第618話 良禽は木を択んで棲む

 カイラウルの宰相のアルフォンソは宮廷内で与えられた自室で苛立ちを隠せずにいた。それと言うのも先日手に入れ損ねた冒険者の娘の事だ。ホラリスからカール卿派の者を受け入れれば、同じ程度の娘が手に入るだろうと高を括っていたが同等の娘を見出す事は出来なかったのだ。

 そうなってくると、逃した魚が大きく感じられるのと同様に、あの時の娘がより最上の上玉に思えてくるのだ。苛立ちを抑えられないアルフォンソは、部屋の隅に視線を向け声を出す。



「おい! こちらに来い!」


「は…はい…アルフォンソ様…」



 アルフォンソに呼ばれて部屋の隅に控えていた少女がアルフォンソの前に進み出る。少女の年の頃は先日の冒険者の娘と同様の年端のいかぬ金髪碧眼の少女で、その華奢で未成熟な肉体に似合わぬ、シルクのレースの編みこまれた白いブラ、白い下着、白いニーソックス、それにガーターベルトに指出しのオペラグローブを纏っている。

 これらの衣装はあの冒険者の娘を逃した事で、アルフォンソが新たに目覚めた趣味であり、娘自体も皇帝カスパルの子女を養育する施設から、まだ女として熟れていない少女を自分が教育すると言って連れ出してきたのだ。

 もし、仮にあの時、冒険者の娘を手に入れる事が出来たのであれば、アルフォンソはまた新たな性癖に目覚めていた事であろうが、歴史にもしはあり得ない。


 アルフォンソは、椅子をくるりと少女に向け、自分の膝をポンポンと叩く。


「さぁ、こちらへ…」


「はい…アルフォンソ様…」


 少女はオドオドしながら、そのアルフォンソの膝の上にちょこんと腰を降ろす。するとアルフォンソはその背中から少女を抱き上げ、自分の身体を密着させる。


 本来であれば、皇女の一人である少女をこの様な愛玩奴隷として扱う事はあり得ないが、アルフォンソは自身にはそれぐらいの事が許されると思っていた。また、あのカスパルを皇帝の座につけた自分自身の功績を正しかったとも考えている。それと言うのも、傀儡として皇帝の座につけるならば、もっと幼く御しやすい候補がいたのだが、当時のカスパルは今の肥え太った醜い豚の様な姿とは異なり、すらりとした美青年だった。

 その後、女をあてがって傀儡にしていく事を考えれば、副産物としてその容姿を引き継いだ美しい皇女を生み出してくれるのではないかと考えたからだ。

 そして、そのアルフォンソの思惑は見事に的中し、カスパルの子供たちは、その界隈の者たちから、至高の希少品と名高く、アルフォンソ自身もこうしてその得難い希少品を愛でている訳である。


 アルフォンソはその少女の肢体に手を這わせ始める。



「んっ…あっ… あんっ…」



 少女は自身の肢体をまさぐる手に、今までに感じた事のない感覚に、甘い声を漏らし始める。アルフォンソはあの冒険者の娘を逃した憤りから、この少女を招き寄せたが、未だに少女の蕾を散らしてはいない。乱暴な散らせ方をすれば、最初の一回目こそまだ誰も踏み入れてはいない白雪を踏みしめるような征服感を得られであろうが、以降は恐怖と痛みで物言わぬ人形となった者を相手に自慰をするような事になると経験しているからだ。


 だから、今回の少女は快楽を与えるだけ与えて、最後の絶頂だけは寸止めにして焦らす事を繰り返し、それによって快楽に耐え切れなくなった少女自ら、その純潔の蕾を散らせてくれと懇願するに至るまで調教しようと考えていた。



(フフフ…その日が来た時には、排卵剤を飲ませるのも興が一つ増えてよいかもしれぬな…)


 そう思いながら、アルフォンソが少女のまだ未熟な女の証に手を伸ばそうとした時、部屋の扉がノックされる。



「誰だ!」



 少女を興じている所を妨げられて、アルフォンソは手を止めて、普段とは異なり少し声を荒げて尋ねる。


「アルフォンソ様、プリニオでございます」


 扉の向こうの人物は、アルフォンソの直接の部下である内政官のプリニオである。


「なんだ? 何の様だ?」


 アルフォンソは少女を抱えた込んだ姿勢のまま声をあげる。


「はい! アシヤ領に対する対応の件で真偽をお尋ねしたいのですが?」


 アルフォンソはその言葉にチッと舌打ちをする。扉越しの言葉のやり取りで対応できるのなら、このまま少女を弄ぼうと考えていたが、プリニオを納得させる為にはちゃんと向き合って話をしなければならない。

 プリニオは与えられた仕事を良くこなし、間違えが無いか確認するところも有能ではあるが、こういう所は頭が固くて使いにくい所がある。しかし、アルフォンソ自身も自分自身では分かっている事、済んだ事として他者に説明を省くところがあるのを分かっているので、部下に尋ねられた時は、説明を省いていたと思ってちゃんと説明するのだ。


「…降りなさい…」


「えっ?…あっ…はい…」


 アルフォンソは少女から手を放して声を掛ける。すると少女はまるでサウナから出てきたような、少し汗ばみ、ぼーっと仄かに赤く高揚した顔で答えて、ちょこっとアルフォンソの膝から降りる。


「お前は、向こうの部屋で控えてなさい」


「はい…分かりました…アルフォンソ様」


 少女がぺこりと頭を下げて隣にある控室に向かう姿を見送ると、アルフォンソは、身だしなみを整えながら、扉の方向へと向き直る。



「入りなさい、プリニオ」


「失礼いたします、アルフォンソ様」


 

