第609話 カイラウルの内情

 宮廷内をドスドスと大きな足音を立てて走り回る相撲取りのような体格の男の姿があった。体格はそのように肥え太った身体であっても、身に纏う衣装はこの国で考えられる限り最上級品の品で、その男の姿が例え肥え太っており、その顔も醜悪な面構えであっても、その身に纏う衣装がこの国での男の身分を現わしていた。



「アルフォンソ! アルフォンソはおらぬのか!」



 男は大声を張り上げながら、宮廷内を誰かを探して走り回る。その動きはその体型から考えると意外と速く、所謂動けるデブである。



「どうかされましたか? 皇帝陛下」



 そこへ、最初の男程は太っていないが、太鼓腹で禿面の男が姿を現わす。



「おぉ! アルフォンソ! そこにおったのか! 探したぞ!」



 最初に走り回っていた男はこの国カイラウルの王であり自称皇帝のカスパル・シーサレ・カイラウルであり、後から現れた男は、カイラウルの宰相であるアルフォンソ・ドゥエニャスである。



「最近の状況はどうなっておるのだ!」



 自称皇帝のカスパルが宰相のアルフォンソに詰め寄って声を荒げる。



「陛下、どうなっておるのだと申されましても、一体何の事を仰っておられるのですか?」


 

 アルフォンソは突然詰め寄られて困ったような顔を装い尋ね返す。



「決まっておろう! 食事と女の事だ! 食事は肉が減っておるし、女はここ一か月も新しい者が来ておらぬぞ!」


「その事でございますか… 先日、国の北方でちょっとした騒動がございまして、肉にする家畜も陛下に献上するはずだった女も、輸送が送れているのでございます」


 この国は半年前に魔獣の襲撃で首都を含む沿岸部の都市以外はほぼ全て壊滅し、また先日、供われていなかった被害者の遺体から発生したアンデッドの大軍の発生にて、更に国内情勢が悪化しているが、その事について自称皇帝カスパルは気にかけていない。

 彼にとって目の届かない所の国民の生き死になど全く興味がないのだ。また宰相アルフォンソも事態を矮小化して報告しており、更に輪をかけて些事にしか思っていないのだ。


 しかし、自身の興味の範囲である食事や献上される女の事になるとカスパルは目の色を変え始める。



「なにぃ!? 余の楽しみを邪魔立てする奴がおるというのか!?」



 カスパルは顔を歪めて声を荒げると、アルフォンソはその反応にしまったと胸を内で思う。それはこの無能な皇帝カスパルが怒りに任せて口を挟むと余計な事にしかならないからだ。



「しっ…心配はご無用です陛下、すでに事態は鎮められ、今日の夕食には間に合うように物資が届くはずでございます」


「そうか、それで女の方はどうなのだ?」


 

 カスパルは食事の件に関しては納得したようだが、舌なめずりをしながら女の件を追及する。


「そうですな…躾をされた令嬢をご用意するのは難しいですが、下々の者で良ければすぐに何人かご用意でると思いますが…」



 魔獣の襲撃前の経済的に安定していた時期は、大陸全土から没落した貴族の令嬢を奴隷として買い与えおり、襲撃後は避難してきた自国の貴族を保護する代わりにその令嬢を取り上げてカスパルに与えていたのだ。しかし、魔獣の襲撃から逃れてこの首都カイラウルに辿り着いた貴族は少なく、それで一か月の間、新しい女をあてがう事が出来なかったのだ。

 そこでアルフォンソは貴族だけにとどまらず、避難してきた一般の国民まで目を付けたのだ。



「うーん… 下々の娘か…貴族の娘の様に垢ぬけておらぬかも知れぬが…たまには芋っぽい娘も良いかも知れぬな… うむ! 分かった! すぐに用意せい! アルフォンソよ! しかし、ちゃんと生娘をそろえろよ!」


「心得ております陛下…」


 アルフォンソは深々と頭を下げると、カスパルは満足して自身の後宮へと戻っていく。その後姿が完全に消えるとアルフォンソはほっと溜息を付く。


「ふぅ…やれやれだ…この状況下では陛下に差し出す肉と女の調達も難しくなってきたな…何か早急に策を巡らせねばなるまい」



 アルフォンソはそう考えると即座に執務室へと向かう。


「皆、揃っておるか?」


「はは! アルフォンソ様」


 執務室に入ると文官たちがアルフォンソに恭しく頭を下げて返事をする。アルフォンソはその返事を受けながら椅子に座り皆を見渡す。


「陛下から食事と女の件で苦情があった。すぐに対処しなければならない。他国に買い付けておった物資はどうなっておる?」


「は、はい! やはり陸路での買い付けは先日のアンデッドの件で滞っております…商人も陸路は使いたがらないようです… しかし、海路での買い付けを増やしましたので、その内、物資に関しては陛下がご満足いただける量を運べるかと…」


 アルフォンソは文官から受け取った報告書に目を通す。本来であれば他国からの買い付けも困難となる状況であるが、そこはアルフォンソが目敏く、国土を蹂躙した魔獣やアンデッドであるが、奴らは人間の賊とは違い金品に目をつける事はない。なので、滅亡した貴族の領地をめぐり金品だけをかき集めてきたのだ。勿論、その一部は自身の懐に入れているが…


