 そこで詳しい事情を知ってそうなアソシエとミリーズに視線を向ける。するとアソシエとミリーズが口を開き始める。



「ネイシュのいた暗殺機関はただの暗殺機関ではなく、宗教組織のような事もやっていて、戦災孤児や棄民の子供を集めて、変な教義で洗脳に近い事を行っていたのよ」


「しかもその教義と言うのは子供達を洗脳に使う為だけのものでトップの連中は一切そんな教義を守らずに、自分たちだけは暗殺依頼料で贅沢な暮らしをして、ネイシュとかの実際に暗殺をこなしている子供たちには功徳の為とか言って質素で貧相な生活をさせていたのよ…」


 俺は二人の話を聞いて再び視線をネイシュに向ける。なるほど、成長期に満足な食事を与えられなかったから、ネイシュは華奢で歳から考えると頭一つ小柄だったのか。こういう成長期にたらふく食えなかったと聞くと、もっと食わせてやらねばと思ってしまうな。でも、ネイシュってその頃の食生活が身に付いてしまったのか小食なんだよな…

 

 まぁ、ネイシュの体型の事は置いといて、今はカイラウルの事だな…



「ネイシュ…つまりだ、シャーロット達皇族子女たちが居た場所とか、その扱いがネイシュ自身の過去の境遇と重なったから、その首謀者である宰相アルフォンソを手に掛けたというわけだな?」


「…そう…」


 ネイシュはポツリと一言だけ答える。


「でも、俺が変だと思うのは… 例えシャーロット達が居た場所の境遇が過去の自分と似ているからといって、ネイシュがいた暗殺機関のトップとアルフォンソが別人な事ぐらいはネイシュでも分かっているだろ? それなのに暗殺までするって…他にも理由があるんじゃないのか?」


 ネイシュは普段から感情をあまり表に出さない。というか俺がネイシュと知り合ってからネイシュが激高している姿なんて見たことがない。それだけネイシュが自分の感情をコントロールできる人間だと分かっている。…ちょっとミリーズにネイシュの爪の垢を飲ませたいぐらいだ。

 そんなネイシュが任務を忘れて怒りに任せて対象者を殺す事なんてあり得ない。だから俺は他にも理由があるのではないかと尋ねてみた。


 するとネイシュは顔を上げて、真っ直ぐに俺を見る。



「それは… アルフォンソが魔族と繋がっていたから…」


「はぁ!?」


「えぇっ!?」


「なんですって!?」


 落ち着いて話すネイシュの言葉に俺とアソシエとミリーズは立ち上がって驚きの声を上げる。


「それは誠なのですか!? ネイシュ様」


 マグナブリルが眉間に皺を寄せて尋ねる。


「うん…本当…奴が部屋で魔族と話しているのを盗み聞きした…」


「アルフォンソが魔族と? どんな話をしていたんだよ?」


 俺は驚いて立ち上がったままの姿勢で尋ねる。


「アルフォンソが…魔族の使いと話していて、イチローを女の人で色欲に溺れさせてもっと多くの女の人が欲しい状況にさせて魔族側に引き込むって…」


 ネイシュがそう説明すると、皆が『あぁ…イチローならその方法で誑し込まれそう…』という視線を向けてくる。


「いやいやいや、待ってくれ…いくら俺でも節度ってもんは持っているぞ?」


「私たち以外に蟻族を含めて100人以上の妻がいるイチローに言われてもね…」


「一度、イチロー様には『節度』という言葉の定義を教えてもらいたいものですな…」


「ぐぬぬ…」


 アソシエとマグナブリルが俺の言葉をあげつらってくる。そこへネイシュが俺を擁護するように口を開く。


「イチローは陰鬱としていた私を照らしてくれた太陽のような存在、私がいくらイチローを独り占めしようとも、太陽を一人で覆い隠せないのと同じで、他の人がイチローの魅力を知って好きになる事は止められない… だからイチローに奥さんがいっぱい出来る事は私は許せる… でも、太陽を沈めてしまうような魔族への勧誘は私は許せなかったの…」


 ネイシュが俺の目を真っ直ぐと見ながら自身の確固たる意思を語ってくれる。その言葉に俺に疑いの目を向けていたものは、目を伏せ始める。



「ありがとうな、ネイシュ… 俺の事を擁護してくれて… でも、ここまで褒められると…なんか小恥ずかしいな…」


 俺はむずがゆくなった鼻の頭をポリポリと掻く。


「でも、本当の事! 私にとってはイチローは太陽、側にいるとぽかぽかと温かくなってくる」


 ネイシュは頬を少し染めながら、胸に手を当てる。やはり、ネイシュはすれてなくて素直でいい子や…



「ところでネイシュ」


 