 アルフォンソはつい先ほどまで少女を弄んでいたとは思わせない姿でプリニオと対面する。


「それで、アシヤ領への対応について聞きたいのですね?」


「はい! 我がカイラウルに於いて、現状一番であったシャーロット皇女殿下を送っておきながら支援物資は不要との話を耳にしました。その上で新たな皇女を送るという話ではありませんか! 現在、困窮しているカイラウルにおいて、なぜその様なご決断をなされたのですか? 私は信じられなくて聞き間違えかと思い、こうして確認しに参った訳です」


「えぇ、その通りですよプリニオ、私がそうするように指示をしました」


 熱を帯びるプリニオに対してアルフォンソは涼しい顔で答える。最初は他の部下に任せえていた案件であるが、アルフォンソが思う所があって、シャーロットとアシヤ領に対する対応を変更させたのだ。


「どうしてですか? シャーロット様なら、他にも高額を付けてくれる方が引く手余多でしたのに…」


「そうですね…プリニオ、分かりやすいように例え話をしましょう」


「例え話ですか?」


「えぇ、例えば、道端で惚れ薬が貴方の給料一か月分で売っていたとして、貴方は買いますか?」


「いいえ、その様な怪しいものは買いませんね…」


 プリニオは、例え話の意図が分からず、ピクリと方眉を動かす。


「では、初めにただで惚れ薬を渡され、効果があれば再び買いに行きますか?」


「そうですね、効果が確認できれば買いに行くでしょう…」


 アルフォンソはその言葉に満足そうにうんうんと頷く。


「これこそが新規の客を作る秘訣なのですよ。最初に試供品を渡してその良さが分かってもらえれば客はまた来ます。最初に渡した試供品ほどの品が用意出来なくても、継続して商品を購入してくれるなら、良い物が入った時に優先的に回すと言えば、客は喜んでお金を差し出して買い続けてくれるのですよ」


 アルフォンソは、これからイチローがカイラウルの上客になり得ると説明したのだ。


「なるほど! そのようなお考えだったのですね! 私の考えがまだまだ至りませんでした」


 プリニオはアルフォンソの言葉に感心して頭を下げる。その時、窓の外にバサバサと何かが降り立つ音が鳴り響き、アルフォンソはチラリと窓の外を確認する。


「プリニオ、分かってくれたのならそれでよい、内政と商売とは違うものですからね… それでは私はやり残した書類があるので一人にしてもらえますか?」


「ははッ! お手間をとらせ申し訳ございませんでした、アルフォンソ様…」


 そう言って、プリニオが部屋を退出し扉が閉められると、アルフォンソはふぅっと溜息を付き、窓側に向き直る。そこには赤い目をした一匹のカラスがいた。



「これはこれは、ヒドラジン様のお使いですかな? この私に何か御用ですか?」


 アルフォンソは皇帝カスパルよりも丁寧な所作で対応する。アルフォンソは魔族ヒドラジンと通じていたのだ。

 アルフォンソのこの部屋は宰相と言う事で、最上級の魔法により何重もの警戒がなされており、隣室にいる少女もアルフォンソが窓の外の魔族の使い魔と話しているなど気が付かないであろう。


「アルフォンソよ… 私の計画の為の行動をちゃんとしているのか?」


 カラスがしがれた声で話す。使い魔のカラスも魔王の側近であるヒドラジンの使い魔である。近くで盗み聞きするような者が居ればすぐさま気が付く。しかし、近くに怪しい気配は感じないのでアルフォンソに話しかけた。


「はい、ヒドラジン様の計画の為に、アシヤ・イチローなる所の所へ、皇女を一人送りました…次なる皇女も送るつもりであります」


「…その様なやり方で、本当にアシヤ・イチローを魔族陣営に引き込むことができるのか?」


「えぇ! 出来ますとも! ヒドラジン様! アシヤ・イチローもカスパルと同じ、数多くの妻を持つ好色な男… されど今の領主という立場であれば、数は揃えられても質は揃えられますまい… しかし、人の欲望は果て無きもの…いづれは今の立場では手の届かぬ高嶺の花を求める様になるでしょう… その時に囁いてやるのです… 王…いや皇帝にならないかと… そして王や皇帝になるためには更なる力が必要であると…」


 カイラウル、いや人類を裏切って魔族についたアルフォンソはなんら悪びれることなく、魔族のヒドラジンに仕えていた。アルフォンソは自身の能力を高く買ってくれるのであれば、それが人類であろうと魔族であろうと関係は無かった。

 そもそも人類が正義で魔族が悪で、両者は混ざる事のない水と油という考えに疑問を感じていた。人々が魔族には理性や道理が無く、あるのは人類に対しての憎悪と暴力だけだというが、今自分自身は魔族と互いに理性と対話を持って互いの利害関係について話しているではないか。その事を踏まえると今の人類と魔族との争いは、人間の国家間で行われる争いとなんら変わりはない、逆に人類側が魔族の者を受け入れるような事はないが、魔族はこうして自分を受け入れている所を見ると魔族側の方が懐が深いのではないかとさえ考える。

 人類は人種というほんの些細な違いで互いを受け入れる事が出来ずにいるが、魔族側は種族の全く異なる自分自身を取り立ててくれているのである。



 今回計画の目標にされているアシヤ・イチローなる人物は配下に数多くの元魔族側の者がいると聞く。その点に置いてアシヤ・イチローは自分に近い考えを持つ人間ではないかとアルフォンソは考える。

 自分に近い人間であれば、時が来た時に自分自身で説得すれば、容易く魔族側に寝返ってくれるのではないかと考え計画の成功を確信していたのだ。


「うむ…其方は計画の成功を確信しておるようだが、決して油断や慢心はせず、慎重に事を運ぶのであるぞ…」


「肝に銘じております…ヒドラジン様…」


 カラスはバサバサと羽音を立てて飛び去った…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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