第604話 憤死寸前
盛大に胸の内の物を叫び終えると、蟻メイドの一人がさっと水の入ったコップを差し出してくる。
「おぅ、叫び終えて丁度飲みたかったところだ」
そういって、コップに手を伸ばしてメイドの姿を見てみると、いつぞやの逆夜這いを掛けてきた年長の幼体蟻メイドで、チラッチラッと目配せしてくる。これはまた今度相手をしてくれというアピールであろうか…
しかし、求められれば付き合ってくれるが、自分からは誘ってこない成体蟻族と違って、幼体蟻族は自分から誘ってくるのか… 成体と幼体では別種族になるかも知れんな…
「落ち着きましたかな? イチロー様」
コップの水を飲み終えたところでマグナブリルが声を掛けてくる。
「あぁ、とりあえず一端胸にたまったものは吐き出した… しかし、改めてあの女は何なんだ? 何者なんだ? 全く分からん!」
「確かにそうですな… 最初、あの荷馬車を見た時は、詐欺師があんな荷馬車を使っても我らを騙せると考えたと思って、馬鹿にされている様でハラワタが煮えくり返りそうでした」
確かにあの時のマグナブリルは眼力だけで人が殺せそうな目をしていたからな…
「あぁ… それであんな恐ろしい顔をしていたのか… しかし、話をした時に驚いたような顔をしていたよな? やっぱり、本物なのか?」
「いや… それが私にも判断がつきませぬ… あの娘はとっさに国王のカスパルの名前でなく、宰相のアルフォンソの名前を出しました。カイラウルの内情を知らぬものではその名前は出てきますまい… 後、あの娘の所作ですが、そこらの娘に貴族の所作を覚えさせた様な付け焼刃の所作ではありませぬ、あれは物心つく前から教育されたものです」
「確かに立ち振る舞いはそれっぽかったからな… でも、それだけではやはり確信が持てないのか?」
「えぇ… 身なりについては確かに最近のカイラウル王家は子沢山だと聞き及んでおりますので、第39王女となれば…あのような質素な服装もあり得るかと…」
「あぁ…俺もエスコートする時に手袋に触れたが、ありゃ麻製だったぞ?」
マジで貴族の手袋ではなくて軍手かと思ったわ…
「貴族に麻製が相応しいかどうかはさておき、カイラウルの南部はここと比べて温かい地域ですからな、麻製の方が涼しくて過ごし良いかと… それよりも… 王族が輿入れをするというのにあのような荷馬車、しかも人の従者をつけずに犬一匹など… 城の中で皆に聞こえるように情事に耽るような愚かしい所業ですぞ!!」
「いや…その…もうその事は勘弁してもらえないか…?」
なんで今ここで、あの時のアイリスの一件が引き合いにだされるんだよ…
「なりませんな、暫くは擦らせて頂きますぞ」
許されなかったようだ…いい加減もう許してくれよ…
「何はともあれ、様々な事柄が一貫性が無く、今までの情報だけでは真偽のつけようがありませぬ」
「そうなると、ここから先は本人から聞き出すしかないか…」
「えぇ、私も同席しますがイチロー様も本人から情報を聞き出して貰えますか、私は後ほどカイラウル本国へ問い合わせを致します」
そう言って、二人でやる事を決定し覚悟を決めると、シャーロットのいる応接室の扉を開き、待たせていたお茶くみメイドと共に部屋の中へと進んでいく。
「お待たせ致しました、シャーロット様、お茶の準備が整いました」
俺なりの女性限定のポーカーフェイスであるキラキライケメン爽やかフェイスを装って、ソファーの上で待っていたシャーロットに声を掛ける。
「いいえ、オーディンと一緒ですから構いませんことよ」
「アン!」
ソファーに昇らずシャーロットの足元に控える豆柴も一緒に返事をする。
そこは言葉通り、膝に乗せてペット扱いせず、従者として側に控えさせているのかと思いながら、俺はシャーロットの正面の主賓席に、マグナブリルは角席に座る。
「シャーロット様の為に最高級のお茶をご用意致しました。どうぞお召し上がりください」
そう言ってメイドが差し出したお茶を進めるが、シャーロットはじっと視線だけでお茶を見た後、視線を上げて俺を見る。
なるほど、主賓が飲む前にお茶は口にしないという貴族の仕来りをちゃんと身に付けている様だ。しかもその事を口に出さず、視線だけで告げてくる。そこらの品の良い娘を王女に仕立てた訳では無い様だ。
俺は自分の分のティーカップを手に取り、コクコクと口に含む。するとその様子を見てシャーロットもティーカップを手に取って口元に寄せる。
「まぁ、凄い良い香り… 私の為に随分と濃いお茶を入れて下さったのね?」
そう言ってお茶を飲む。…随分と濃いって…確かに客人用の良い茶葉は使っているが、おもてなしのお茶に濃いも薄いも無いだろ…普段、どんなお茶を飲んでいるんだ?