 ミリーズが場の空気を帰る様に切り出す。



「なに?ミリーズ」


「アルフォンソと魔族の密談をどうやって聞き出したの? 奴らは気配に敏感だから側に隠れていても気付かれるはずなのに…」


「あっ、それは私も思ったわ! 今はボロボロのカイラウルと言えど、宰相の部屋には盗聴防止の為の魔法が幾重にも張り巡らされているはずよ! 魔法の不得意なネイシュがどうやって国家レベルの厳重な魔法を突破して部屋の中を盗聴したの?」


「その件に関しては私もお伺い致したいですな、今後のこの城の防諜の参考になります」


 ミリーズだけではなく、アソシエやマグナブリルもどうやって宰相と魔族の密談を盗聴したのか気になったようだ。もちろん、俺も気になる。


「あっ、それは結構簡単、前にイチローに教えてもらったやり方で盗聴したの」


「えっ? 俺が?」


 俺は身に覚えがないので目を丸くする。


「そう、イチローに教えてもらったイトデンワって言うのを使ったの」


 ネイシュはそう言って、腰のウエストポーチから紙の繋がった紙コップのような物を取り出す。


「あぁぁ!! 糸電話かっ!!」


 俺は思い出して声をあげる。


「そう、これを使えば魔法障壁を突破しなくてもいいし、離れた場所で聞けるから気配を気付かれる事はない」


 そう言ってネイシュは掌の上の糸電話を見る。


「それって…前にホラリスにいく時にイチローの馬車と私たちの馬車を繋いで会話が出来るようにしたものよね? でも、あの時は魔法を使っていたんじゃないの?」


「あの時は馬車の走行音が五月蠅いから魔法を使っていたみたいよ、でも盗聴に使えるなんて思わなかったわね…」


 ミリーズの言葉にアソシエが答える。


「ちょっとネイシュ様…そのイトデンワと言うものを見せて頂けますかな…」


 マグナブリルは少し困惑気味の顔で尋ねる。


「はいどうぞ」


 手渡されたマグナブリルはイトデンワをどの様に使えばよいものか分からずに、あちこち覗き見る。その姿を見かねて、今まで黙って話を聞いていたシュリが立ち上がる。


「どれ、わらわが使い方を教えてやろう、マグナブリル殿」


 そしてトコトコとマグナブリルの前に行くと糸電話の一方を手に取る。


「マグナブリル殿は一方を耳に当ててくれるか」


「こうですかな?」


「では、わらわは部屋の隅に行って小声で話すぞ」


 糸電話の片方をマグナブリルが耳に当て、もう片方をシュリが持って部屋の隅に行き、糸をピンと伸ばす。


「………」


 シュリが糸電話に向かってごしょごしょと話すとマグナブリルがピクリと反応してシュリを見る。


「………」


「えぇ! 聞こえていますとも!」


 

 突然、マグナブリルが部屋の隅にいるシュリに向かって大声をあげる。


「………」


「えっ? これに?」


 マグナブリルはシュリに何か言われたのか、シュリと糸電話との間に視線を右往左往させた後、糸電話に向かってごしょごしょと話し出す。すると、シュリは片手をあげてVサインを作る。


「まさか! 本当に!?」


「どうじゃ、本当に聞こえるじゃろ?」


 シュリが糸電話を持って部屋の隅から戻ってくる。


「高等な魔術や高価な魔道具ならまだしも…このような安価な物で本当に話が出来るとは… 城の防諜設備も考え直さねばなりませぬな…」


 なるほど、物珍しいから興味を示していたのではなく、この城の防諜設備を考えての行動だったのか… まぁ、確かに国が時間と金を使って魔術師に作らせた防諜設備が子供のおもちゃの糸電話に破られた日には頭が痛くなるだろう。最新鋭のハッカー対策がローテクで撃ち破られたような物だからな…


「マグナブリル、気が済んだか? 防諜設備の事については後で考えてくれ」


「あっ、そうですな… 今はアルフォンソとカイラウル…そして魔族の事について考えねばなりませぬな…」


 マグナブリルに声を掛けると糸電話をとりあえず置いて、俺の方に向き直る。


「そうだな…それでどうする?」


「ここまで話が大きくなるとここにいる我々だけで話すのはダメですな… ティーナ様やそして…シャーロット様も交えて話をした方がよろしいでしょう…」


「そうだな…戦いが起きる事も考えてエイミーも参加させたほうがいいだろう… 皆を集めて会議を仕切り直すか…」


 そういう訳で、ネイシュの事情聴取からカイラウル・魔族対策会議を執り行う事となったのだった。 



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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