第612話 姉と妹と弟

 イチロー達が執務室で真面目な話をしている頃、カローラは談話室で漫画を読みながら、自分自身ではアンニュイなひと時を過ごしていると考えていた。


「カローラ姉ちゃん! 厨房からトマトジュースを貰って来たよ!」


 ヤマダタロウが飼い主にじゃれつく子犬のような顔をしてカローラの為にトマトジュースをワイングラスに入れて運んでくる。


「タロウ、ありがとう…貴方は本当に良い弟だわ…」


「エへへ… カローラ姉ちゃんに褒められちゃった」


 そんな様子をタロウも喜んでいる様だ。


 カローラは微笑を浮かべながらトマトジュースを受け取り、グラスを転がしながらトマトジュースの香りを楽しむ。


「ウフフ…今年のボジョレーもいい出来のようだわね… 柔らかく果実味が豊かで上質な味わい… ここ10年で1度の出来栄えだわ…」


「いや、それは今朝とったトマトを使ったものじゃぞ? それに10年前はわらわはまだトマトを作っておらん、まぁ褒めてくれるのなら悪い気はせんがのう…」


 談話室に農業の本を探しに来ていたシュリがカローラの感想にそう返す。


 そんな時、部屋の外からこの部屋に向かって掛けてくる可愛らしい足音が響く。


「カローラ姉さん!」


 部屋の扉が開かれると同時に、愛嬌のある可愛らしい少女が姿を現わす。


「デッ…ルミィーじゃないのっ! どうしたのよ!」


 現れた弟…いや妹の姿にカローラは驚いて目を丸くする。


「ブラックホークお兄様がカローラ姉さんに用事があるとかで、ぼ…いや私も姉さんにお願い事があって一緒についてきたんですよっ! それにセリカ母さんの事についても報告したくって…」


「まぁまぁ! そうなの! ではこちらに来て話を聞かせてよ!」


 カローラはアンニュイな体勢から身体を起こして自分の隣の席をポンポンと叩く。


「タロウ、妹の為にボジョレーをもうワングラス、お願いできるかしら?」


「分かったよ! カローラ姉ちゃん!」


 タロウはチラリとルミィーを見た後、厨房へと駆け出していく。


「なんじゃ、姉弟…いや姉妹揃って水入らずの話をするなら、わらわは気を利かせた方がよいかのぅ…」


 シュリは二人に気を利かせて腰を浮かせる。


「あっシュリさん! その節は私たち姉妹…の事や家族の事で色々と便宜を測って頂きありがとうございます! 私は構わないのでそのままで結構ですよ」


「そうか? 実はわらわも其方たちがどうなったのか気にかかっておってのぅ、話をききたかったのじゃ」


 そう言ってシュリは浮かせた腰を再びソファーの上に降ろす。


「カローラ姉ちゃん! トマトジュース、もう一杯持って来たよ!」


「ありがとう、タロウ… ルミィーに渡してあげて」


 タロウはカローラに言われると、すっとワイングラスをルミィーに差し出す。


「あっ…タロウさんもその節はお世話になりました… 本当はあの時、私を討ち取る事が出来たのに逃して頂いて…」


「いや、別に気にしなくていいよ、カローラ姉ちゃんがこうして喜んでいるし、カローラ姉ちゃんとっての妹なら俺にとっての妹と言う事になるからな…」


 あの時の戦いではデミオに怒りと敵意と殺意を向けていたタロウであったが、今の可愛らしいルミィーを前に少し赤面する。


「それでルミィー、セリカ母さんはホラリスに連れていかれてどうだったの? 酷い扱いをされていなかった?」


「はい、カローラ姉さん、イチロー様が事情を記した手紙を用意してくれた事と、新教皇であり、カローラ姉さんとも面識があるスタインバーガー教皇が便宜を図ってくれて、セリカ母さんを教皇直轄の人員と言う事で手厚く保護してくれることになったよ!」


「よかったわぁ~ スタインバーガー卿…いや今は教皇ね…あの人の人柄ならセリカ母さんをちゃんと保護してくれるわ」


 そう言ってカローラは胸の痞えがとれたようにほっと胸を撫で降ろす。


「でも…姉さん、あの事は本当なの?」


「あの事って?」


「ハイエース父さんが…母さんの子供として転生してくるって…」


 ルミィーは未だ状況を理解できないといった顔で聞いてくる。


「そこはセリカ母さんの一族に伝わる秘術で、私も見た事無いから何とも言えないわね…」


「話の通りだとしたら、父さんが私の弟として生まれてくる訳で…どう接したらいいのか分からないよ…」


「それを言ったら父さんの方も転生して生まれてきたら、息子だった存在が娘になっているんだから父さんの方も困惑するわよ」


「アハハ、確かにそうだね、父さんの方こそ困惑しそうだね」


 ルミィーの悩んでいた顔が少し笑顔に戻る。


「それと…」


 カローラは一言漏らすとその髪の毛の中から二匹のコウモリを出す。


「姿、形、在り方が変わっても私たちが家族であることには変わりないわ」


「それは…レヴィン姉さんにトレノ姉さん!?」


「そうよ!今はコウモリになっちゃったけど私がレヴィンよ」

「デミオ! なんで私たちよりも可愛くなっちゃっているのよ!」


 目を丸くするルミィーにコウモリになったレヴィンとトレノはキーキーと甲高い声で話しかける。


「ちょっと、貴方たち五月蠅いわよ」


「す、すみません…カローラ様」

「申し訳ございません、カローラ様…」


 立場が完全に逆転した二人は素直にカローラに謝罪する。


「それで、ルミィー、母さんの報告以外に私にお願いがあるって話だけど何かしら?」


「あぁ…その事なんだけど…」


 ルミィーが恥ずかしそうに縮こまってもじもじする。


「なに?どうしたのよ?」


「その… 私が旅立つ前にカローラ姉さんが渡してくれた下着の着替え… あれ…またもらえないかな?」


「あ~ ドロワーズの事ね、でもあの時はあのドロワーズを嫌がっていたじゃないの、どうしてよ?」


 カローラはルミィーがブラックホークとここを離れる時に、これからは女として生きていかなければならないので、男性のブリーフしか持っていなかったルミィーに女性の下着であるドロワーズを渡していたのだ。


