第606話 ポチvsオーディン

 晩餐会が終わった後、シャーロットには旅の疲れがあるだろうと言う事で、早々に部屋に戻って頂き、残った皆で談話室に移動して話をする事になったが…皆、なんだか浮かない様子である。



「と言う訳で、さっきの晩餐会で直接シャーロットを見てもらったんだが…皆の所見を聞かせてもらいたいんだが…どうだった? 何か思った事はあるか?」


「ん~ 私もイチローから注意して見る様に言われていたんだけど… あのわんちゃんの事が気になって… あまり彼女の事が見ていられなかったわ…」


 ちょっと困った顔をしたミリーズが口火を切って答える。


「私も最初、ここの料理を馬鹿にされたと思ってイラってしたけど… その後の美味しそうに料理を食べていたし、その後のあの犬の事でシャーロットに注目出来なかったわね…」


「あのオーディンとかいう犬… ポチと同じフェンリルかは分からなかったけど… 可愛さだけはポチと同レベルだと思った」


 アソシエとネイシュがそう答える。


「プリンクリンはどう思った?」


「そうね、私は国や人間同士の権力の力関係なんかは気にしていないから、そこ辺りは何とも言えないけど、魔術的な力に関してはあの娘からはなんら脅威とか力とかは感じなかったし、何か魔術や呪いが掛けられている様な感じではなかったわね、ダーリン」


 プリンクリンは元魔族側でフリーダムに生きていたからそんな視点にで見ていたのか…


「では、貴族・王族の視点でみたらどうだった? ティーナ」


 ここではニューフェイスのティーナに王族視点での意見を求める。


「そうですね… イチロー様、あの食事を取り分ける以外では、確かに立ち振る舞いは貴族・王族に求められる所作でしたね、しかも付け焼刃ではなく自然と身に付いているものです… ただ国同士の外交や力関係については…その…全く無知な様に思われます…」


 ティーナは言及することに少し言い淀むような言い方をする。ティーナからすると王族としての作法は及第点でも、王族として身に付けているはずの知識が無い事が落第点だと言いたいのであろう…


「なるほど…皆、基本的には俺とマグナブリルと同意見と言う事か…」


 俺はそう言いながら、次なる質問対象であるポチに視線を移す。


「で、ポチ」


「わぅ?」


 ポチはキョトンとした顔でクリクリとした可愛い目をこちらに向ける。


「あの犬がフェンリルという話だが…ポチはどう思った?」


「どう思ったってどういうこと? いちろーちゃま?」


 ポチが首を傾げて逆に問い返してくる。


「あー あるじ様、あの犬がフェンリルと名乗っている事をポチがどう思っているのか聞くつもりなら、無駄だと思うぞ」


 ポチの反応にポチの横に座っていたシュリが、ポチを擁護するように声をあげる。


「それはどうしてなんだ?」


「ポチは物心つく前に唯一の同族であった母親を無くして、あるじ様に拾われるまではたった一人で生きてきたんじゃ、だから同じフェンリルとか種族意識は殆どなく、我らと一緒に過ごした事で仲間意識の方が重要なんじゃ」


「わぅ! いちろーちゃま! 仲間! それもボス! シュリも仲間! おねーちゃん! カローラお友達! カズオ美味しい食べ物くれる人! みんな仲間!」


「ポチちゃん、ほんといい子ね…」


「わぅ! ミリーズ達も優しい! 大切な仲間!」


 ポチはミリーズ達の言葉にも反応する。


「よしよし! やっぱりポチはいいこだな~ それでポチ、あの犬には何か感じなかったのか? 自分と同じ臭いがするとか…」


 念の為、改めてポチにあの犬の事について尋ねる。


「犬って、あの女の人の側にいたあの子の事? 強いとは思わなかったから気にしていなかった。後、臭いもご飯の時は美味しい臭いでいっぱいだし、みんなの香水の匂いもあるから、近くで嗅がないと分からない」


「あ~ 気にしていない存在ならそうなるか… でも一応、明日の朝の朝食の時にでも確認しておくか…」


 破壊工作や機密情報を取得して逃げ出す為に使われる可能性がある為、明日の朝食前に、あの犬のフェンリルであるかどうかの真偽を確かめる事にした。



 そして次の日の朝、再び会食形式の食事となるので、会食の場にシャーロットが犬のオーディンを連れて現れる。


「あら? 配膳がまだされていないですわね… お時間が早かったかしら?」


 配膳がまだなされていない食卓を見て、シャーロットが首を傾げる。


「えぇ、今日は故あって配膳は後でなされます… それよりもその…オーディンの事で確認したい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


「オーディンの事ですか? ウフフ…珍しいフェンリルですからね…構いませんことよ」


 シャーロットは少し自慢げに答える。…良し!言質は取った!

 

 俺は一応本物のフェンリルだった場合の時を考えて配置しているクリスや蟻族騎士に合図を送る。クリスが代表して頷き、別の部屋に繋がる扉を開く。するとその扉からフェンリル化したクマより大きいポチがぬっと姿を現わす。



「まぁ~ 大きいわんちゃんですわ!」



 フェンリル状態のポチを見たシャーロットは初めて動物園で大きい動物を見た子供の様に感動しているが、側についている犬のオーディンの方はすぐさま格の違いに気がついて、ピクリと身体を震わせる。



「ポチ、嗅いで確認してくれ」


 俺がポチに伝えると、ポチはぬるりとシャーロットの前に近づき、シャーロットとオーディンの二人を見下ろす。シャーロットは間近で動物園の動物を見る様に喜んでいるが、相手が格の違う相手だと分かっているオーディンの方はそういう訳にはいかない。


 しかし、オーディンはプルプル震えながらもシャーロットを護る様にポチとシャーロットの間に進み出る。



「アン!」



 オーディンは精一杯の抵抗でポチに吠える。そんなオーディンにポチは顔を近づけ、クンクンと臭いを嗅ぎ始める。



「イチロー様! イチロー様! この犬はなんという品種ですの! こんな大きなわんちゃん、初めて見ましたわ!」


 この女…本物のフェンリルを目の前にして、まだそんな事を言うのか… それとも…昨日ティーナが言っていた通りただの無知なだけなのか?


「その…当家のフェンリルです… それよりもポチ! どうだった!」


「わぅ! クリスよりも臭くなかった! 逆に石鹸のいい香りがした!」


 ポチは俺に向き直って答える。


「くっ!」


 護衛についていたクリスがポチの言葉に顔を背ける… おい、クリス…ポチにも言われてんぞ… 犬より臭いって…


「まぁまぁ! この子もフェンリルですの! しかも喋れるのですね!! でしたらオーディンも喋られるようになるのね!」


 この期に及んでシャーロットは、フェンリルのポチを目の前にして、豆柴のオーディンもフェンリルだと思っている様だ。


「それで真偽のほどはどうだった?」


「…いちろーちゃま…今すぐここで言わなきゃ…ダメ…?」


 どういう訳かポチが言い難そうな顔をする。


「…分かった… その話しは食事の後で聞こう…」


 そういう訳で、オーディンの真偽を聞き出す前に朝食を取る事となった…

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