第607話 結果発表と切り札

 朝食中は、フェンリル状態のポチを目の当たりにして興奮したシャーロットより、根掘り葉掘りポチの事を聞かれ、どうすればオーディンも大きく成長して人間の言葉を話せるようになるか尋ねられた。

 ポチの場合はシュリが色々と教育したお陰で言葉を話せるようになったから、オーディンがもしフェンリルだったとしてもちゃんと教育してやらんと話せないであろう。

 しかし、恐らくオーディンは十中八九ただの豆柴だと思うから、いくら餌をやっても大きくならないし言葉も話せないだろうと思っていたが、そのまま伝える訳にはいかないので、一応十分に食事を与えて子供に言葉を教える様にすれば言葉を話せるようになると伝えておいた…知らんけど…


 朝食後もシャーロットはフェンリルの話を聞きたそうにしていたが、俺が政務の仕事があると断り、代りにポチの教育をしたシュリに城の案内をさせるからその時に、シュリから聞いてくれと答えて送り出した。


 と言う訳で、ポチを筆頭に案内しているシュリを除く城の主要メンバーが談話室にあつまり、ポチの報告を受ける事になった。



「それでポチ、あの場所では言い淀んでいたけど…どうだったんだ?」


 

 人化状態で膝の上に座らせているポチに尋ねる。



「わぅ、ポチから見たらずっとずぅ~っと弱い子だったけど、あの子にとってのあるじちゃまを必死に守ろうとしていた、すごくいい子… でもポチと同じ臭いはしなかった…」


「と言う事は、オーディンはフェンリルなんかじゃなくて、やっぱりただの豆柴だったわけだな?」


「わぅ…」



 ポチは小さく頷く。


「やっぱり、あの子犬…ただの犬だったのね…」


「それでも本物のフェンリルのポチちゃんを相手に、震えながら涙目になっても主人の前に立ちはだかっていたのね…」


「勇敢な犬… 普通の犬なら尻尾を巻いて逃げ出している…」


 アソシエ達三人がそんな感想を漏らす。


「しかし、ポチちゃんがあの場でその事を言わなかったのは、もしかして、あのわんちゃんやシャーロット様の品位や尊厳を守るためだったのですか?」


 ティーナがあの時言及しなかったポチの事について話す。


「そうなのか?ポチ」


「わぅ…あの場で言ったら可哀相だったから…」


「ポチは賢いな~ よしよし!いい子だポチ! ポチはどこぞの誰かと違って人間が出来ているな~ 良い匂いだし!」


 俺はムツゴロウさんスタイルでポチによしよししてやる。


「すみませぬ…イチロー様、クリスの事は今後私がよく躾けておくので…」


 どういう訳かマグナブリルがクリスの事で謝罪する。


「いやいや、マグナブリルがクリスの事で誤る必要はないし、最近は少し小ましになってきているぞ」


「左様でございますか! では私もイチロー様がポチ殿にしておられるようにしてやって、褒めて伸ばせばいいかもしれませんな」


 いや…それはどうなんだろ… それはクリスの野生の勘が変な感じに働いて、処分される前に優しくされているのではと勘違いするんじゃないかな…


「ところでイチロー様」


 この件には無言だったカローラが珍しく話しかけてくる。


「どうしたカローラ」


「漫画やアニメとかで目立ちたくないからフェンリルをウルフと偽る話は良くありますが、逆のパターンは初めてですよね…しかもただの犬をウルフどころかフェンリルって随分な話ですよね」


「あ~ それは確かに俺も思ってた。逆パターンって珍しいって、分かっていてやっていたら随分と烏滸がましいよな…」


「ところで…イチロー様…」


 急にカローラが悪代官に悪事を持ちかける悪徳商人のような顔をし始める。


「なんだよ…カローラ」


「本人から様子を伺いながら話を聞き出すなんて… まどろっこしいやり方は止めにしませんか?」


「…じゃあ何か? アイリスみたいに致しまくって俺の虜にしろっていうのか?」


 するとカローラはギョッとした顔をして少し慌て始める。



「いや、なにもそこまでしろって言ってませんよっ! イチロー様!」


「そうよ…イチロー… 確かにアイリスは私たちを舐めた態度を取っていたけど、私たちで面倒を見なくてはならなくなった今では、あのままでは困っていてアイリスをなんとか中毒患者の状態から直してやらないとって話し合っている所なのよ…」


 ミリーズが俺に責任があるような顔をしてそんな事を言ってくる。いや…俺も今まで致してきた中で、致した後に好意的になる女はいたけど…あそこまで致しの事しか考えられなくなるのは初めてだな… 一体どうしてなんだろ?