「そ…それが… ブラックホークお兄様が…ローライズの女性向下着しか渡してくれなくて… その…アレが付いたままの私ではその下着を身に付けるのは…色々と辛くて… だけど、カローラ姉さんが渡してくれたあの下着なら辛くないんだ でも…洗濯して干していた時に風に飛ばされちゃって…」


「ちょっと待って! ちょっと待って!」


 カローラはルミィーの話に大きな声を上げる。


「え? なに?」


「ルミィー…私の事を呼んでみて…」


 カローラは真剣な顔で詰め寄ってルミィーを見る。


「え? カローラ姉さんの事を…呼べばいいの?」


「…じゃあ、先程、ブラックホークの事はなんて呼んでいた?」


「えっ? ブラックホークお兄様だけど… それがどうかしたの?」


 ルミィーが意味が分からずキョトンとした顔で答えると、カローラは何か悟ったような顔をして身を起こす。



「へぇー ふぅーん… ほぉーん… そういう態度をするんだ…」


「えっ?えっ!? なになに!? 何が気に入らないの!? カローラ姉さんっ!」



 ドロワーズを手に入れる事が死活問題のルミィーは機嫌を損ねたカローラに必死に詰め寄る。



「そこよ! 血の繋がった姉である私には『さん』付けで、どうしてブラックホークには『お兄様』なのよ!」


「だって、ブラックホークお兄様は人間なのに強くてカッコ良くて、それでいて気遣いがあって優しくて… 僕の理想で憧れ通りの人なんだよっ!」



 ルミィーになる前のデミオは確かに英雄願望があったが、今のルミィーがどういう意味で言っているのか分からずカローラは少し困惑する。そこで話を聞いていたシュリがルミィーに小声でアドバイスをする。


「ルミィーよ、カローラは『姉さん』ではなく、自分もブラックホークと同じように『お姉様』と呼ばれたいのじゃ、呼んでやれば機嫌が直るどころか、超がつくほどのご機嫌になるぞ」


「えっ? そうなのですか? シュリさん、 では…」


 ルミィーはシュリから助言を受けると、ムスッとしているカローラに向き直る。



「えっと…カ…カローラ…お姉さま♪」



 ルミィーはもじもじしてうるうると潤んだ上目遣いの瞳でカローラをお姉様呼びをする。



「かはっ!」


「えっ!? 吐血!? 大丈夫なの!? カローラお姉様っ!」


「大丈夫…大丈夫よ… 致命傷で済んでいるから… 私の中に眠る膨大な姉性が…突然目覚めて…ちょっと発作を起こしただけよ…」



 気遣うルミィーにカローラは肩で息をしながら答える。


「いや…咽て飲んでいたトマトジュースを戻しただけじゃろ… しかし、またおかしなことを言い出して…」 


 カローラの言動にシュリは呆れた顔をする。


「しかし、流石、我が妹だわ… こんな僅かな間にこれ程までの実力を身に付けるとは… 姉として妹に応えなければならないようね…」


「本当! ドロワーズをくれるの! 今、本当に辛くて困っているから、カローラお姉様のお古でいいからドロワーズを貰えると助かる!」


「いや…ちょっとお古は… ちょっと私の下着を変な事に使うつもりじゃないでしょうね!」


「変な事って? 私はただ身に付けるだけだよ、着替えた後、洗濯して保管しているのはブラックホークお兄様だから、身に付ける以外の事はできないよ」


「ぶほぉっ! あのブラックホークが下着の洗濯までやっているの!? 尚更、私のお古は渡せないわよっ! ちょっとルミィー! 貴方、今度は女の子として生きていくわけだから、下着ぐらい自分で洗濯しなさいよっ!」


 カローラは更にトマトジュースを吹き出す。


「いや…一度、自分で洗おうとはしたんだけど… 女の子の…アレが来たと勘違いされかけて…」


「勘違いされてもいいから今後は男に洗わせずに自分で洗いなさい! それが女のデリカシーよっ! 後、ドロワーズはちゃんと新品の物を予備を含めて多めにあげるわ、それとおしゃれの為の着替えのドレスとかもあげるわ」


「ありがとう! カローラお姉様っ!」


 ルミィーは素直な気持ちでカローラに感謝する。そこへ今まで二人のやり取りを見守っていた山田太郎が口を開く。


「なぁ…カローラ姉ちゃん…」


「ん? どうしたの? タロウ」


「俺も…カローラ姉ちゃんではなく…カローラお姉様と呼んだ方がいいのかな? 後、俺もルミィーみたく…女の子の恰好をした方がいいのか?」


 思い悩むヤマダタロウにカローラはフッと微笑を浮かべる。


「いいこと… 素直で可愛い妹、そして素直で可愛い弟… それぞれでしか摂取出来ない養分があるの… だからタロウは今までのままでいいわ…」


「わかった! じゃあ俺は今まで通り、男のままでカローラ姉ちゃんと呼ばせてもらうよっ!」


 こうして姉・妹・弟の楽しい団欒が過ぎていったのであった…


連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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