第603話 理解不能
俺は自称皇女のシャーロットの差し出された手に驚いてギョッとする。一応、シャーロットの話では俺は夫になるわけだが、いきなり俺に命令でしかも、俺の事を『夫』ではなく『婿』とか言い出した。
俺の立場が一階の冒険者の時なら、へいへいご案内いたしますよとすぐにその手を取るのだが、俺の今の立場は伯爵でこのアシヤ領で一番偉い領主だ。城内でそんな簡単に下手に出ていいものなのかと、判断を仰ぐためチラリとマグナブリルを見る。
すると、マグナブリルは仕方ないといった感じで目で返答してくる。一応、挙式を挙げる前だから客人だし、皇女じゃなくても他国の王女には変わりないといったところか…
仕方ない、マグナブリルもそう言うのなら、下手に出てエスコートするか…
その代わり…やはり結婚詐欺だったり、詐欺じゃなくても正式に妻となった暁には、身の程を叩きこむ為、アイリスの様にスーパーワンダフルウルトラハイパーエクセレント致しによって、『ご…ごしゅじんさま~ 私が間違えておりました~ 慈悲と慈愛の施しの致しを私に恵んでくだしゃい~』って言わせてやる…
「…あるじ様よ…」
そんな事を考えているとふいにシュリから声を掛けられる。なんだと思いシュリを見てみるとジト目でこちらを睨んでいる。
「邪な考えが顔に溢れ出ておるぞ…」
おっと、いけないいけない…以前の様に言葉まで出ていなかったが、ここはクールにそして爽やかな態度を示さないとダメだな
俺は久々のキラキライケメン爽やかフェイスを装う。
「それでは皇女シャーロット様… このアシヤ・イチローが城の中へとご案内いたします…」
そう言って差し出された手をを取る… ん?
「どうかなされましたの?」
「いえ…シャーロット様があまりにお美しいので戸惑ってしまったのですよ…」
一応、そのように返したが、俺が違和感を感じたのは、シャーロットの手を取った時の手袋の感触が、本物の王女であるティーナ付けている様なつるつるすべすべのシルクの手触りではなく…綿…いや…これは麻か!?
再びチラリとシャーロットの衣装を見るが、シルクの様な光沢がなく、綿のような落ち着いたしっとりした見た目でもない…ドレスも麻なのか!?
自称とは言え皇女が麻のドレスは無いだろう! 一体どうなってんんだ? もしかして、シャーロットが第39皇女と言うぐらいだから、子供が多すぎて高価なシルクを用意出来なかったと言う事か? にしても嫁に出すときぐらいはまともな服装を用意してやれよ!
俺は内心驚きつつもキラキライケメン爽やかフェイスを保ち続ける。そして、俺が手を引いて城へ案内しようとしたときに、マグナブリルが一旦停止するようにシャーロットに声を掛ける。
「シャーロット様、城にご案内する前に御付きの者は同行させぬのですか?」
「あら、そうでしたわ。オーディン! いらっしゃい!」
シャーロットはマグナブリルに言われて馬車に振り返り、従者の名を呼ぶ。…しかし、従者の名前がオーディンって…えらい大層な名前だな… 名前からすると男の様だがどんな奴がでてくるんだ?
「アン!」
すると、馬車の中から可愛らしい鳴き声が響き、茶色の犬…しかも小さくて丸っこい…まるで豆柴の子犬の様なのが飛び出してきて、シャーロットの側に駆け寄り、尻尾を振りながらへっへっとシャーロットを見上げる。
俺もマグナブリルもその様子に呆気にとられ、特にマグナブリルは想定外の理解不能な状況にゲームのバグったNPCの様に豆柴を凝視したまま凝り固まる。しかし、すぐにそれではいけないと気を取り直してシャーロットに向き直る。
「…シャーロット様、他の御付きの者は?」
「オーディンだけで十分ですわ」
「アン!」
シャーロットは正気の顔で微笑んで答える。俺とマグナブリルは無言で再び目を合わせる。胡散臭さMax限界突破、なんで第39皇女とは言え、御付きが豆柴一匹なんだよ! どう考えてもおかしいだろっ!
「か、可愛らしい従者…ですね…」
「ウフフ…オーディンは可愛いだけではないですのよ、忠実で勇敢で、それでいて…あっ、ここから先は驚かれるかも知れないので、また今度お話いたしますわね」
可愛くて忠実で勇敢であっても、豆柴は豆柴だろ… よくこんなお供一匹でカイラウルからここまで辿り着けたものだな…
「分かりました、お話しいただけるのを楽しみにしておりますよ…では、城の中へ…」
そう言ってシャーロットの手を引いて、城の中へと案内する。すると城の中に入った途端、シャーロットは驚いたように声を上げる。
「まぁ、大きくて豪華なお城ですわね」
自称皇女を名乗るなら、これぐらいの城で驚くなよ…まぁ、元々この城に住んで居たのがイアピース王族の鼻つまみ者だったので、最近伯爵になった辺境の領主が住むにはかなり豪華すぎる城だ。
「元々、イアピース王族が住まう城でしたが、功あって譲り受けたのです」
正確にはカローラが奪い取って、それを俺が奪い取って事後承諾のようなものだがな…
「さぁ、先ずは色々とお伺いしないといけない事が御座いますから、こちらでお茶での飲みながら話しましょう」
そう言って応接室へとシャーロットを通す。
「まぁ! このカーペットはふかふかですわ! 随分と贅沢なものを私の為に用意して下さったのね」
いや…それは敷きっぱなしの普通のカーペットだが…
「こちらのお席にお座りください」
敢えてカーペットの事には答えず、ソファーに導き、シャーロットは客人用のソファーに腰を下ろす。
「あっ… この椅子はふんわり柔らかで…まるで雲の上にでも座っている様な感じですわ! 私の為にこの様な椅子までご用意してくださったのね!」
シャーロットはソファーの座り心地に満足なようで、俺に満面の笑みで微笑みかける。
…もはや何も言うまい…
「それではシャーロット様のおもてなしの為に最高級のお茶をご用意してまいりますので…しばらくこの部屋でお待ちください」
本来ならメイドの仕事であるが、俺は胸の内に溜まったものを吐き出したいので、シャーロットから離れる為にそう述べる。
「えぇ、お待ちしておりますわ」
俺の言動に何も問題ないように答えたので、俺はシャーロットを応接室に残して外に出る。そして部屋の外に出た後、しっかりと部屋の扉が閉まっている事を確認すると、部屋の外にマグナブリルの姿があり、声を掛けてくる。
「応接室は盗聴防止の為、内からも外からも声が聞こえぬようになっております」
マグナブリルは俺の気持ちを察してか、そんな言葉を掛けてきた。
「何なんだよぉぉぉ! あの女ぁぁぁぁ!!!!」
俺の声は城の中に響き渡った…
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