「アイリスの事は置いといてですね… 何か重要な切り札の事をお忘れではないですか?」


 カローラがドヤ顔で言ってくる。


「…重要な切り札と言うと… ディートか! ディートに自白剤でも作ってもらえってことだな!」


 カローラの言葉にポンと閃いて答える。だが、カローラは思っていた返答と違ったのか声を荒げだす。


「違いますよ! なんですか! イチロー様にとってディートは困った時のドラえむんですか! するとイチロー様はノブタ君ですか! 違うでしょ! その前にほらっ! 私がいるでしょ! 私が!」


 カローラはそう言って自分のぺたんこな胸をバンバンと叩く。


「カローラがゲームとかでシャーロットとお友達になって本音を聞き出すとかか?」


「…イチロー様は私の事をなんだと思っているんですか… もしかして、私がヴァンパイアである事をお忘れですか?」


 そう言ってカローラがジト目で睨んでくる。なんだと思っていると聞かれても…だんだん、手のかかる娘か妹みたいな感覚になってきているんだよな… そんな風に思われたくないなら、元のエロムッチムチな姿に戻ってくれよ…


「あっ… もしかして魔眼で魅了するつもりなの?」


 俺が思いつく前にプリンクリンが思いついて言葉にする。


「それですよ! それ! 私の魅了の魔眼があれば、心の奥底でどんな事を考えていようとも、ちゃちゃっと情報を聞き出せるでしょ!」


「あ~ 確かにカローラは魅了の魔眼を使えたんだったな… しかし、カイラウルも何か思惑があってシャーロットを送って来たんだ、何か対抗処置とかしてないのか?」


「それなら私とプリンクリンが見た限りでは、なんら魔術的にも呪い的にも処置がされていない事を確認しているわ」


 アソシエがそう答えてプリンクリンもそれに頷く。そんな二人を見て俺はカローラに向き直る。


「じゃあ、カローラ、試してもらえるか?」


「フフフ…了解しましたイチロー様… 今はシュリが温室辺りを案内しているはずですから、その後、私が図書館やこの談話室を案内する振りをして、このカローラがあの女の内面を洗いざらい覗き見てやりますよ… あの女の内面に何が潜んでいるのか楽しみですわ…」


 そう言ってカローラはどこで覚えたのか邪悪な笑みを浮かべる。



 そして、カローラを送り出して午後三時のお茶の時間が終わった後、カローラがムスッとした顔で執務室まで報告にやってくる。


「どうだった? カローラ」


「何なんですか! あの女!」


 不機嫌な顔で声をあげる。


「やっぱり、何か企てていたのか?」


「違いますよ! あの女、表の言葉と内心の裏の言葉がまったく同じなんですよ! 私は内面には嫉妬とか妬みとかもっとドロドロした人間性があると思っていたのに、まったくもってつまらなくて面白味のない女ですよ!」


「…いや、それは人間として大いに評価されるべきところだと思うぞ… それよか、お前はそんな事を考えて魅了の魔眼を使う事を買って出たのかよ… ちょっと趣味が悪いぞ?」


「ごっ! 誤解ですよっ! イチロー様っ! 私はただ… 他人の内面の嫉妬や妬み、劣等感を見て、自分だけではないんだって…安心していただけなんです…」


 あ~ カローラはついこの前まで弟妹たちに劣等感を感じていたからな… まだその癖が抜けきっていないのか… 


 カローラはそんな事を言って落ち込んでいると、話を変える為にマグナブリルが口を開く。


「イチロー様、アソシエ様やプリンクリン様によって、シャーロット様には魔術的に操られている事がなく、また今回のカローラ嬢の功績により、シャーロット様自身が企てを考えていない事が判明いたしました。今後はシャーロット様自身には警戒する必要はありませんな。それよりもカイラウルの意図の方が重要になります」


 マグナブリルはカローラの事をゲーム仲間だと思っているのか、カローラの事を持ち上げてフォローする。


「そうだな… じゃあ今後はシャーロットに変に気を使う必要はないな。カイラウルがどんな思惑を企てているかはマグナブリルに任せるぞ」


「お任せ有れ、イチロー様」


 こうしてシャーロットの警戒は解かれる事となった。




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