「女に関しては避難民の中から陛下に献上するのに良さそうな女を見繕っておけ、宮廷で働けるとでも言えば、食事も寝床も満足にありつけない状況…喜んでくるであろう」


「はい、分かりましたアルフォンソ様…しかし、このままの現状では、各地の貴族から集めた金品も底が尽き、立ち行かなくなってしまいますが…」


 文官の一人が未来を見据えて提言する。


「ふむ、それではこの街にいる、両親を失った孤児、夫を失った妻、子や孫を失った老人など、それらの被災者を集めて収容所で保護するように」


「それでどうなさるのですか?」


「いくら魔獣やアンデッドに踏み荒らされたと言えど、まだ収穫できる麦はあるだろう、それを保護した者たちに収穫させるのです。また、このまま肉や家畜を輸入していては流石に国庫が尽きる。その者たちに放棄された牧場を使って家畜の世話をさせなさい。勿論、孤児は男女で分けて、よい娘がいる場合には生娘のまま陛下に献上できるようにしなさい」


「確かにその方法であれば、被災者の処理や今後の復興となりますが… 国で抱えるとなると寝床や施設は被災して主を失った場所を使えばよいですが、食料はどうするのですか?」


 アルフォンソはピクリと眉を動かして少し考えた後、すぐに答える。


「以前から打診があったホラリスで勢力争いに負けたカール卿派の者を受け入れるとしましょう」


「カール卿派を!? それでは教会を敵に回す事になりますよ!」


「大丈夫、首謀者のカール卿を受け入れるならまだしも、他の者ならばそんな事にはならない。そもそも、カール卿派と言えど、計画には関わらずただ付き合いがあっただけの者が多くいます。教会の立場上、そんな者たちまで処断することは出来ないが、ホラリスには今まで通り置いておくわけにはいかない…だからカイラウルが体の良い追放先になって彼らの監視や管理を行ってホラリスに恩を売るのですよ。その代り我々はホラリスから支援金や食料を得る訳です」


「そ…そんな事が出来るのですか?」


「えぇ、可能です、ホラリスにとって厄介者ですからね。そのままカイラウルに根付いてホラリスには二度と戻って欲しくない人たちです」


 そう考えると、受け入れるカール卿派の中に年頃の娘がいれば、陛下をあてがう事ができるとも考えた。


「…分かりました、アルフォンソ様。丁度、ホラリスからの支援物資が届いたと報告を受けておりますので、その様に話を進めておきます」


「ほう、丁度、ホラリスからの支援物資の使者がきているのですか、それでは私も直接、確認するとしましょう」


 アルフォンソはすぐに腰を上げ、物資の搬入場所へと向かう。良い物があれば陛下の手に渡る前に上前を撥ねる為だ。そして搬入場所に到着すると若い女の声が聞こえた。



「こちらが納品書です。ご確認いただけますか?」



 アルフォンソがその声の主に目を向けるとその姿に目を奪われる。少々若いが、透けるような白い肌に、黒くて艶やかな髪、そして愛らしい顔立ち。これ程の少女は貴族の中でもそうはいない上玉だ。



「ちょっとよろしいですか? お嬢さん」


「なんですか? おじ様?」


 

 少女はアルフォンスの声に、愛嬌のある笑みを向ける。正面からその笑顔を見ると更に少女がかなりの上玉に見える。この少女であればカスパルも一か月は…いや、あのカスパルに渡すよりも自分の手元に置きたくなってくる。



「お嬢さんはホラリスの者かね? ホラリスよりも給金を弾むから、ここの宮廷で働かないか?」


「どうした! ルミィー!」



 アルフォンソが近づいて声を掛けた瞬間、長身の男が険しい顔をして近づいてくる。



「あっ、ブラックホークお兄様!」



 少女は男に先程よりも良い笑顔で答える。



「お兄様? すると貴方はこのお嬢さんの兄上ということですかな?」


「そうだ、俺の名はブラックホーク・ジョン、この娘は俺の妹のルミィーだ。俺たち二人はホラリスの依頼を受け、支援物資の護衛の任務に就いていた所だ。お前は何者で妹に何の用なのだ?」


 そう言って男は警戒してか、少女の前に進み出る。



「私はこの国の宰相を勤めるアルフォンソ・ドゥエニャスと申します。妹さんが余りにも器量の良いお嬢さんだったので宮廷で勤めないかと声を掛けていたんですよ」


「断る! ようやく取り戻せた妹だ! 二度と余所にやったりはしない!」



 アルフォンソが言い終わるや否や、アルフォンソの身分に拘わらず男はきっぱりと断る。



「左様でございますか… また考えが変わった時にはお声かけ下さい…」



 ホラリスから依頼を受けた冒険者と言う事で、後々面倒ごとにならぬよう大人しく引き下がる。


(かなりの上玉だったが…まぁよい…いずれ来るカール卿派の中にもっと良い女がいるだろう)


 そう考えて、アルフォンソはその場を立ち去ったのであった。



連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei

pixiv http://pixiv.net/users/12917968

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