シャーロットは彼女の言う所の濃いお茶を満喫した後、満足そうにティーカップを降ろす。するとそれを見計らってマグナブリルが口を開く。
「シャーロット様、お茶をご堪能頂いたところで、今回の事情をお話頂けますかな? 手紙も先ぶれもございませんでしたので、シャーロット様がイチロー様に輿入れする理由がわかりませぬ…」
「あぁ、その事ですか… 先ずは一年近く前、我が国は突然に魔獣の襲撃を受け、国土のほとんどが踏み荒らされてしまいました… 被害は国民たちだけに限らず、帝国の役人や兵士たちにも多大な被害がでました…なので各地の生き残った民たちに国から復興の手助けをする事が叶わなかったです。そこへ通りかかったイチロー様が手助け出来なかった我々に変わり、民に施しをなさって下さったと聞き及んでおります」
シャーロットは憂いた顔で視線を落としながら答える。
「魔王領から溢れだした魔獣の件ですな、その後魔族本体の進行もあったそうですが、それを撃破したのもイチロー様なのですよ… しかし、その件だけで輿入れを?」
「まぁ! ではあの時見えた光の柱はイチロー様が魔族を討ち滅ぼしたものだったのですね! なら益々、我が国の恩人ですわ!」
マグナブリルの話を聞いてシャーロットは興奮して表情を開き俺に向きなおる。そして、すぐに落ち着いて言葉を続ける。
「その二つだけでも我が国とっては恩人でございますが、その後のアンデッドの大量発生についても、イチロー様が鎮圧して下さり、アンデッドになった国民たちを解放してくださったと聞いております… なのでこれらの功績により、私の婿となる褒美を与える様にと…皇帝カスパル・シーサレ・カイラウルの勅令が下ったのです…」
シャーロットの言葉にマグナブリルの眉がピクリと動き、俺はキラキライケメン爽やかフェイスのまま固まる。
婿!? 今、婿といったか? それは本来はシャーロットが嫁入りするのではなく、俺が婿取りされるって意味か!? やっぱ聞き間違いじゃなかったんだ!
「コホン…えぇ… 先程、婿となる褒美と仰いましたが… それなのにイチロー様をカイラウルに招集するのではなく、シャーロット様がこちらに輿入れする形を取られたのは…どういうことですかな?」
俺より先にフリーズ状態から解けたマグナブリルが尋ねる。
「それに関しては、イチロー様も自分の領地を持つお忙しい方… そんなお忙しい方をカイラウルに呼び寄せる訳にはいきませんので、逆に身軽な私から出向いた訳ですわ」
「出向いたと申されましても… そもそも他国の領主を婿とするのに、イアピース本国には話をされたのですか?」
するとシャーロットはキョトンとした顔をする。
「我が国カイラウルは帝国ですのに、下々の国に伺いを立てる必要なんてあるのかしら?」
マズイ!! この女! マグナブリルを前にとんでもない事を言いやがったっ!
そもそもただの弱小国家の一つで、今は特に魔獣やらアンデッドやらボロボロの癖にいアピースの事を下々の国なんて言い方をしやがった!!
流石に俺もフリーズが解けて、恐る恐るマグナブリルをチラ見してみると、マグナブリルは一応客人を前にしているので、極めて平静を装って入るが、その目が怒りでドンドン充血して言っているのが見えた…
ここまでマグナブリルを怒らせるのはあのクリスでもしてないぞ…
このままにしておいては、マグナブリルの堪忍袋の緒が切れる前に、医学的に目やら頭の中の血管が切れて憤死しそうなので、慌てて俺が場を繕い始める。
「と…とりあえず、シャーロット様側の事情は分かりました… ただ、私もイアピース国より爵位と領地を頂く身… すぐにおいそれと返事をするわけには参りません… なので客室をご用意いたしますので、各方面に問い合わせを終えるまでの間は、私の妻ではなく客人として過ごしていただけないでしょうか?」
俺はなんだか訳の分からない冷や汗を掻きながら、キラキライケメン爽やかフェイスを保ち続けて説明する。
「まぁ、私と婿になれば皇族に名を連ねる者になれるのに、すぐに飛びつかずに忠誠心のお厚い方なのですね、益々気に入りましたわ!」
フフフと屈託のない笑顔で答える。
「…そうですな… 問い合わせを終えるまでの間… ゆるりと休まれるのがよろしいでしょう…」
気を取り戻したマグナブリルが、死ぬ前の最後の瞬間を楽しむように言う間でシャーロットに伝えた後、メイドに目配せしてシャーロットを客室に案内するように指示をする。
「それではシャーロット様…お部屋へとご案内いたします」
そうしてシャーロットはメイドに案内されて客室へと向かったのであった。
連絡先 ツイッター にわとりぶらま @silky_ukokkei
pixiv http://pixiv.net/users/12917968
ブックマーク・評価・感想を頂けると作品作成のモチベーションにつながりますので
作品に興味を引かれた方はぜひともお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます